
シャーッ、カチャン。|青春小説
高一の期末テストが終わった。
夏休み数日前の朝の出来事だった。
「坂本、付き合って!」
「ちょっと美咲やめなよ。坂本君が困ってるじゃん。」
* * *
吉原さんとその親友の山本さんは、いつも僕より先に登校していた。
突然告白してきたのは吉原さん。吉原美咲だ。
彼女たちは、だいたい最初に教室にいて、その後は僕か、今永君、齋藤君あたりが教室に入ってくる。
今永君と齋藤君は、ほぼ登校時間が決まっているようだった。
一方僕は、毎朝自転車の通学路を微妙に変えていたので、到着時間がばらついていた。
最短ルートを探したり、信号で止まらないルートを選んだりしながら、違う道を走るのを楽しんでいた。
今朝通った道は、最速ルートではあったけど、登り坂が異常なくらいにきつくて、いつもより汗だくだった。
僕は顔をタオルで拭きながら、階段を登って教室を目指していた。
教室は廊下の突き当たり。階段と真逆の位置だから、かなり距離があった。
夏は、ほぼ全ての教室のドアと窓が全開だった。そのおかげで廊下は風がよく通る。体温を下げるのにちょうどよかった。汗が引くように、僕は普段よりもゆっくりと廊下を歩いていた。
朝の廊下は、遠くの音までよく聞こえる。
たぶん人が少ないからだ。
教室のドアが開いているせいもあるだろう。
教室の中の様子が音でよくわかった。
席に座る時の、椅子を引きずった音。
おはようの声。
扇風機のモーター音まではっきりと聞こえた。
自分の教室から聞こえてくる会話も例外ではなかった。
「夏だし彼氏欲しいなー。」
「美咲はまた言ってる。でも確かに欲しいよねー。」
「でしょ。高校生最初の夏休みに、彼氏がいないなんて死んだも同然。」
「成仏しろよー。」
「まだわからないじゃん!」
「まあ確かにね。うちのクラスだったら齋藤君とか背が高くて素敵じゃない?」
「佳奈は見た目ばっかりじゃん。でも確かに齋藤君、いいよね。」
「やっぱり夏休みに彼氏いないのヤダ!」
「ヤダって言われてもねぇ。」
「そうだ! 私、次に教室に入ってきた人に告白する!」
「あんた、熱で頭溶けたんじゃない?」
「うるさいなあ。夏休み一緒に遊べなくなっても恨まないでよね。」
「はぁー、まったくあんたって子は。だいたい次来るの三択くらいになってるじゃん。あ、もしかして齋藤君狙い?」
「内緒。でも次に入ってきた人に告白する。」
おいおい吉原、ちょっと待て。
次に教室入るのは多分僕だぞ。
齋藤君が来るまで隠れたほうがいいのか?
だけどそれもなんか悔しい。
まあ冗談っぽいし、隠れるのも不自然なので、聞かなかったことにして堂々と教室に入ることにした。
齋藤君狙いなら、僕が入っていっても、何も起きないだろう。
ドキドキしながら教室に入る。
手のひらには新たに汗をかいていた。
「おはよう。」
「おはよう。」「おはよう。」
二人とも普段通りだった。
自分の席に向かう。
安心と落胆が混じって、何とも言えない気分だった。
「坂本、付き合って!」
突然の不意打ちだった。
僕は動揺を隠しきれなかった。
「ちょっと美咲やめなよ。坂本君が困ってるじゃん。」
山本さんのセリフを最後に、僕も吉原さんもそれ以上何も話さなかった。
気まずい空気だった。
吉原さんのほうを、見ることさえできなかった。
少しして、齋藤君と今永君がほぼ同時に教室に入ってきた。その後も続々と登校してくる。もうさっきの出来事の真相を聞くのは無理そうだった。
* * *
僕はその日、ずっとソワソワしていた。
人生で初めて告白された。
だけど吉原さんは本気なのか?
それともただの悪ふざけなのか?
もう頭の中はぐしゃぐしゃだった。
放課後になった。
気になって吉原さんたちのほうを見る。
二人で仲良く話していた。
朝と違って、同じ教室にいても会話はまったく聞き取れなかった。
山本さんはバイトがある日はいつもひとりで先に帰っていく。小走りに教室を出ていった。
吉原さんはまだ自分の机に座っていた。
うちのクラスは運動部に所属しているやつらが多い。
だから、放課後の教室はあっという間に空になる。
吉原さんは僕と同じ帰宅部だ。山本さんもいないし、吉原さんもそのうち帰るだろう。
なんとなくスマホをいじっていた。
吉原さんより先に帰ろうとすると、目の前を通ることになる。だから吉原さんが先に帰るまで時間をつぶすことにした。
しばらくすると、教室には僕と吉原さんの二人だけになってしまった。
背後で椅子から立ち上がる音がした。
足音がこちらに迫ってくる。
「ねえ、返事聞かせてくれないの?」
「何の?」
「わかってるくせに。二回は言わない。」
「朝のおふざけの話か?」
「全部聞こえてたの?」
途端に吉原さんの顔が赤くなった。
「本当は齋藤に告白するつもりだったんだろ。」
「……。」
沈黙が答えだとわかった。
「やっぱりな。」「違う!」
声が重なった。
「違うよ。次に坂本が来るってわかってなかったら、告白の話なんてしてない。」
「え?」
僕は間抜けな声を出していた。
「自転車置き場から坂本の音がしたから。シャーッ、カチャンって。」
今永君と齋藤君は電車通学だった。
窓から入ってきた風が、僕と吉原さんの熱を冷ますのに必死だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
他にも夏っぽいアオハル、出してます。
よかったらどうぞ。