
【森の街より】ニイアスに住みはじめました「結び目が三つ」
ファンタジー作家のアイさんが、連載中の戦記ファンタジー『猫征』の舞台である街ニイアスに、読者が住民として移住できる企画をされています。
うちのリルたち一家も、町はずれの古い平屋に住まわせていただきました。
立派な移住申請書まで作っていただいて、ありがたい限りです。
リルたちを紹介していただいた記事はこちらです。
というわけで、リルたちのニイアスでの暮らしを1本書きました。
『今日はどんな荷物なの?』の本編とは別の、番外のお話です。
本編を読んでいなくても、ここから読めます。
移住の申請は随時受け付けておられるそうです。
町はずれの平屋は、土壁だった。
リルは行李を下ろすより先に、壁を撫でた。
ざらりとしていて、思ったより冷たい。日の当たる側だけ、ほんの少しだけ色が薄い。
「古いねえ」
『古い家は、たいてい丈夫だ』
バドは背負ってきた行李を土間に置いて、帯をほどいた。中身は、宛先の分からない荷ばかりだ。どれも、よその誰かが届けきれなかったものだった。
ミナはもう竈(かまど)の前にいて、前掛けの紐を結びながら煙出しを見上げている。
『抜けがいいわ。前に住んでた人が、ちゃんと直してる』
リルは土間の奥を覗いた。
板の棚が、壁に3段ぶん打ち付けてある。いちばん下の段だけ、板が新しい。
『そこを荷の置き場にしよう』
バドが、行李の底から縄を出しながら言った。
「いちばん下は」
『重いのを下だ。何度も言ってるだろうが』
「言われた」
リルは、いちばん下の段を手で払った。乾いた砂が落ちた。
クーは、框(かまち)の陰に伏せていた。
足音のしない妖精犬なので、黙っていると、どこにいるのか分からなくなる。
その耳が、戸口のほうへ倒れていた。
リルは、耳の向きを追った。
戸口の土の上に、包みが置いてあった。
* * *
3つ、あった。
布で包んだものと、紙で包んだものと、麻の袋に入れて口を括ったもの。
どれにも荷札がない。
「父さん。これ、うちの荷?」
『うちの荷じゃねえな』
「じゃあ、誰の」
『置いてあったんなら、置いた奴のだ』
リルは土間にしゃがんで、3つを並べた。
布のほうは、固いパンが2本。紙のほうは、干した果実がひと握り。麻の袋には、短い蝋燭が5本入っていた。
文字が、どこにも一つも付いていない。
配達人の家では、これは放っておける荷ではない。宛先の分からない荷は、うちに来る。父がそう言うので、リルは物心つく前からそう思っている。
「わたし、聞いてくる」
『行ってこい』
* * *
ニイアスの大通りは、リルが歩いてきたどの町より広かった。
人が多い。荷車が多い。森がすぐ裏に立っているのに、町の音が森に吸われていない。
森の匂いが、町の匂いに混ざっていた。木を切った匂いと、焼いたものの匂いと、水の匂い。
水の匂いがするのは、町のどこかに水が流れているからだ。リルは、歩きながらそれを探した。
中央市場で、リルは3人に尋ねた。
「町はずれの平屋に越してきたんですけど、戸口に荷を置いてくれた方を、ご存じないですか」
3人とも、知らないと言った。
ひとりは親切で、首を伸ばしてまわりの店にも聞いてくれた。それでも出てこなかった。
リルは市場を出て、大通りをゆっくり戻った。
狼の集い亭の前で、いったん足を止めた。
考えていたのは、こういうことだった。
3つも置いていって、名乗らない人がいる。たぶん、越してきたばかりの家に気を遣っているのだ。名前を言うと礼をしなければいけなくなるから、黙って置いて帰っている。
“そういう人、いる”
リルは、そう思った。思ったら、少し嬉しくなった。
嬉しくなったので、早足になった。
* * *
家に戻ると、土間の隅にクーがいた。
蝋燭を1本、口に咥えていた。
「それ、荷」
クーは耳を倒した。それから、わりとゆっくり、蝋燭を下に置いた。
リルは蝋燭を拾って、麻の袋へ戻した。戻すときに、袋の口の結び目が目に入った。
括り方が、ちょっと変だった。
紐を二重に回して、端を内側へ押し込んである。ほどけにくいが、ほどくときに爪が要る。リルの家では、そういう括り方はしない。
リルは、布の包みを見た。
こちらは、ただの固結びだった。しかも、結び目が端に寄っている。
紙の包みは、紐を十字に掛けて、交わるところで一度ひねっていた。
——ちがう。
リルは、3つの結び目を順に見た。
もう一度、順に見た。
肩掛け鞄から手控え帳を出して、めくった。何年か前に、父から教わって書いた一行がある。
【 結びは、人の癖だ。癖は、人ひとりに一つしかない。 】
リルは、帳面を膝に置いたまま、3つの包みを見た。
「——わかっちゃった」
* * *
1人が3つまとめて置いていったのではなかった。
3人が、1つずつ置いていったのだ。
癖は、人ひとりに一つしかない。1人が3つ括ったのなら、結び目は3つとも同じ顔をしているはずだった。
リルは、土間に座ったまま、しばらく動かなかった。
名乗らなかったのが、1人ではなかったということだ。
気を遣って黙っていたのが、1人ではなかったということだ。
リルは、3つの包みに荷札がない理由を考えた。
考えて、それは荷札が要らない荷だったのだと思った。
宛先が決まっていないのではない。宛先が「ここに住む人」なので、名前を書く場所がなかったのだ。
そういう荷は、はじめて見た。
* * *
『リル』
ミナが土間の奥から呼んだ。
竈に火が入っていて、湯の音がしている。引っ越しの日なのに、もう鍋が据わっていた。
『はいはい、まずご飯』
「母さん、あのね、荷が」
『食べながら聞く』
ミナは鍋の蓋を取って、中を一度かき混ぜた。
『あなた、井戸の釣瓶(つるべ)が短いわ。明日、紐を足してちょうだい』
『足す』
リルは立ち上がって、包みを3つ、棚の上に並べた。
並べてから、固いパンを1本だけ持って、竈のほうへ持っていった。
バドは土間の端で、荷紐の束をほどいていた。顔は上げなかったが、リルが通るときに手が止まった。
止まって、また動いた。
* * *
リルは、棚に並べた3つの包みを、もう一度見た。
礼は、顔を見たときに言うことにした。名乗らなかった人に、こちらから名前を聞きに行くのは、筋が違う気がしたからだ。
その晩、リルは手控え帳にこう書いた。
【 荷札のない荷が3つ。差出人は3人。結び目で分かった。 】
【 宛先を書く場所がない荷が、ある。 】
書いてから、少し迷って、下にもう一行足した。
【 これは、届いた荷だ。 】
蝋燭は4本に減っていた。1本は、いま土間で燃えている。
その火で、リルは帳面の字を乾かした。
クーは、土間の隅でもう寝ている。耳が、森のほうへ倒れていた。
雨は、森のほうから来るらしい。
リルは戸口へ行って、外を見た。
包みの置いてあった土に、四角い跡が3つ残っていた。
跡は、たぶん明日の雨で消える。
それでよかった。もう、受け取ったのだから。
リルたちの本編『今日はどんな荷物なの?』は、第1話から通しで読めます。
▼第1話「はじめてのお届け」
▼シーズン1(第1〜12話)
▼シーズン2『海の道編』(第13〜24話)
※本文は、AIを活用して執筆しています。