
なぜ日本では小さな会社で豊かになることが難しくなったのか――儲かる商売を始めたはずなのに、なぜ儲からないのか
なぜ日本では小さな会社で豊かになることが難しくなったのか
――儲かる商売を始めたはずなのに、なぜ儲からないのか
昔、私が知っていた小さな会社の社長は、なかなか野心的な人物だった。
会社を大きくしたい。売上を増やしたい。全国に事業を広げたい。
そのために中国にも進出したし、仕事の多くを外注する仕組みも作った。
全国に外注先があったから、仕事を処理する能力だけなら、それなりのものがあったのだと思う。
ところが、会社の経営は決して楽ではなかった。
そこで社長が考えたらしいのが、営業部門のフランチャイズ化だった。
社員として営業マンを雇うのではなく、独立した営業代理店を全国に作る。
これなら人件費も減るし、全国展開もできる。
なるほど、理屈としてはわからなくもない。
しかし、当時の私は、この話を聞いて思った。
「この会社はもうダメだな」(笑)。
フランチャイズに加盟する理由がない
そもそもフランチャイズとは何だろう。
コンビニなら、本部のブランド、商品、物流、情報システムなどを利用して商売ができる。
飲食店なら、人気店の看板やレシピ、仕入れルート、店舗運営のノウハウを利用できる。
つまり、加盟者には本部にお金を払う理由がある。
ところが、例の会社の場合はどうだろう。
全国に外注先があって、営業マンが仕事を取ってくるという、もともと存在していた商売である。
それをフランチャイズにするという。
では、加盟者は何を買うのか。
営業の仕事をしたいなら、同業他社に就職すればいい。
独立して営業したいなら、自分で顧客を開拓して外注先に発注すればいい。
わざわざ加盟金を払ってまで、その会社の代理店になる理由がどこにあるのだろう。
もちろん、本部が大手企業との取引や独自の受注システムを提供できるなら話は別だ。
しかし、単に営業マンを社員から独立事業者に変えるだけなら、フランチャイズという名前を付けても商売の中身は変わらない。
社員の給料をなくしても、仕事が増えるわけではない
社長が考えていたことは、おそらくこういうことだったのではないか。
社員には固定給を払わなければならない。
しかし、独立した代理店なら、仕事がなければ報酬を払わなくて済む。
加盟者は自分の生活がかかっているから、社員時代より一生懸命に営業するだろう。
これなら会社の負担は軽くなる。
でも、ここには大きな問題がある。
社員に月20万円の給料を払っても採算が合わない仕事が、独立した代理店に変えれば儲かる仕事になるのだろうか。
代理店にも生活費が必要だ。
しかも、車両費、ガソリン代、通信費などを自分で負担することになる。
社員なら労働法上の賃金保障があるが、独立事業者には原則としてそれがない。
会社の帳簿から人件費が消えても、商売に必要な費用そのものが消えるわけではない。
単に負担する人が変わるだけなのである。
代理店が潰れたら、また募集するのか
タピオカミルクティーのフランチャイズなら、まだ話はわかる。
新しい場所に店舗を作り、そこで商品を売る。
もちろん、店が潰れれば加盟者は大変だが、本部は別の店舗を展開できる。
しかし、例の会社では営業代理店が営業網そのものになる。
ある地域の代理店が儲からず撤退したら、その地域の営業は誰が担当するのか。
また新しい代理店を募集する。
教育する。
顧客を開拓してもらう。
ところが、儲からないからまた撤退する。
そして、また新しい代理店を募集する。
永久ループである(笑)。
しかも、新人の教育を担当するのは、もともといた営業マンかもしれない。
会社は社員を減らすつもりなのだから、教育する側は自分の後任を育てることになる。
「この仕事は儲かりますよ。ぜひ頑張ってください」
そんなことを喜んで言うだろうか。
私が同じ立場なら、さっさと同業他社への転職を考える。
そして転職できたら、昔の取引先に挨拶に行くだろう。
営業マンが持っている顧客との関係は、会社にとって重要な資産でもある。
人件費を減らしたつもりが、顧客まで失ってしまったら本末転倒だ。
タピオカ、軽貨急配、パソコンスクール
この話を考えていると、昔のいろいろなビジネスを思い出す。
例えば、軽貨急配という会社があった。
運送業で独立したい人に軽トラックを販売し、配送の仕事を紹介するというモデルである。
ところが、車を購入したからといって、十分な配送の仕事があるとは限らない。
車を売る側は売上を得られるが、車を買った人は仕事がなければ収入にならない。
タピオカミルクティーも似た問題があった。
実際にブームはあったし、材料費に対して販売価格が高く、儲かる店もあっただろう。
しかし、儲かると聞けば、みんなが参入する。
店が増えても、タピオカを飲む人が同じ割合で増えるわけではない。
やがて価格競争が始まり、利益が減っていく。
昔、派手に広告を出していたパソコンスクールも思い出す。
パソコンを勉強して資格を取れば、就職に有利になるかもしれない。
しかし、資格を取得することと、就職できることは別問題だ。
スクールは講座を販売できる。
