
ポプラの秋 湯本香樹実
この本の初読は小学生の頃だった。
大人の本を読もう、と思って買った気がする。
文庫の、紙が薄くて挿絵のない本は大人の本だと思っていた頃。
この本についてはそういった思い入れがあったため、印象的なシーンは覚えていた…筈なのだが、記憶というものは曖昧で適当なものだと思い知らされた。
私はいつの間にかAというシーンとBというシーンをつなぎ合わせ、別な情景を思い出の中で作り上げていた。
そしてそれを感動的なシーンだと記憶していたのだが、AもBも物語の節目や盛り上がりの場面ではなく、日常のなかでうっかり見落としてしまいそうなささやかな情景であった。
なぜ私はこの2つのシーンを心に留めていたのだろう。
殆ど内容を忘れていた。
冒頭の「現在の私」も、結末も。
だから新鮮な気持ちで読み返すことができた。最早初読状態である。
風景や空気感がそのまま伝わってくるような、そんな感覚をおぼえた。古びたアパートの壁の薄さや住民の吐く息の温度まで分かるような。
秋のポプラの葉の色に染まった古い写真を見ているようだった。
人生は一本道だ。
折れ曲がったり絡まってもただ一本、ただそれだけ。
人が死ぬ、自分がいつか死ぬ。
人は、そんな決まりきったことをいつも忘れて生きている。
死ぬ時のことを思い、生きることを意識した。
私も「おばあさん」の様に生きていけるだろうか。
数年前までの日常とは変わってしまった今だからこそ、この本を読み直してよかったなと心から思った。
2015年に映画化されていたようだ。知らなかった。
映画でポプラ荘とその住人たちがどのように描かれているかちょっと気になるので、後で観てみようと思う。
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