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「ニャンコ、戦争へ」を読むー若者の死を身近に感じなくなってきた時代に戦争の理不尽を伝える

     私事ですが、親戚の20代の若者の死に直面しました。父母、きょうだいも存命、その胸中は察することも困難。ただ、寄り添い相談相手になり一緒に泣くしかありませんでした。

     そして、戦争とは、特にこうした若者の犠牲が普通であることに、ふと思い当たりました。もちろん、現代でも若者の死亡は今回のようにないわけではありません。しかし、敗戦前の日本のように、戦争や病気や搾取やで若者が死んでいたことを思えば、大きく減っているでしょう。そんな時代では、戦争で若者が亡くなるといっても、自分事としてイメージしにくくなっているのではないでしょうか。

     そんな時代に、命を的にする戦争という本質を伝えるのが「ニャンコ、戦争へ」だと思います。文・菊地秀行、絵・平松尚樹、2005年、小学館発行。31ページの、文字多めの絵本です。

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    書影
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    裏表紙

     ストーリーは、父母と暮らす「僕」が、政府の命令で戦争に出かける自分の家の飼い猫「ニャンコ」へのさまざまな思いを寄せ、行動する内容です。何年も戦争が続く国で、政府が人の代わりに猫を前線へ送るようになった世界のお話です。

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    戦場で傷つきながらも家に帰ってきたニャンコ

     ストーリーは本を読んでいただくとして、この本がなぜ猫を前線に送る設定にしたのかは、物語の中から感じられます。自由に行動する猫が、愛する猫のいる猫が、黙々と国家の指示で戦場に出る姿。それは、国家に縛られている人々の姿そのものなのです。理不尽であっても、身内に迷惑をかけないようにと、ただただ従って出ていき、そして傷ついていく。

     その中で、ささやかな抵抗もあります。でも、送り出す側もいます。人ではない「猫」だから、という姿は、「自分は死ぬ係じゃない」と言わんばかりの軍事力信奉者の姿にだぶります。国家は気遣うふりをして強制していきます。それが戦争なのです。そして自衛隊員が少なくなっているから外国人採用をとか言う提言など、このストーリー設定にもダブってきます。

     身近な人の「死」を感じなくなった社会において、その理不尽を伝えるため、現在は家族同様、しかしそれでいて、自分を大事にする「猫」を人と置き換えることで、読む人に戦争の本質を訴えているのです。

     古本などでも手に入りにくいですが、図書館などでも探して読むことをお勧めします。国に唯々諾々と従っていれば、こうした体を割かれるような痛みを強制されるようになるんだと分かっていただけると思いますので。
              ◇
     なお、実際に敗戦前の日本では、犬や猫の毛皮を戦争に役立てるためとして、犠牲にしてきました。特に犬については、その当時の様子が新聞や手記、そして当方の所蔵資料などで確認できます。戦争の理不尽さを知るため、まずは身近から置き換えて考えること。それは国家によってつぶされてよいといったものではないこと。戦争は、小さな人々の幸せを守らないことを、リンク先記事も含めてお感じください。


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    「戦争の回避」を目的に戦時資料を収集、発信する長野県の有志で、政治的思想的団体とは無縁です。長野県を中心に戦時下庶民生活に関連するモノを代表が集め、将来のため発信中です。連絡はX(下段のXがリンク)のDMかsensou184@gmail.comへ

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