メインコンテンツへスキップ
見出し画像

聖徳太子と愉快な仲間たち




    かつて歴史の渦に
    名を残し、
    日本紙幣となった偉人たち。

    もしも、
    その本音が聞けるのなら、
    どんなことを話すだろうか。

    案外、
    いろいろ言いたいことが
    あるかもしれない。


    例えば、渋沢栄一。

    「てっ! オレがお札になったん?

    確かに私は、
    日本の産業を発展させた。

    東京駅のレンガも、
    私の地元、
    埼玉県の深谷で作られた。

    しかし私は、
    表に出る男ではない。

    フィクサーだ。

    なのに、
    お札の中に、
    自分が刷り込まれるだなんて。

    生きにくい世の中だ」


    横にいた津田梅子が言う。

    「何言ってんの。
    いいじゃない。

    私なんて、
    せっかく広げた女子教育が、
    どんどん共学になってんのよ。

    まあ、
    私の津田塾は無事だけどね」


    野口英世が言った。

    「いや、
    ちょっと待ってくれ。

    大先輩である、
    北里先生より先に、
    私がお札になるなんて。

    確かに私は、
    感染症と闘い、
    その病で亡くなった。

    志半ばで、
    終わったんだ……」


    それを聞いた、
    北里柴三郎。

    「野口君のことは、
    全く気にしていないよ。

    それより、
    お札になるなら、
    研究費、もっと欲しかったな。

    顕微鏡だって、
    金色の真鍮が、
    真っ黒になるまで
    使い込んでいたのにな……」


    樋口一葉。

    「私は戦後、
    初めて女性として
    お札になったの。

    確かに、
    私の名前は有名よ。

    でも、
    あまりにも早世。
    作品がとても少ないの。

    しかもそれすら、
    忘れられそうなの」

    夏目漱石。

    「なぜ私が千円札なんだ!

    私が目指していたのは、
    一万円札だ!」


    紫式部。

    「われなど、
    守礼門の裏に置かれたり。

    琉球の国へは、
    参りしことだに
    あらぬものを」


    福沢諭吉。

    「私は人々に協力を惜しまなかった。

    都市伝説でいうところの、
    フリーメイソンでも、
    別班でもない。

    だが、
    私の子孫がTBSで
    そんな話を作ってるとか、
    作ってないとか」


    新渡戸稲造。

    「いいじゃないか、みんな。

    私なんて、
    お札になったとき、

    『誰? この人?』

    って、
    いろんな人に言われたんだぞ。

    今でいう国連の事務次長まで
    なったのに」


    伊藤博文。

    「私は昭和の子どもたちに
    不人気だったんだ。

    私の功績より、
    お年玉の季節になると、
    聖徳太子ばかりを望んでな。
    肩身が狭かった……」


    岩倉具視。

    「わたくしは、
    欧米まで見て回ったというのに、

    今では五百円と申せば、
    紙ではなく、
    玉だそうな」


    高橋是清。

    「私は、
    かつて奴隷同然に売られ、
    無一文にもなった。

    日露戦争では、
    海外から戦費まで集めてきた。

    日銀総裁、総理大臣、
    大蔵大臣まで務めた。

    なのに私は、
    B五十円券なのか。

    なんなら、
    今の開成中学・高校の
    初代校長だぞ」


    二宮尊徳。

    「一生懸命勉強したのに、
    現代では、
    私は歩きスマホと同じらしい」


    そこへ聖徳太子。

    「君たちはいいじゃないか。

    私なんて、

    『一度に十人の話を聞けた』

    って話どころか、

    今では存在そのものまで
    疑われてるんだぞ」



    #なんのはなしですか


     
     
    妄想属:ひと属ひと科の生き残り もしや同じ種族? そう思われた方、ぜひぜひ寄り道していって下さい。読んで損をするかもしれませんし、損をしないかもしれません。保証はできませんがそういうことです。 《アカウント画:フジ笑八コ(ぱちこ⭐︎)画伯 作🩵》

    あなたへのおすすめ