でも、受講生全員に仕事が見つかるとは限らない。
これらには共通点がある。
商売を始めたい人、資格を取りたい人、独立したい人が増えることと、その先にある仕事の需要が増えることは別なのだ。
弁護士を増やしても、法律相談は比例して増えない
これは専門職でも同じだ。
日本では司法制度改革によって弁護士を増やす政策が進められた。
法律サービスを利用しやすくするという目的は理解できる。
しかし、弁護士が増えたからといって、法律相談や訴訟の需要が同じ割合で増えるわけではない。
その結果、若手弁護士の就職難や収入格差が問題になった時期もあった。
弁護士資格があれば必ず儲かるわけではない。
医師も同じで、医師免許があっても開業医として成功するとは限らない。
専門的な仕事ができる能力と、顧客を集めて事業を経営する能力は別なのである。
一方、大量の広告で債務整理などの相談者を集め、事務作業を組織的に分担する法律事務所もある。
そこでは、弁護士がすべての書類整理や連絡業務を一人でやっているわけではない。
法律判断や代理業務は弁護士が担当し、補助的な事務作業はスタッフが処理する。
つまり、儲かる仕組みを作っているのは、専門家の人数だけではない。
顧客を集め、仕事を適切に分担し、利益を残す経営の仕組みなのだ。
優秀な人ほど、条件の悪い会社には来ない
小さな会社の社長が考えそうなのは、優秀な社員には高い給料を払い、成績の悪い社員の給料は下げるという成果主義である。
不満なら辞めてもらえばいい。
その代わり、優秀な人を採用すればいい。
しかし、ここにも矛盾がある。
そもそも優秀な人が、なぜその会社を選ぶのか。
大企業なら基本給があり、福利厚生もあり、会社の信用力もある。
一方、経営の苦しい零細企業で完全歩合制の営業をするとなれば、収入は不安定だ。
優秀な人ほど転職先の選択肢が多い。
だから、待遇を悪くすれば、むしろ優秀な人から辞めてしまう可能性がある。
しかも、本当に経営者意識を持った営業マンなら、儲からない仕事を続ける理由はない。
もっと条件のいい会社に転職するか、自分で独立するだろう。
「経営者意識を持って働いてほしい」
そう言われて、本当に経営者のように損得を計算したら、会社を辞めるという結論になる。
何とも皮肉な話である(笑)。
需要が増えないのに、供給ばかり増やしても仕方がない
結局、ここまでの話は一つにつながる。
営業マンを増やす。
代理店を増やす。
弁護士を増やす。
タピオカ店を増やす。
どれも供給する側を増やす話である。
しかし、肝心の顧客が増えなければ、限られた仕事を奪い合うだけになる。
市場が成長していれば、みんなが豊かになれる余地もある。
ところが市場が縮小していれば、自分の会社が売上を増やすためには、他社から仕事を奪う必要が出てくる。
場合によっては、他社が撤退しなければ供給過剰が解消しない。
でも、誰だって自分の会社を潰したくない。
だから値下げしてでも仕事を取ろうとする。
その結果、みんな忙しく働いているのに、誰も儲からないという状況が生まれる。
これは長く続いた日本のデフレ時代を考えるうえでも、重要な問題だったと思う。
会社を大きくすることが成功だった時代
あの社長は、会社を大きくしたかったのだろう。
全国に営業網を作り、中国にも進出し、売上を増やす。
それは、かつての日本ではわかりやすい成功の形だった。
しかし、会社を大きくすることと、会社が儲かることは同じではない。
売上が増えても利益が残らなければ意味がない。
社員を減らしても顧客まで失えば意味がない。
代理店を増やしても仕事が増えなければ意味がない。
そして今は、AIによって営業事務、翻訳、受発注、経理などを少人数で処理できる可能性が広がっている。
かつてなら営業所を作り、社員を雇わなければできなかった仕事も、今後は一人でできる範囲が広がるかもしれない。
ただし、AIが仕事を処理してくれても、顧客が自動的に増えるわけではない。
むしろ、誰でも簡単に起業できるようになれば、競争はもっと激しくなるだろう。
会社を作ることが簡単になればなるほど、会社を作ること自体は成功でも何でもなくなる。
昭和は、会社を大きくすることが夢だった時代なのかもしれない。
でも令和は、会社を小さく保ちながら、きちんと利益を残して豊かに暮らすことを考える時代なのではないだろうか。
あの社長が最後に会社を売却したという話を思い出す。
その後、フランチャイズ構想がどうなったのか、私は知らない。現在は募集も見当たらない。
ただ、今になって振り返ると、社長が最後まで追いかけていたのは、儲かる仕組みというより、会社を大きくする夢だったのかもしれない。
そして、本当に難しかったのは会社を大きくすることではなく、会社を大きくしなくても儲かる仕組みを作ることだったのだと思う。
次の回に飛ぶ前に前回の記事をお読みください。
次回「会社を手放した社長は、最後に何を手に入れたのか」では、経営の仕組みから少し離れて、社長自身の人生に焦点を当てます。
※この記事は、過去の知見をもとにした個人的な考察です。経営者の意図や、その後の事業の成否について、確認できない部分は推測として記しています。