
なぜ中国は社会主義国家を名乗り続けるのか。建前と理想の同居の話
中国は社会主義国家なのか否か。これはよく議論の的になるテーマです。
中国といえば世界第2位の経済大国であり、数々の巨大民間企業が生まれ、世界でも有数の富豪がひしめいている国です。「社会主義」と聞いて浮かぶイメージからは、程遠いように見えます。「いや社会主義ってみんなが平等なやつでしょ、全然平等じゃないやん」とツッコみたくなります。
他方、中国は自国を社会主義国家と定義し、名乗っています。中国の憲法の第一条には、中国は社会主義国家ですとはっきり書いています。
中華人民共和国は、労働者階級の指導する労農同盟を基礎とした人民民主主義独裁の社会主義国家である。
なぜ中国は、少なくとも表面上は実態にそぐわない社会主義を名乗り続けるのでしょうか。
実は以前にも、中国の社会主義(っぽくなさ)について考えたことがありました。そのときは、中国の社会主義は国家をまとめ上げ、統治するための方便として機能してきたのではないか、と書きました。
ただ、それからも中国について勉強したり調べたりするうちに、そこまで単純な話でもないのかもな、と思うようになりました。今回は中国が社会主義を名乗るもう一つの理由についてまとめてみようと思います。
そもそも社会主義とは、そして中国の社会主義とは
まずは基本的なところから整理してみましょう。
社会主義という言葉にはさまざまな定義がありますが、基本となる考え方は、工場や土地、設備などの「生産手段」を、一部の資本家が私的に支配するのではなく、社会的に所有・管理しようというものです。
社会主義というと、国家があらゆるものを管理する計画経済や、貧富の差が小さく社会保障が充実した社会がイメージされます。しかし、それらは必ずしも社会主義の必須条件ではなく、社会主義の達成手段でしかありません。
さて中国ですが、社会主義を基本制度として掲げる一方で、巨大な民間企業が存在し、市場競争も盛んに行われています。
もちろん国有企業や公有制も重要な位置を占めていますが、私有財産も民間資本も認められています。中国の経済は、単純に国が生産手段を管理する仕組みではありません。
いわゆる「中国の特色ある社会主義」「社会主義市場経済」というややこしい話ですが、この「生産手段を国が管理してないけど、社会主義」という矛盾を中国自身はどう捉えているのでしょうか。
ここでキーになるのが、中国の公式な自己認識です。中国共産党の規約に
は、次のような一文があります。
我国正处于并将长期处于社会主义初级阶段。
(わが国は現在、そして今後も長期にわたって社会主義の初級段階にある。)
これはどういうことかというと、「中国はすでに社会主義国家だが、その社会主義はまだ発展途上にあり、まずは経済的な豊かさを実現しなければならない」という立場です。
経済を発展させて国民全体が豊かになるためには、当面は一定の格差も認めなければならない。でもそれは、最終目標ではなくあくまで途中段階です。まず豊かになれる人から豊かになってから、最終的にはその成果を社会全体に行き渡らせることを考えましょう。そう言ってるんですね。
中国は資本主義に転向したつもりなどなく、今でも社会主義の実現に向かって歩んでいる、というのが公式な立場です。
ただの方便とも言い切れない、かも
ずいぶんアクロバティックな論理にも見えますし、それも含めてやっぱり方便じゃねーか、という見方もできるでしょう。
結局社会主義では経済発展に限界があるから、市場に任せて競争させて、その実りを手に入れたいんでしょう?でも国の成り立ちに社会主義があるから、そう簡単に社会主義を否定するわけにもいかない。だから無理やり、そういうロジックを採用しているのだろう、と。
もちろんそういう面もありつつ、でもただの屁理屈だけではないかもしれないな、と個人的には思います。この理屈には、過去の政策の失敗から得られた教訓も反映されていると思えるからです。