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学校から急いで帰った二週間|ラジオでビートルズを知った

    学校が終わると、私は急いで家に帰った。家までは二キロほどあった。走って帰ったのか、自転車だったのか。そこまでは、もう覚えていない。ただ、授業が終わるとできるだけ早く学校を出たことだけは、今でもはっきり覚えている。

    午後四時すぎから始まるラジオ番組に、間に合わなければならなかった。

    家に着くとラジカセの前に座り、カセットテープを入れる。今日は、どんな曲が流れるのだろう。

    1982年、中学生だった私は、そんな二週間を過ごしていた。

    午後四時すぎ、ラジカセの前に座る

    番組はNHK-FMの「軽音楽をあなたに」だった。平日の夕方に放送されていた洋楽番組で、1982年の春、二週間にわたってビートルズの大規模な特集が組まれた。

    もちろん、当時の私はそんなことを「特別な企画」だと思って聴いていたわけではない。ただ、ビートルズの曲をたくさん聴ける。それだけで十分だった。

    それ以前からビートルズが好きだったのか。それとも、この番組を聴いて好きになったのか。今となっては、どちらが先だったのか分からない。

    たぶん、「ビートルズって、いいな」くらいには思っていたのだろう。有名な曲もいくつか知っていたはずだ。でも、アルバムを何枚も持っているわけではない。ましてや、彼らがどんな順番で曲を作り、どんなふうに音楽を変化させていったのかなど、ほとんど知らなかった。

    そんな私の前に、突然、二週間にわたるビートルズの世界が現れた。

    番組は、ただ有名な曲を並べるのではなかった。デビュー以前の音源から始まり、初期、中期、後期へと、彼らが歩んだ時間を追うように曲が流れていった。そして、その間に詳しい解説が入った。

    それが中学生の私にも、本当に分かりやすかった。初期のビートルズと後期のビートルズでは、音がまるで違う。最初の頃の勢いのあるロックンロールから、やがて音楽そのものが複雑になり、録音方法も変わっていく。

    なぜ変わったのか。その頃、四人に何があったのか。

    一曲ずつ聴きながら解説を聞いていると、四人だけでなく、マネージャーやプロデューサー、家族といった周囲の人たちの物語までが、手に取るように分かってきた。

    ラジカセの前に座りながら、私は毎日わくわくしていた。

    ビートルズを「最初から」聴いていく

    今考えてみると、あの番組の面白さは、曲数の多さだけではなかった。ビートルズを時間の順番に聴かせてくれたことが大きかったのだと思う。

    一曲を聴く。そして解説を聞く。次の時代へ進み、また曲を聴く。

    そうして二週間かけて追いかけていくと、ビートルズというグループが少しずつ変わっていくのが、中学生にも分かった。

    後になって調べてみると、この特集では公式に発表された二百曲を超える楽曲だけでなく、当時は簡単には聴けなかったデビュー前の音源や別テイクなども紹介されていたという。

    そうだった。確かに普通のビートルズの曲だけではなかった。「こんなものまであるのか」と思うような音源や、ビートルズに関係する曲まで流れていた記憶がある。パロディのような曲も聴いたように思う。

    だから私は、ただ曲を集めていたのではなかった。ビートルズについて知ること自体が面白かったのだ。

    ラジオから聞こえてくる解説を聞き、そのあとに流れる曲を聴く。「なるほど」と思い、また次の日を待つ。

    いつの間にか、かなりの曲を知っていた。後になって誰かとビートルズの話になると、心のどこかに少し得意げな自分がいた。

    「俺、ビートルズの曲、全部知ってるよ」

    実際にどこまで「全部」だったのかはともかく、中学生の私には本当にそんな感覚があった。二週間、毎日ラジカセの前に座ったという小さな自負もあったのだろう。

    ところが、その二週間の後半に、思いがけない問題が起きた。

    カセットテープが足りない

    テープがなくなった。

    中学生の私にとって、これはかなり深刻な問題だった。

    まだ特集は終わっていない。ここまで毎日録音してきたのに、途中でやめるなんて考えられない。だからといって、新しいカセットテープを好きなだけ買えるほどのお金は持っていなかった。

    家の中に使えるテープはないか。探しているうちに目をつけたのが、もう使われなくなっていた英語教材のカセットテープだった。

    当時のカセットテープには、上部の角に小さな「爪」があった。録音を残しておきたいときは、その爪を折る。そうするとラジカセの録音ボタンが押せなくなり、間違って上から録音してしまうことを防げた。

    英語教材のテープは、当然その爪が最初から折られていた。普通なら録音できない。

    けれど、方法があった。

    爪のなくなった穴を、セロハンテープで塞ぐのである。そうするとラジカセは爪があるものと認識して、また録音できるようになる。私は英語教材のカセットの穴にテープを貼り、その上からビートルズを録音した。

