
【短編小説|ショートショート】黒と白の境界線|喫茶店|地図にない灯り
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
錆木蒼です。
本日は、雪綴ゆきさんのお題企画への参加記事です。
先週のお題に完全に乗り遅れてしまったので、今回こそは…!
以下、本編です(1,334文字)

大通りからひとつ奥へと入った路地に佇む、昔ながらの喫茶店。
クラシックが静かに流れている店内には、カウンター内に立つマスターと、窓際の席に腰掛けている若い男性が一人いるだけだった。
テーブルには、開かれた手帳と、ソーサーに置かれたカップ。ぽってり厚みのあるカップは既に空になっており、底に三日月状の染みがある。
「随分と考え込んでいらっしゃいますね」
頬杖をついたまま窓の外の景色を眺めている男性に、マスターが声を掛ける。男性は振り向き、微かに苦笑いを浮かべながら、メタルフレームの眼鏡を押し上げた。
「すみません、追加注文もせずに長居を」
「いえ、私こそ思考の邪魔をしてしまって申し訳ない。…なにか、お悩みでも?」
穏やかな声でマスターが尋ねる。
男性はふっと息を吐き、頬杖を解いた。
「…実は私、探偵業をやっておりまして。先日、大きな案件を終えたばかりなんです。この仕事が天職だと自負してはいるんですが、人間関係のドロドロや暗い部分に触れて、少し疲れてしまって」
「なるほど、それは大変でしたね。私が出来ることは、コーヒーを淹れることくらいですが…よろしければ、おかわり入れましょうか」
「ありがとうございます、お願いします」
男性が頭を下げると、マスターは空になったカップを持ってカウンターへと戻っていった。男性は再び窓の外に視線をやり、今にも泣き出しそうな灰色の空を眺めていた。
「お待たせしました」
少しして、マスターがカップを置いた。カチャ、とソーサーが軽く音を立てる。視線を落とした男性は、それを見て驚いたように目を見開いた。
先ほどと同じぽってりしたカップに、並々と注がれたコーヒー。
その上には、真っ白なホイップクリームが美しく浮かべられている。ウインナコーヒーだった。
「あの、先ほど私が注文したのは普通のブレンドコーヒーだったはずですが…」
「私からのちょっとしたサービスです。お疲れのようだったので、甘味で少しでも気分転換できればと」
「…ありがとうございます」
男性はクリームを見つめる。表面には色とりどりのカラースプレーではなく、銀色のアラザンが雪のように散りばめられている。
「あなたならカラースプレーではなく、アラザンの方が似合うでしょう。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
マスターは頭を下げ、再びカウンターの中へと入っていく。男性はそれを見届け、木製のスプーンを手に取った。ホイップクリームとアラザンをすくい、そっと口に運んだ。
ふんわりととろけるクリームと共に、アラザンの確かな甘みが広がる。男性は顔をほころばせ、今度はコーヒーに口をつけた。
「お気に召しましたか」
「ええ、とても。ありがとうございます」
「私はただコーヒーを淹れただけですよ」
マスターの言葉を聞きながら、男性はようやく笑みを見せる。コーヒーを啜っていると、ついにぽつぽつと窓ガラスに水滴が当たり始めた。
雨が街を覆い隠していく。
コーヒーの上のクリームとアラザンが、黒い苦味を白と銀の甘みで穏やかにしていく。
はっきりしていた境界線が、曖昧になっていく。
白黒つけてばかりの仕事だが、たまにはこんな雰囲気を楽しむのも一興かもしれない。
男性の張り詰めたオーラが溶けていくのを、マスターはどこか嬉しそうに見つめていた。
黒と白の境界線――了