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2026年8月

    ◎8/31(月):その時々で、感じていること・湧いて来る想いを、取り繕うことなく、そのまま受け入れていたい。
    こうあるべきとか、こんなこと思っちゃいけないとか、思考が動いて蓋をすることは不健全。外に向けて表現する時は、また別の話しになるけど、自分の感覚をしっかり認めておくことが、生きる事の基本のように思う。


    ◎8/30(日):必要に迫られた物事でない限り、何かを為す時は、その理由が“好きだから”であって欲しいと思う。もちろん、シンプルな好奇心やワクワクする気持ちもいい。でも、好きでやりたくてやる事は、例え形になったものが不格好でも、何よりもカッコ良くて素敵なんだと思ってる。それって絶対伝わるし、もしそれをキャッチできないのなら、感受性に問題があるかもしれない。
    一番いやなのは、打算的で“できるからやった”こと。知識や技術があれば、綺麗に形を整えられることは多い。それのどこに、魅力を感じればいいのか、私にはわからないけれど…。


    ◎8/29(土):“拘り”という言葉が難しい。拘っていると言われることも多いけど、それは自分が大切にしたい感覚の部分と繋がっていて、より良く生きるために、そうであろうと努めている。そこを、拘りと言う言葉で扱われてしまうと、多くの人には認められない、必要のない特異な物であるかのようになってしまい、一人一人が感覚を大切にできなくなる風潮を生む。
    大衆は、みんな、同じ方向を向き、同じ感覚を持っていないといけないのか。そこに、「私はこう想う」が持ち込まれることは厄介なのか。特に日本では、自分の意志を持つことを敬遠する流れがあって、表立った調和の下で、惨い村八分精神が受け継がれている。


    ◎8/28(金):日本人は、“うまみ”と言うものが好きなんだと感じる。だから、化学調味料なんて言うニセモノが重宝されてしまう。
    たとえば、何かの料理のベースに出汁を使うこと。それ自体は素晴らしい文化だと思うけど、そこにわざわざ鳥とか動物の骨とかを使うのを、なんとなく野蛮に感じる自分がいる(個人の感覚です)。そして、こういうことって、元々の和食にはなかったんだろうな…と思う。


    ◎8/27(木):言葉を、辞書に載っているような意味のままでしから捉えられない人を、浅はかに感じる。勿論、各自の受け取り方なので、それでいいとは思っている。
    ただ、言葉には、意味以上のニュアンスがあって、想いを言葉にする人にとっては、思考で言葉を判断する人に、正しく想いを伝えるのが難しいことがあると感じる。言葉の余白まで含めて、相手の想いや伝えたいことをくみ取れるようになるのが、本当のコミュニケーションだと思う。


    ◎8/26(水):全体の意識がそうなるように、戦争に向かわせようとしたり、もっと言うと「戦争が起こっても仕方がない」と皆が思うように扇動する流れは卑怯だなと感じる。そして、その事に疑問を持たず、平気で流される人たちは、どこまで馬鹿なんだろうか…と。
    この流れに最大限抵抗しているのがトランプさんだと思う。自分たちに伝わって来る、見える部分だけでの判断は難しい。そこだけでジャッジしてしまうと、扇動にのることになるとしたら? 本質的な方向性を理解しようとする観察が必要。力のあるものに対抗するために、誰が力を持っているのか。選ぶ人を間違えない方がいい。


    ◎8/25(火):何かを選んだり決めたりする前に、迷うことはよくある。スッと決断できる人が羨ましい。そして、何かを決めた後にまで、まだ悩んでるることがある。決めたら、腹をくくるしかない。
    bestとbetter。結局そんなの、見方次第でどうにでも変わる。自分が選んだことに自信と責任を持つ。


    ◎8/24(月):疲れていて、気持ちの方が萎えていて、何かの練習を今日はやめておこうとなっても、結局、動いてしまえば練習する方がずっと元気になったり、本来の自分の普通の感覚が戻って来たりする。
    自分の場合、少々億劫でも、とにかくケースを開けて構えてしまえば、ああ、こっちの方がしっくり来るし、疲れを忘れる。


