
【ミドルエイジクライシス】YouTubeで他人の人生を覗き見し、暗転した画面の自分の顔に絶望した夜。
今日もスナックゆきで、一杯だけ頼んだ。
ジョニーウォーカー ブラックラベル12年にした。
通称、ジョニ黒。
どこでも手に入る大衆酒でありながら、しっかりとしたスモーキーな苦味と、微かな甘みの奥に重たい余韻を残す酒だ。
若者が飲むような華やかさはない。
だが、40代の舌にまとわりつく「日常のほろ苦さ」を受け止めるには、これくらい無骨な酒がちょうどいい。

得体の知れない虚無に襲われる、中年の危機の話をしよう。
平日の夜、仕事を終えてワンルームのアパートへ帰る。
適当に済ませたスーパーの半額惣菜のプラスチック容器がテーブルに転がり、手元には一気に酔いへ導いてくれるストロング缶のロング缶。 脱ぎ捨てた靴下をそのままにして、いつものくたびれたソファに身体を沈める。
仕事を終えた後のこのリラックスタイムこそが、今の私の一日の中で最も平和で、幸福にあふれた時間のはずだった。
スマホを手に取り、YouTubeのアプリを開く。
「何かしら有益な情報を得て、自分の人生の糧にしたい」 広報マンとして、大人の男として、常に知性をアップデートしているつもりだった。
だが、おすすめ欄にふっと流れてきたのは、人気恋愛リアリティショーの切り抜き動画だった。
普段なら他人の色恋沙汰など一切興味がない。 それなのに、サムネイルに写る美しい女性の顔に惹かれ、私は吸い寄せられるように画面をタップしてしまった。
「有益な情報」を求めていたはずの男が、ただの下心で若い男女の恋愛を覗き見している。 その時点で、すでに十分に浅ましかった。
画面の中に現れる女性陣は、誰もが息を呑むほど顔立ちの整ったインフルエンサーや経営者、モデルたち。 そこに、さらに追い打ちをかけるようにハイスペックな男性たちが登場する。
鍛え上げられた身体に、仕立てのいいジャケット。両手にあふれるほどの花束を抱え、洗練された甘い言葉を囁きながらスマートにエスコートしていく。
「……自分も、こんな風になれたらな」
暗い部屋の中で、誰にも届かない独り言がぽろっと口からこぼれた。
彼らは富も、容姿も、自信も、すべてを勝ち得た男たちだ。 そして何より、全員が私よりも一回り以上若い。
それを認識した瞬間、胸の奥底から冷たい絶望がせり上がってきた。
どうあがいても、私はあの年齢には戻れない。 どれだけ背伸びをしたところで、あの華やかな世界の住人になることなど絶対にできない。
画面の眩しさに耐えきれなくなり、私は逃げるようにスマホの電源ボタンを押した。
プツンと、画面がブラックアウトする。
真っ黒に暗転したスマホのガラス画面に、部屋の蛍光灯に照らされた「ひとりの男の顔」が鮮明に浮かび上がっていた。
たるんだ顎の輪郭。生気のない濁った目元。 薄暗い部屋で、ストロング缶を片手にソファで丸まっている、不細工でくたびれた40代の中年男。
それが、他人の煌びやかな人生を覗き見ていた私の、紛れもない現実の姿だった。

10代の頃、20代の頃に思い描いていた「理想の未来」。 それが一つひとつ現実の前に打ち砕かれ、どうあがいても実現しない結末を突きつけられる。
決して、飢え死にするような酷い人生を送ってきたわけではない。 だが、「自分の人生に満足しているか」と問われれば、決して頷くことはできない。
理想と現実の巨大なギャップに引き裂かれながら、うっすらと見えてくる人生の終着点。 前に進む気力も湧かず、かといって過去に戻ることもできない。 ただその場に立ちすくむだけの、得体の知れない「巨大な虚無」が目の前に横たわっていた。
リリー・フランキー氏はかつて、「うつは大人の嗜み」と言った。 中年の危機(ミッドライフクライシス)やこの虚無感は、人間の寿命が長くなった現代だからこそ味わえる、ある種の上質な「贅沢」なのかもしれない。
解決しないまま、この苦いドロップを「あぁ、苦いな」と呟きながら、噛み砕かずにいつまでも舐め続けること。 その内面的な面倒くささや寂しさから逃げずに、味わい尽くすこと。 それこそが、今の私に残された唯一の悪あがきなのだろう。

「あんた、他人の人生をタダで覗き見して、勝手に絶望してるなんて、つくづく暇な男ね」
カウンターの向こうでグラスを拭きながら、ゆきママが氷のように冷たい声で言った。
「……別に、覗き見したくて見たわけじゃないですよ。ただ、現実を見せつけられたというか」
「何が現実よ。あんたが絶望すべきは、画面のイケメンになれなかったことじゃないわ。スーパーの空き箱とストロング缶のゴミの中で、『何者かになれるはずだった過去』にしがみついてる、そのみっともない自尊心よ。画面の向こうのあいつらは、恥をかきながらカメラの前に立ってんの。あんたは安全な客席からタダ見して、ため息ついてるだけじゃない。」
ママの言葉が、ジョニ黒のスモーキーな苦味とともに、胃袋の奥底へと突き刺さった。
その通りだ。 私は一度もグラウンドに立とうとせず、暗い部屋のソファという最も安全な場所から、他人の人生を批評し、勝手に惨めになっていただけだった。
ワンタップで他人の人生を消費し、ワンタップで消せるデジタルの光に、もう逃げ込むのはやめだ。
どれだけ格好悪くても、どれだけ無様でも、一度インクで刷ってしまったら二度と修正できない「紙の言葉」を刻みつけよう。
スーパーの半額惣菜とストロング缶に沈んだ夜も。 暗転したスマホ画面に映った、くたびれた自分の顔も。 何者にもなれなかった40代の虚無も、苦いドロップを舐めるようにすべて抱きしめて、逃げ場のない1冊の本にする。
それが、観客席を降りて、この無様な人生のグラウンドに立つための、私の最後の戦い方なのだから。
グラスが空いた。 今日はここまでにする。
【今夜の1杯】ジョニーウォーカー ブラックラベル 12年(ブレンデッド・スコッチ)
世界中で愛される大衆酒でありながら、奥深いスモーキーさとビターなピートの余韻。 何者にもなれなかった夜に、口の中に残る「苦いドロップ」をじっくりと噛み締めるための、静かな一杯。
【今夜のカウンターの独り言】
「スマホの画面が暗転した瞬間、映った自分の顔にギョッとした夜はありませんか。(ある/なしだけでも気軽に教えてください)」
【スナックゆき 自主出版プロジェクト】
・目標:フォロワー1,000人達成で自費印刷
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