
自分に「やっていいよ」と言えるようになったら、魔女になりたくなった話。
「私、本当は何がしたいんだろう?」
「これから、どう生きていきたいんだろう?」
そんなことを、ここ数年ずっと考えている気がします。
つい先日も、40代の自己理解についてnoteを書いたばかりです。その時は特に「キャリア」に目を向けて、自己理解を深めることが出来ました。
そんなタイミングで、以前からnoteやThreads、メルマガで発信を拝見していた、のびさんのセミナーが目に留まりました。
テーマは「本当はどうしたいの?やりたいことの見つけ方」。
今回は、仕事も含めもう少し広い意味で自分自身を知りたいと思って参加させていただきました。
感情が大事なのは知ってる。でも、それがわからない!!!
正直に言うと、セミナーが始まったばかりの頃、私は少しだけひねくれた気持ちになっていました。のびさん、ごめんなさい(笑)。
お話を聞きながら、「ああ、やっぱり“感情”とか“感覚”が大事、という話なのかな」と思ったんです。
私は普段、マーケティングや広報の仕事をしています。
その中では、商品やサービスそのものではなく、「それを手に入れることで、お客さまはどんな気持ちになりたいのか」「どんな未来を手に入れたいのか」を考えることがあります。
人が本当に求めているのは、商品そのものではなく、その先にある感情や体験。
そんな話は、これまでにも何度も聞いてきました。
だから、「人は何かしらの感情を得たくて、ものを買ったり、行動したりする」ということ自体は、私なりに理解しているつもりでした。
でも――。
それが自分のことになると、さっぱりわからない。
私は、いったいどんな感覚が欲しいんだろう。
どうなったら「これでいい」と思えるんだろう。
それがわからないからこそ、このセミナーに来たんだけどなぁ。
そんなことを、心の中で思っていました。
ところが、セミナーが進むにつれて、その感覚は少しずつ変わっていきました。
のびさんのお話を聞きながら、自分自身について考える時間が何度も何度もありました。
そこで感じたのは、今回のセミナーは単に「自分の欲しい感情を考えてみましょう」という話ではなかった、ということ。
問いかけに沿って自分の内側を見ていくうちに、それまでぼんやりとしていた感情が、「ああ、私、本当はこんなふうに感じていたのかもしれない」と、少しずつ言葉になっていきました。
「感情が大事だ」と知っていることと、自分の感情に気づくことは、まったく別のことだったんです。
頭では知っている。でも、自分のことになると見えていない。
その違いに気づいたあたりから、私はだんだん、このセミナーに引き込まれていきました。(ちょっとわかりにくい表現になっているかも、ごめんなさい。)
何度も挑戦しているのに、なぜか止まってしまうのは、なぜ?
私はこれまで、いろいろなことに挑戦してきました。会社員として働いたり、独立して事業を始めたり、新しいことを学んだり。
興味を持ったら、まずやってみる。自分では、比較的行動力のあるタイプだと思っていました。
でも、その一方で、何かを始めては立ち止まってしまう、続けられないということも何度も繰り返してきました。
「これをやってみたい!」
そう思って始めたはずなのに、いつの間にかこんな気持ちが湧いてきます。
「本当にこれでいいのかな?」
「私なんかがやってもいいのかな?」
「失敗したらどうしよう」
そうやって、だんだんと足が止まってしまう。
なぜ、足が止まってしまうんだろう?
続けられること、つまり本当に自分がやりたくて、止まる事なんてできないことっていったい何なんだろう?
私は、誰かから許可されることを待っていた。
今回の一番の気付きは、私はずっと、誰かに許可をもらいたかったんだということでした。
もしかしたら私は、やりたいことがわからなかった、のではなく、やりたいと思ったことに自分でブレーキをかけていたのかもしれない。
「こんなことをしてもいいですか?」
「私が発信してもいいですか?」
「こんな自分でもいいんですか?」
そんなふうに、どこかで誰かの「いいよ」を待っていたような気がします。
私はもう年齢的には十分に大人。
自分で考えて、自分で選択することができる。
もちろん、家族や周囲の人との調整が必要なこともある。でも、誰にも迷惑をかけないような、自分自身の小さな挑戦にまで、いったい誰の許可を求めていたんでしょう。
私が欲しかった許可って、私自身が出せるものなんじゃないか?
というか、私自身しか、決められないことなんじゃない!?
これに気づいたとき、なんだかとっても可笑しく思いました。
え、私が悩んでたのって、もしかしてこれだったの!?
