
医療と福祉。介護現場で思うこと
先日、私の勤めている老人ホームでひとりご利用者が亡くなった。
まあ、ご利用者と言うと丁寧だが、おばあさんだ。
私は介護福祉士として介護現場で働いているが、最近、職場に関して疑問に思うことがある。
医療と福祉の関係性だ。
私の職場には看護師と介護士、生活相談員、ケアマネなどがいる。
医師はいない。
医師は外部にいて、利用者ごとに違うらしい。
その医師の処方に従って看護師は利用者に薬を投与する。
上に書いたおばあさんは亡くなる一週間前には車椅子で生活していた。
体調が悪いと言うことで医師から利尿剤を処方された。
すると、トイレばかり行きたがった。
そのおばあさんは足に力がなく自分でトイレで用を足すのは危険であるため、介護者が介助しなければならない。
私もその介助をしたが、おばあさんがトイレで用を足す。トイレから出て席まで私が車椅子で運ぶ。すると、また動き出す。「どうしましたか?」と訊くと、「トイレ」と言う。「じゃあ、行きましょうか」と言ってトイレに連れて行き、トイレに座っていただく。尿は出ない。そして、またトイレから出て席まで運ぶ、するとまた「トイレ」と言って動き出す。私が「トイレは行ったばかりですよ」と言っても「行きたいだよ!」と言う。そんなことが一日中繰り返される。
私が介護者としても疲れるし、ご本人にとっても辛いだろうと思った。
しかし、利尿剤を飲まないと命に関わるらしい。
九十代のおばあちゃんだ。
そのうち寝たきりになり衰弱していき、一週間後くらいには死んだ。
彼女の最期は幸福だっただろうか?
医療の目的は命を救うことなのか知らんが、福祉の目的はQOL(Quality Of Life)の維持向上だと教わった。
もし、医療の目的が命を救うことにあり福祉の目的がQOLの維持向上にあるならば、上のおばあさんのQOLと命、どちらを取るべきだっただろうか?
私は福祉の立場から、利尿剤で苦しむよりも、穏やかな最期を送って欲しかった。
介護福祉士、社会福祉士は医師の指示には絶対に従わなければならないのだろうか?
倫理綱領にはどう書いてあっただろうか?
私はどう書いてあったか忘れた。
しかし、私は、死ぬということは必ず人生の最後にはあることだからそれを否定することは医療の目的であるべきではないと思う。
そういえば、私の職場は、看護師が指示する立場にあり、介護士がそれに従う構図ができている。これで本当にいいのだろうか?
長く生きることは人生の目的だろうか?
健康が人生の目的だろうか?
私は現在の世の中を見ると、幸福という言葉が「健康」に置き換えられて考えられているような気がする。健康であることが幸福。わかりやすい安直な考えだ。
もう少し、世間が幸福とは何かを考えて欲しいと思う。
そして、福祉はQOLという理念を福祉以外の分野にも広めなければならないと思う。
QOLは人生の質、生活の質である。それは幸福とか不幸も超えた理念だ。
不幸でも質の高い人生はあるのではないかという思想まで射程に入っていると思う。
しかし、私の職場の職員の間でも、未だQOLは浸透してなく、生活の質人生の質を考えるとき、健康という概念にスポットライトが当てられやすい。
私はだいぶ前に一つの記事を書いた。
『健康より幸福を、幸福より満足を』
QOLとは何かと考えたとき私が出した答えが、「満足」なのだ。
しかし、上記のおばあさんが満足して死ぬとはどういうことだったか?
彼女は家に帰りたいと言っていた。
その訴えを、「帰るのは明日にしましょう」などと言ってはぐらかすのが、私たち介護職員の仕事である。
この現状は人間の尊厳に関わる問題である。