
無音の音響効果
PA(音響)をやっていて一番恐ろしいのは、出すべき音が出ないことである。披露宴でふたりが選んだこだわりの一曲をかけ間違えた!もしくは音が出ない!そんな時の現場の空気よ。たとえ謝って許してもらえたとしてもトラウマになり、夜な夜な悪夢にうなされる羽目になる。
スピーチのマイクが入ってない…というのはまぁ、百歩譲って譲られて許される。話し始めた人のマイク入ってないよアピールに、(こりゃ失礼!)と心の中で謝り、しれっとマイクの音量を上げる。
しかし、「新郎新婦ご入場です!」や「ケーキご入刀です!」のタイミングでドンッと出すべき音が出ないというのは話が違う。これは焦る。そのまま無音でケーキ入刀に突入したり、入場を仕切り直しするといった失態は、これまで一度や二度ではない。
…その場の空気が一瞬凍りつくあの感じ。サーっと血の気が引き…聞こえるのはインカムの怒号だけ…ミキサーの陰に隠れても無駄。余計な仕事が増えたMC(司会者)の笑顔が怖い。ひぇ~~
テレビの生放送番組や大きなイベントなど、音響専門会社のプロでも、マイクが切れてて声が拾えてないとか、音出しのタイミングがずれて間が悪いということがたまにある。
「問題です!」ジャジャン!や、「優勝は!」ドゥルルルルルルルル…といったSE(効果音)が良きタイミングで出ない、ボリュームが小さいなどのミスにより演者さんがずっこけてたりするよねー。漫才とかコントにもSE使ってるのを見ると、PAさんにも優勝賞金分けたげて!って思う。ちょっとでもタイミングがずれたら笑いが取れないもんな~。
音響はその場を支配する。ウェディングは一発本番、生LIVEなのに…
「このサプライズ、本当に盛り上がるの?」
とビミョ~な演出への率直な疑問を吐露したところ、MCは、
「音を大きくすれば盛り上がるから!」
と強行突破の意向を示した。音効で盛り上げろと。少々雑なのでは…と思ったがMCはMCで大変なのである。お役に立てるよう頑張り〼。
生の声に耳を澄ませる
結びのスピーチで、マイクから離れてあえての地声で
「ありがとうございましたーー!!」
と叫ぶ、熱い新郎がたまにいる。マイクを通した方が声は遠くまで届くのだが、生の声は “熱量” を届ける力を持っている。そこにいる皆が、まるで時空間同期するような感覚になる。
音効は所詮、作り物。マイクに向かって話し、スピーカーから聞く、そこに限界があるのだと思う。
それは家族だけの小さな食事会をしていた時のことだった。新婦が両親への手紙を読む声に、皆が耳を傾けていた。レストランの個室にはマイクもBGMも無い。
私は、時々消え入りそうになる生の声に耳を澄ませる、という音効にやられてしまった。花嫁の手紙なんて何百回も聞いてるっていうのに。普段だったらエモイ曲をかけて皆を泣かせにいってるっていうのに。進行役として立ち会っていただけの私が誰よりも一番泣き、しばらく進行ができず家族の皆さんに笑われるという事態になった。
いや、はっきり言ってこれは良くない。家族より泣くなという話だ。
かつて子どもの卒業式で、「卒業生、退場!」で『威風堂々』の曲がかかり、盛大な拍手の中を歩くわが子が誇らしくて感動していたら、担任の先生が誰よりも号泣しているのを見て涙が引っ込んだではないか。
「…す、すみません…これをもちまして…おひらきと…」泣
とにかく私はその日、実感した。
エモイ曲を大音量で流すの対極にある、削ぎ落して届ける音響効果を。
無音の入場
曲がかかるタイミングでかからないとどうなるかは、これまでの失敗の経験から知っている。拍手だけで持ち堪える時間が永遠のように長く感じるものだ。
しかし静かな山奥の温泉宿には、どんな曲もそぐわなかった。ここには何も足してはいけない気がした。苔むす中庭での挙式は、マイクと、鳥のさえずりなど最小限のSEに留める。
パーティーでも、盛り上がりを煽る演出や、温かい拍手をかき消すような音楽は無用の長物でしかなく、
PAのミスだと誤解されてしまいそうだが、私はあえての「無音入場」に挑んだ!(三浦大知の無音ダンスみたいに言うな)
それまで静かに流れていた館内BGMを切る。不思議なものでBGMが途切れると、人も無口になる。※注
シーーン。
新郎新婦のふたりが歩き始める。不揃いな足音が初々しい。
司会者が「おふたりがいらっしゃいました」と一言だけ添える。
拍手の音が、ドレスの繊細なレースの編み目をくぐって心臓を震わせているようだった。ブーケが小刻みに揺れていた。
現場からは以上です。
※注
マスキング効果=BGMには空間演出の他に、騒音をかき消す効果がある。BGMが大き過ぎると余計ガヤガヤと騒がしくなるので、話し声や周囲の騒音と同じくらいのボリュームで流すとよい。逆に、BGMが無く静かな空間では、人は気まずさを感じ会話を楽しめない。あえてその気まずさを利用して注目をさせようというのが『無音入場』なのであーる。

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