これが、答えなのかも!?と。
人には言えるのに、自分には言えなかった言葉たち
私は、人の挑戦を応援するのが好きです。
誰かが「こんなことをやってみたい」と話してくれたら、大抵の場合
「いいじゃん!やってみなよ!」
「失敗したっていいじゃない!」
と、わりと本気で背中を押します。その人がこれから歩くであろう道すじも見えてきたりして、「うわぁ、それ、めちゃくちゃいいよ!!」って、私の方がワクワクしていることも多い気がします。
当の本人が自信を持てていなくても、その人のいいところや可能性が見えることがあります。だから、ついつい、応援したくなる。
でも、自分のこととなると話は全く別で。
「それ、本当にできるの?」
「もっと、ちゃんと準備してからのほうがいいんじゃない?」
「また、ちゃんとリサーチもしないで始めるの?」
「そんなことして、どうするの?」
私の中に裁判官がいるみたいです(笑)。
他の人には、挑戦すること自体に価値があると言えるのに。
自分には、そう言ってあげることができません。
自分に対しては、
「いいじゃん!やってみなよ!」
「失敗したっていいじゃない!」
って、全然言ってあげられなかった。
「誰かに大丈夫、いいよ!やってみなよ」なんて、言われていないし、やっぱり多分、自分なんてダメダメ。結果もでないよ。大失敗する前に、早いうちにやめちゃったほうがいいよ。そんな風にずっと言っていたのかも。
え、なんだ、ただただ、そういうこと?
一番背中を押してあげる必要があったのは、自分自身だったというオチ!
「それ、やってみていいよ」って、自分に許可をだしてあげる。
私、その「許可」が、ずっと欲しかったんだ……!!

なんだか、とっても清々しい気持ちになりました!
そういえば、私は魔女になりたかった。
ここからは余談です。
今回、自分の気持ちを少し自由にして考えてみたとき、ほんとに思いがけない願望が出てきました。
それは、「魔女みたいな暮らしがしたい!」ということ(笑)
突然、何を言い出すんだと思われそうですが、もちろん空を飛びたいわけではありません。(魔女のキキみたいに、ほうきで飛べたらいいけど!)
私はアロマテラピーを学んだり、ハチミツも大好きで、ハチミツマイスターの資格を取り、海外からハチミツを輸入して販売していたこともあります。
植物や香り、自然の恵み、昔ながらの暮らしの知恵。そういったものを日常に取り入れながら、自分自身が心地よく暮らしたい。
そして、その楽しさを発信したり、同じようなことに興味がある人たちと集まったり。そんな暮らしができたら面白いだろうなぁ。
とはいえ、私は埼玉のマンション暮らし。
森の奥の小屋で大きな鍋をかき混ぜるわけにはいきません(笑)。
だから、まずは「マンションに住む、現代の魔女」になってみたい!そんな暮らしがしたい。
まだまだ見習い魔女。でも実は、福島にある祖母の家には、魔女の住処にぴったりな納屋があるんです。
そんな場所で、大好きな植物やハーブに囲まれて暮らしたり、気の合う仲間とお茶を飲んだり。そんな大魔女になれたら、楽しそう!
以前の私だったら、こんなことを思いついても、
「それって何の役に立つの?」
「ビジネスになるの?成功の見込みは?」
「今まで勉強してきたことはどうするの?」
なんて考えて、すぐに現実的な話に戻していた気がします。
でも、別に「魔女」を仕事にしなくたっていい。
これまで学んできたライティングやインタビューをやめる必要だってない。好きなことがいくつあってもいいし、今すぐ一つに決める必要もない。
セミナーが終わって、ただただ「魔女のような暮らしがしてみたい」と思う自分を、面白がってみたい。
「魔女になりたい、普通の人は言わなさそうなことだって、そう思っていいんだよ」と、私に許可を出せたことが、私にとってはとっても新鮮で、胸のつかえがスッと消えていったような気持ちです。
自分との対話は、これからも続けていきたい
今回ののびさんのセミナーの中で、自分自身に問いかけて、考えて、言葉にする時間。それは、私にとって、とても有意義でした。
普段から自己理解について本を読んだり、考えたりすることはあります。でも、自分一人ではなかなかたどり着けない問いもあるんだな、と感じました。
今回は、のびさんが黒歴史も明かしてくれながら、例をたくさん示してくれて、そこから問いかけられることで思考が活性化され、心の奥の奥にあった想いに気付くことが出来ました。
何かやってみたいと思ったときに、「誰かに認めてもらえるかな?」と他人軸で考えるだけでじゃなくて、まずは「私はどうしたいの?」と、自分自身に聞いてあげたい。
そして、時には自分にもエールを。
「いいじゃん!やってみなよ!!」
「失敗したって、いいじゃない!!」
これまで、結構たくさんの人にかけてきた言葉を、これからは、自分にも。
今回、自分自身と向き合うきっかけをくださった、のびさんには、とても感謝しています。
ということで、まずは埼玉のマンションで、見習い魔女の暮らしを楽しんでみようと思います。
いつの日か、ばあちゃんの家の納屋で大魔女になることを夢見ながら。