    今考えると、ずいぶん乱暴なことをしたものだと思う。英語の勉強より、ビートルズを選んでしまった。

    でも、あのときの私にとっては、それしかなかった。どうしても録音を止めたくなかったのだ。

    間に合わなかった日もあった

    毎日、完璧に録音できたわけではない。

    授業が終わってから家に着くまで、少しでも時間がかかれば、それだけで放送に間に合わなくなる。今のように、あとから好きな時間に再生することはできない。午後四時すぎに放送されるものは、午後四時すぎにラジオの前にいなければ聴けなかった。

    家に着くのが少し遅ければ、すでに曲は始まっている。

    そんな日は途中から録音した。曲の頭が入っていないカセットもあったはずだ。それでも録音ボタンを押した。

    幸い、この特集は後に再放送された。私にも、その再放送を聴いた記憶がある。最初の放送で録れなかったところを録り直したのか、それとも、もう一度最初から聴いたのか。そこまでは思い出せない。

    ただ、あれほど夢中になって集めたビートルズだから、再放送を知ったときはうれしかったはずだ。

    音楽を手に入れるまでに時間がかかった

    今ならビートルズの曲を聴くことは難しくない。聴きたい曲を検索すれば、数秒後には音楽が始まる。アルバムを一枚目から順番に聴くこともできるし、知らない曲があれば、その場で調べられる。

    それは、とても便利なことだ。だから、昔の方がよかったと言いたいわけではない。

    ただ、ときどき思う。

    あの頃、音楽を一曲自分のものにするまでには、ずいぶん時間がかかった。

    学校から帰る。ラジカセの前に座る。放送が始まるのを待つ。録音ボタンを押す。テープの残り時間を気にする。

    足りなくなれば、家の中から使えそうなカセットを探す。爪が折れていれば、セロハンテープを貼る。

    そうやって二週間かけて、少しずつ曲が増えていった。

    だから、あのカセットに残っていたのは、ビートルズの音楽だけではなかったのだと思う。

    学校から急いで帰ったこと。放送が始まるのを待ったこと。知らない曲が流れてきたときのわくわく。間に合わず、曲の途中から録音したこと。テープが足りなくなって家の中を探したこと。

    そんな時間まで、曲と一緒になって残っていた。

    そこまでして、続きを聴きたかった

    あのカセットテープは、今はもう手元にない。どこでなくしたのかも覚えていない。

    もし今、英語教材のラベルが残ったカセットが一本、どこかから出てきたら、私はかなり興奮すると思う。

    再生すれば、ビートルズが流れる。もしかすると曲の途中から始まるかもしれない。解説も入っているだろう。テープが伸びて、音も少し揺れているかもしれない。

    でも、本当にもう一度聞いてみたいのは、その向こう側にあるものなのだと思う。ラジカセの前に座って、「今日はどんな曲が流れるんだろう」と待っていた中学生の自分。

    好きだったから聴いたのか。聴いたから好きになったのか。その答えは、今でも分からない。

    ただ、ビートルズという音楽を深く知る入口に、あの二週間のラジオがあったことだけは間違いない。

    四十年以上が過ぎた今、ビートルズの曲はいつでも聴ける。知らないことがあれば、すぐに調べることもできる。あの頃とは比べものにならないほど、音楽は近くなった。

    それでも、ときどき思い出すのは、ラジカセの前で次の曲を待っていた時間だ。

    今日は何が流れるんだろう。

    知らない曲が流れるたびに、ビートルズの世界が少しずつ広がっていった。明日はその続きを知ることができる。それが待ち遠しくて仕方なかった。

    テープが足りなくなれば、使われなくなった英語教材を探し出し、折られた爪の穴にセロハンテープを貼った。

    そこまでして、私は続きを聴きたかった。今になって考えると、あの二週間に私が手に入れたのは、ビートルズの二百曲あまりだけではなかったのだと思う。

    まだ知らないものが、この先にある。そして、それを知ることが楽しみで仕方がない。そんな時間が、確かにあった。

    ビートルズを聴くと、ときどきその感覚が戻ってくる。

    午後四時すぎ。学校から急いで帰ってきた中学生が、ラジカセの前に座っている。

    録音ボタンに指を置きながら、今日初めて出会う曲を待っている。


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    ラジオについて書いていると、もう一つ、十代の頃の記憶がよみがえります。

    江守徹さんの声に耳を傾けながら、まだ見たことのない遠い場所を頭の中に描いていた夜のことです。

    ▶︎ 「ラジオの前の少年|江守徹『夜の停車駅』」

    そして、あの二週間に夢中になったビートルズは、四十年以上が過ぎた今も私の中に残っています。

    中学生の頃はラジオから流れる「音」を追いかけていた私が、今は一冊の本を開き、彼らが残した「言葉」を読み返しています。

    ▶︎ 『言葉が時を超えるとき ― 『ビートルズ全詩集』を手にして』



     
     

    Shinji

     
     
    建築家・文筆家|韓国在住 日韓の住まいと建築文化を、設計実務の視点から考察。韓国の温かさと日本のミニマリズム、その間にある暮らし、時間の記憶、建築の余白を綴ります。「時間建築論」連載中。

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