
短編小説『リクエストは再放送』――Story to Song #8
雨の日だった。
放課後、学校の玄関で私は困っていた。。
朝は晴れていたから、傘なんて持ってきていない。
校門の向こうにコンビニはある。でも、そこまで走っただけでびしょ濡れになりそうな雨だった。
「傘、ないの?」
振り返ると、彼が立っていた。
「……ない」
「入る?」
差し出された傘を見て、心臓が跳ねた。
「いいの?」
「コンビニまでなら」
コンビニまで。
たったそれだけなのに、私はその日、コンビニに着かなければいいと思った。
二人で入るには少し小さな傘だった。
肩が触れそうになるたび、私は反対側へ逃げる。
「濡れるよ」
「大丈夫」
本当は全然、大丈夫じゃない。
顔を見たら、たぶん何かがばれる。
コンビニを過ぎた。
「あれ?」
「家、こっちだろ?」
「……うん」
彼はそのまま歩いた。
パン屋の前を通った。
雨の匂いと、焼きたてのパンの匂いが混ざっていた。
言うなら、今かもしれない。
好きです。
たった四文字。
頭の中では何度も言えた。
でも、口から出たのは、
「雨、やまないね」
だった。
「そうだね」
結局、そのまま家まで送ってもらった。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
傘が遠ざかっていく。
私は玄関の前で、見えなくなるまでその背中を見ていた。
その夜。
机に向かって宿題をしながら、いつものラジオをつけた。
音楽を聴きながら、ふと思いついて、引き出しから一枚のはがきを出した。
番組の宛先を書く。
ラジオネームを考える。
そして本文の最初に、
『好きです』
と書いた。
しばらく眺めた。
その下に何を書けばいいのか分からなかった。
雨の日。
相合傘。
パン屋の前。
言えなかったこと。
全部書いてしまおうか。
そう思ったけれど、やめた。
もし読まれたら。
もし彼が聴いていたら。
もし気づかれたら。
そこまで考えて、私はペンを置いた。
はがきは引き出しにしまった。
それから数日後。
また雨が降った。
私はベッドに寝転びながら、いつものラジオを聴いていた。
『さて、次は高校生の男の子からいただきました』
私はぼんやり聞き流していた。
『雨の日に、好きな女の子と一緒に帰ったそうです』
指が止まった。
「……え?」
DJは楽しそうに笑った。
『いやあ、高校生。いいですねえ、青春ですねえ。二年生だそうです』
私はゆっくり起き上がった。
「……二年生?」
『その日は朝から晴れていたんですが、放課後になって急に雨が降ってきた』
「……え?」
『校門を出たところにコンビニがあるそうなんですが――』
「あるやん」
思わずラジオに答えた。
『彼女、傘を持ってなかったんですね』
「なかったやん」
体を起こす。
『それで、思い切って声をかけたそうです。自分の傘に入らないかって』
「入ったやん!」
いや。
待って。
そんな高校、いくらでもある。
コンビニだって、どこにでもある。
私は自分に言い聞かせた。
『二人で歩いていると、彼女はずっとうつむいていて、あまり目を合わせてくれなかったそうです』
「…………」
心臓が速くなる。
『嫌だったのかな、とちょっと心配になったそうですよ』
「違うし!」
私はラジオに向かって言った。
「恥ずかしかっただけだし!」
言ってから、口を押さえた。
何をやってるんだ、私は。
『途中、パン屋さんの前を通ったそうで――』
「パン屋あるやん!!」
立ち上がった。
ちょっと待って。
ちょっと待って。
ちょっと待って。
『いやあ、これはかなりいい雰囲気だったんじゃないですか?』
DJは笑っている。
『ところが彼、結局言えなかったそうです』
私はラジオの前に座った。
正座した。
「何を?」
もちろん返事はない。
『好きです、と』
息が止まった。
「……え?」
DJは、はがきを読み続ける。
『勇気がなくて直接は言えなかったので、せめてここで言わせてください、とのことです』
「待って」
私はラジオに近づいた。
「ちょっと待って」
音量を上げる。
『えー、名前、言っちゃっていいのかな?』
「いい!」
誰も聞いていない部屋で叫んだ。
「言って! お願い!」
DJが少し笑った。
『じゃあ、いきますよ。僕が好きなのは――』
窓の外が白く光った。
次の瞬間。
ゴロゴロゴロゴロゴロ――ッ!
「え?」
雷が部屋を震わせた。
「え!? ちょっと待って!」
ラジオに飛びつく。
「今、なんて!?」
DJの声が戻ってくる。
『――ということでね。いやあ、想いが届くといいですねえ』
「届いてない!!」
私はラジオを両手でつかんだ。
「そこだけ届いてないから!!」
『それでは次の曲です』
イントロが流れ始めた。
「待って待って待って!」
無慈悲に歌が始まる。
「もう一回!」
もちろん戻らない。
「再放送!」
歌は続く。
「再放送を要求するぅぅううう!!」
私はベッドに倒れ込んだ。
最悪だ。
よりによって、そこ?
そこだけ?
しばらく天井を見つめた。
雨の音。
ラジオから流れる知らない歌。
ふと、机の引き出しを見た。
開ける。
数日前に書いたはがきが、そのまま入っている。
『好きです』
あの日から、続きは一文字も増えていない。
私ははがきを手に取った。
ラジオを見る。
もう次の話題が始まっていた。
高校二年生。
雨の日。
傘を忘れた女の子。
校門の前のコンビニ。
パン屋。
うつむいて歩いた女の子。
言えなかった「好きです」。
……偶然?
……
偶然かな?
私はもう一度、はがきを見た。
それから、小さな声でラジオに聞いた。
「わたしのこと……だよね?」
<おわり>
そして、いつものごとく歌にしてみた
まさかのつづきの物語
この物語、ここで終わるはずだったんですが……。
続編『アイツの再放送』はこちら。
おわりに
ラジオ、相合傘、高校生。
そんなキーワードを私の頭に放り込んで、混ぜ合わせると、こんな物語が出てきました(笑)。
自分でも「これ、大丈夫かな?」と、実はちょっと心配しています。
とりあえずAIさんが「いいよいいよ」とヨイショしてくるので、世に放流することにしました(笑)。
とにかく、楽しんでいただければいいのですが、一抹の不安はぬぐえません。
この年になっても、何が普通で、何がそうでないのか、いまだによく分からないんですよね(笑)。
それにしても今回、
「今までおしゃべりな男女の歌ばかりだったので、今度はラジオをテーマに一曲作ってみます」
だったはずなのに。出来上がった物語を読み返してみると、
女の子がラジオにずっと話しかけていました。
おしゃべり違いやないかい(笑)。
失礼しました……。