
台風の進路図を、何度もひらく。
朝、目を覚まして最初にひらいたのは、カーテンではなく天気予報。
画面を閉じても、荷物をひとつ詰めるたび、またひらく。
台風の進路が、ほんの少しでも変わっていないだろうかと。
今日は、シルバーウィーク初日。
友人家族と一緒に鎌倉・由比ヶ浜へ向かい、コテージに一泊する予定だ。
家族だけの旅行なら、ある程度は自分たちの都合で予定を変えられる。けれど、誰かと一緒のお出かけは、みんなで日を合わせ、宿を探し、それぞれに準備をして、ようやく迎える特別な一日だ。
「もうすぐだね」
そう言いながら、ずっと楽しみにしてきた。
海の近くのコテージで、友人家族と夕食を囲み、たくさん話して、いつもとは少し違う夜を過ごす。
そして翌日の日曜日は、新江ノ島水族館へ行く予定である。
晴れていたら、由比ヶ浜の海辺も歩いてみたい。水族館へ向かう道では、江の島の風も感じたい。そんなふうに頭のなかで広げていた旅のしおりが、雨風の予報に合わせて、少しずつ書き換えられていく。
外の海が荒れるかもしれない夜を海の近くで過ごし、翌日にはガラス越しの海を見に行こうとしている。
そう思うと、なんだか不思議で。
水槽のなかでは、魚たちが天気予報など知らない顔で泳いでいるのだろう。明日、大きな窓の向こうに広がる青を眺めているあいだだけは、私も台風の渦を忘れられるだろうか。
雨だけなら、雨なりの楽しみ方もある。傘を差して歩く町も、濡れた景色も、いつもとは違って見えるかもしれない。宿でゆっくり話す時間だって、お泊まりの醍醐味だ。
けれど、台風となれば話は別である。
せっかく予約したから。
みんなが楽しみにしているから。
そんな気持ちだけで、無理をしてはいけない。楽しみにしていた予定ほど、変更する判断は難しくなる。けれど、みんなで笑って帰ってくるための旅なのだから、安全より大切な予定はない。
レインコートを入れる。タオルを少し多めに持つ。最新の予報や交通情報を確かめる。そして、危ないと判断したときには予定を変える。その準備まで含めて、今回の旅支度なのだろう。
「こちらには来ないで」と願うことも、少し違う気がしている。進路が逸れた先にも、誰かの暮らしがあるから。
どうか大きな被害を出さず、静かに過ぎていってほしい。
今日、無事に由比ヶ浜のコテージへたどり着けますように。
そして明日、水族館の青い光のなかで、みんなと笑えますように。
晴れでも、雨でも。
旅のしおりに最後まで残るのは、天気の記号ではなく、誰とどんな時間を過ごしたかだ。
そう思いながら、私はもう一度、台風の進路図をひらいている。
喜木 拝
三條凛花さんの「#ビンゴエッセイ 」に参加しています。
今回選んだお題は「台風」。

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