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山岳フリマ|毎週ショートショートnote

     昼休みの休憩室で、同僚の安川は椅子を並べて横になった。寝るつもりだろう。土曜日の仕事は平日に比べて暇なので、ちゃんと1時間の休憩が取れる。

    「カミさん、今日もどこかの山に行ってんの?」

     安川がダルそうに聞いてくる。

    「谷川岳たにがわだけだってさ」
    「へぇ。よくやるねぇ」

     1年前に結婚した妻は登山が趣味だ。しかし、僕は超インドア派なので、一緒に山を登ることはない。体力的に無理だし、それ以前に山にも山登りにも興味がない。

    「なんか、山岳フリマっていうのがあるらしくて、掘り出し物があるかもしれないから見に行くんだとさ。文学フリマなら知ってるけど、山岳フリマなんて聞いたことなかったよ」

     次の瞬間、横になっていた安川がむくっと起きた。

    「今、山岳フリマって言ったか?」
    「え? ああ。言ったけど」
    「ダメだ。引き返すように言え。今すぐ電話しろ」
    「は? なんで?」

     真顔の安川に、僕は「なんで?」という言葉を繰り返すが、安川は「いいから早く電話しろ!」と語気を強める。

    「すまんますん。えーと。とにかく、詳しい説明はあとでするから、今すぐカミさんに電話してくれ。頼む。この通り……」

     状況がよく分からないが、両手を合わせて深々と頭を下げる安川に負けて、僕はポケットから携帯電話を取り出し、妻に電話をかける。

     呼び出し音が鳴る。その間、安川は眉間にしわを寄せていた。

    「はいはーい!」
    「あ、みっちゃん? 山登り中?」
    「そうだよ? どうしたの?」

     電話が繋がったのを確認した瞬間、安川はふぅっと大きく息を吐いた。

    「今すぐ帰って来るように言ってくれ。詳しいことは帰ってから話すとか何とか言って」

     小声でそう言う安川に頷き、電話の向こうの妻に言う。

    「あのさ、悪いんだけど、すぐに帰って来てほしいんだ」
    「ん? どうしたの? 何かトラブル?」
    「いやまぁ、詳しいことはあとで話すから、とにかく帰って来て」
    「分かったわ。今引き返すから」
    「ゆっくりでいいから。気をつけてね」

     電話を切り、安川に「で? 一体どういうこと? ちゃんと説明してくれよ?」と圧をかける。

    「山岳フリマっていうのはな、表向きは使ってない登山道具を売り買いする登山愛好家たちのフリーマーケットなんだが……」

     安川は言葉を切った。含みのある言い方に少しイラつきながらも、次の言葉を待つ。

    「実は、山岳フリマは死んだ人の物も売ってるらしいんだ」
    「え……」

     あまりにも不穏な流れに絶句する。

    「もし、死んだ登山愛好家の物を買ったら、そいつも必ず死ぬ」
    「おいおい。いきなりオカルトっぽくなったぞ? いまいち信じられないな」
    「俺の親友は去年、北アルプスの常念岳じょうねんだけで下山中に行方不明になった。後で知ったことだが、親友はある山岳フリマでコンパスを買ってたんだ。山岳事故で亡くなった人のコンパスをな。多分、亡くなった人の知り合いとか家族とかが、山岳フリマに出したんだろう」

     僕はメッセージアプリを立ち上げた。自分でもビックリするくらい手が震えている。みっちゃん――妻にメッセージを打とうとするも、全く言葉が思い浮かばない。

    「変わったことない?」

     送信すると、すぐに既読マークが付いた。

    「大丈夫みたい」

     安川に携帯電話の画面を見せる。

    「そうか。よかった」
    「あんまり脅かすなよ……」

     時計を見ると、12時50分になろうとしていた。

     夕方、もうそろそろ仕事が終わるという時、ふと携帯電話を見ると、妻から1通、メッセージが来ていた。

    「ごめん。呼ばれたみたい」

     その後、妻の消息は途絶えた。

    (了)


    たらはかにさんの企画「毎週ショートショートnote」に参加しています。
    今週のお題は「山岳フリマ」です。

    谷川岳は2012年までに805名の死者が出ていて、これは世界の山のワースト記録としてギネスの世界記録になっているそうです。
    (エベレストをはじめとする世界の8000メートル級の山々14座の死者を合計しても637名)

    このことから、谷川岳には「死の山」、「人喰い山」、「墓標の山」などの不名誉な別名が付いているらしいです。


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    現代ドラマの掌編、短編小説をメインに投稿中。 たまにピアノで西村由紀江さんとジョージ・ウィンストンと日吉真澄さんの曲を弾きます。 ソリスピア第6回超短編小説祭入選。 第1回文苑堂54字の物語コンテスト最優秀賞&特別賞。 第12回自作小説の一節コンテスト最優秀賞。

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