    ◎8/23(日):お金や時間、物でしか、相手の想いを推し量れない人を哀れに思う。沢山得られれば信用できて、何もなければ存在さえ認めないのだろうか。全く理解できないので、そう言う価値観の人と、人生が交わることはないな…と心の底から思う。


    ◎8/22(土):ひとつの場所に居ることで、同じ空間を共有している人たちと、思考の方向性まで同じになって行くのは、たぶん仕方のないことだと思う。住む場所、学校や職場、何かの集まりetc…。時間の長短にかかわらず、時空と思考を共有すると、頭の中が同じ速度で回転して、その場を離れても影響を受け続けているような気がする。
    いかにそれから自由でいるか。自分のペースと、またそれを意識しないくらい、地球とか自然界のリズムと融合できるよう、自由でいたい。


    ◎8/21(金):自分の意思というのは、それを自身で把握し、“いま自分はこう思っている(感じている)”とわかっていることが、とても重要だと思う。ただ、それを周りに対してどう表現し、実行するかは別の話しで、必ずしも思った通りにならなくて、形にならなかったり、反対の結果になったとしても、それはそれでいいのだと思う。


    ◎8/20(木):“自由”と聞いた時に、思い浮かべることは人それぞれだと思うけど、自分が自由でいるために、何が必要かも、人それぞれ思うものが違うだろう。
    自分にとっては、それは時間だったりする。時間さえあれば、何でもできると思っている。でも、固定されている1分も1日も1年も全ての人にとって等しい。じゃぁ、動植物みたいに、その概念から自由になってみたらどうなるだろう。時間は変わらないけれど、捉え方・感じ方を変えることはできると思う。だから自由でいていいのだと思う。


    ◎8/19(水):大きなことを1つ成し遂げるよりは、日頃の小さな積み重ねが継続できる方が、ずっと気持ちが落ち着くし、自分に自信が持てるようになる。
    そのためには、欲張らないことかな?と思う。自分のキャパシティを大きく見積もらず、等身大で、かつ無理のない設定をすること。そうして、日常の“習慣”になったことは、どんな目標に向かって行くよりも確実で、思いがけず大きな未来を連れて来てくれるような気がしている。


    ◎8/18(火):何かトラブルのような事があり、気落ちして、上手く切り替えができない時は、とにかく場所を変えると言うか、可能な限りその場から立ち去った方がいいと思う。

    場所や空間には、元々の性質と、そこに居る人たちの意識のようなものが、目に見えなくても形を成していて、自分がそこに溶け込めるかどうかは、思っている以上にデリケートだけれど、本当は蔑ろにしてはいけないように思う。


    ◎8/17(月):先週くらいから、急に海の色が透き通って綺麗になった。今朝もまだ綺麗なままだった。距離は離れていても、お盆休みで工場地帯が止まっているから空気とかが違うのかな?と思っていたけれど、他の理由もあるのだろうか。
    地球的に本来不必要な浄化作用の反映だったとしても、透明な青の海や空を見ると嬉しくなる。最近また雲が多い。


    ◎8/16(日):特別なんて要らないと思う。自分にとって特別だと感じる事・物は沢山あるし、その時々で変わるし、それぞれ全部特別で大切だ。ただ、人が人を特別扱いし、それを肯定する風景と言うのは、とても幼稚なことのように感じるし、そんな必要がない社会構造が望ましいと思う。


    ◎8/15(土):“推し活”と言う言葉も概念も、ほんとうに悍ましい。どんなジャンルだったとしても、推しは好きでも音楽は好きじゃない、推しは好きでも演劇が好きなわけじゃない、そう言う人たちの、人生の無駄遣いと暇つぶしのための総称。とても日本人らしい愚行だと思う。


    ◎8/14(金):自分の中に、律する部分やある程度のルールはあった方が、かえって生活しやすいと思っているのだけれど、それが守れなかった時に、あまり厳しくする必要はなくて、ましてや落ち込まなくてもいいかなと思う。
    それよりゆったり構えて、早めに軌道修正する方が、時間を無駄にしなくて済む。


    ◎8/13(木):どんなに頭の中で想像したり悩んでみても、その現場に行って身を置いてみないと分からないことは沢山あって、それはやはり、考える範疇(思考)ではなくて、感じる世界のことだからだろう。その、「リアル」を感じている瞬間の感覚は、理屈を退けて許さない。


