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Photo byumi_ns

「今」「目の前に」いる人を大切に。私の声で大切な人に届けたい言葉は何だろう🍀|#59ハッピーライティングマラソン

    私の声で今大切な人に届けたい言葉は、

    「いってらっしゃい」。

    大切な人に届けたい言葉は他にも色々あるはずなのに、

    なんだか、「いってらっしゃい」が一番、「これだ!」と思いました。

    それも、ちゃんと、心を込めた態度と声で伝えたいです。


    普段の私自身を改めて振り返ってみると、

    もう、ぜーんぜん、褒められたものではありません。

    狭い社宅で家族4人、特に朝なんて忙しいので、

    1人、また1人と家から出ていってくれたら、

    内心、よし!行った!、家の中の人口密度が低くなるぞー!なんて思っちゃいますし、

    当たり前にまた会えると思ってしまっているので、

    つい、何かをしながら、姿も見ずに、適当に「いってらっしゃい」をしてしまっているのが常です。


    でも、このお題について、ここ数日、ぼんやりと考えていたのですが、

    その際に、何度も浮かんできた光景(記憶)がありました。

    それは、私の母方の祖父母やいとこたちの様子でした。

    彼らと私の家族(結婚する前の生まれ育った家族)は、私が大きくなってからは、

    お正月とお盆くらいしか、全員では会わなくなってきていたのですが、

    祖父母宅で、みんなで、わいわいおしゃべりをしたり美味しいごちそうをいただいた後、私達が帰る際には、

    決まって、じいちゃん、ばあちゃん、おじさん、おばさん、いとこ達が玄関前に勢揃いして、

    「バイバイ、またね!」

    をしてくれていたのです。

    車に乗り込んだ私の家族が、角を曲がって見えなくなるまで、ずーっとずーっと、笑顔で手を振ってくれていました。

    たったこれだけのことなのに、20年以上経った今も思い出すんです。

    それも、何回も。

    特に、じいちゃん、ばあちゃんの優しい顔を思い出しますね。

    大正生まれの2人は生きていたらもう、100歳は超えていますから、今は天国におり、もうお話しすることはできませんが、

    想像するに、

    また次に会えるかどうか、今の時代ほど確かではない、という時代を生き抜いてきた人たちだと思うのです。

    太平洋戦争も経験していますしね。

    そうでなくても、医療も発達していなかったので、若くして命を落とす人も今より多かったでしょう。

    また、当時、80代だったので、年齢的にも、誰もが命や健康というものに対して謙虚になるお年頃だったでしょうしね。

    そういったこともあって、

    あの時の、年に2度のみんなの集まりのお別れのときは、

    これが最後になるかもしれないな、と、どこかで思っていたのではないかな、と勝手な想像ながら思うのです。

    私も人生後半戦にとっくに入っていますので、若い時よりはこんなことを本当に思ったりしています。

    考えたくないけれど、次の瞬間のことや明日のことは誰だってわからない。

    もちろん、そんなことはあってはほしくないけれど、

    やはり、今、目の前にいる人との時間は大事だなあと、かつてよりははっきりと思うのです。

    だから、

    夫や子どもが職場や学校に行くときは、

    忙しくても、動きを止めて、そして心を込めて、

    「いってらっしゃい」

    を言ってあげたいな、と改めて思いました。

    元気でいてね、また会おうね、という気持ちを声に乗せて。

    また会えることを当たり前だ、と思ってしまわないようにしたいな、と思いました🌿


    どうしても、日々、忙しくしていると、忘れてしまいそうなことですが、今回のお題をきっかけに考えることができて良かったです。

    素敵なお題をありがとうございました✨

    最後までお読みいただきありがとうございました。
    皆様の投稿も楽しく読ませていただきますね😊🌿


    〈追記〉
    本田健さんの「心が動いた5作品」に選出していただきました。

    心より感謝申し上げます🍀

     
     
    2児の母|特別支援学校に通うダウン症の高1娘|小2からほぼ不登校で主に地域の居場所に通いながら自宅で学ぶHSCの中1息子|不登校対応歴6年位|50代専業主婦|不登校、ダウン症育児を中心に雑談など|関心は、教育、社会資源、自分含め家族の健康、今後の自分の人生、読書、韓国ドラマなど|

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