    ◎8/12(水):雨雲レーダーって当たらないな…と以前から思ってたけど、今日は信じたら降られた。べつに腹立たしくはなく、こんな事でもなければ、傘をさして自転車に乗ることもなかったな、と愉快な気持ちになった。濡れたけど、楽しかった。


    ◎8/11(火):庭の雑草などを根から抜かず、低い高さの場所で鎌で刈るようにすると、3年ほど経てば生える草の種類が自然と整理され、低い背丈のものばかりになり、抜かずに放置しても草茫々になることがなくなるそうだ。
    疑う気持ちなどなく、本当にそうだろうな…と思った。この国の“里山”と呼ばれる場所も、元々は人が少し自然に手を加えることで、環境が上手く循環し、動植物と人間が心地よく住み分けできるようになっていた。過疎化したり人が住まなくなると、これが崩れて、結局、山の状態も悪くする、と。

    地球にとって人間はいなくても困らないだろう。でも、いることで役に立つ部分もあると信じている。今はそこからは大きく離れてしまっているけれど、バランスの取れた暮らしに改善することは充分可能なはずだ。
    草むらが整理されるのに3年。長いようだけど、たった3年で良くなるのなら、決して長くない。やり始めるなら、今日から毎日少しずつやればいい。


    ◎8/10(月):(なんとなく書きたい事と違っていたので訂正) 子どもの傍には、その子のことを本当に思い遣って、遊ぶ楽しさや自由を分かち合って、希望のある未来を一緒に想像できる、そんな大人がいるべきだと思う。親に限らず、社会全体がそう言う大人ばかりになれば、大人たちも、自分の中の子ども心を大切にしながら生きやすい。


    ◎8/9(日):家族や親しい友達に、言葉を尽くして想いを伝えるようなことは、わざわざしない。「ありがとう」とか、「好き」とか、短い言葉を口にする機会はあるけど、距離とか付き合いの深さに関わらず、自分の中で“当たり前”になった誰かに対しては、まるで自分の想いを“説明”するような言葉は、減って行くものだと思う。
    言わなくても伝わる関係が心地いい。
    くだらない話しで笑ってるだけでいい。


    ◎8/8(土):狡いことが極端に嫌いだけど、世の中は狡さに溢れてる。真っ正直に生きてると、結局損をする。その正直さが、いつかどこかで報われるかと思っていたけど、そうではないみたいだ。
    べつに狡い側になりたいわけじゃない。賢く立ち回りたいわけでもない。でも、自分を守るための選択が、周りから見たら狡く見える事を、肯定してもいいかもしれないと思えるようになった。そうすると少し、周りの見え方も変わった。
    そして正直さや信念が、嘘をつかないことと矛盾を起こす場合もある。
    そう言えばメンターが以前から、自分自身への正直さと、嘘について話していたな…と、今頃。


    ◎8/7(金):一人でもゆっくり落ち着けるカフェは好きだけど、時間的なこともあって、自分が小学生の頃からあるような、チェーンの喫茶店に入った。値段も安いし、きっとレンチンで出て来るパンケーキだろうと思ったら、たぶん1枚1枚手で焼いてくれているようだ。焼く時にバターを使ってる感じもあって、ちょっと驚いた。アメリカンもゆっくりと出てきて、ああ、ちゃんと手で淹れてくれたんだなと言うのが伝わって来る。すごく嬉しくなった。ずっと何十年も変わらず、昔の普通をそのまま、今も普通にやってるお店がある。
    レトロ喫茶ブームらしいけど、そことは違う、形だけじゃない手作りが、心底嬉しかった。


    ◎8/6(木):用事があって、一番暑さが厳しい午後に出かけたのだけど、ずっと風が吹いていて、日陰に入るととても涼しい。そう言えば、火曜も街中でそんなことがあった。たぶん、湿気がとても低いのではないか。汗もかくけど、だるくなるような感じではない。
    日向は確かに暑いけど、もうすぐ秋なのかな?と思うような感覚もあって、日本の夏も少し変わって来てくれてるなら嬉しい。


    ◎8/5(水):今朝、散歩に出た時にバス停の前を通りかかると、バス会社の方らしき人たちが、時刻表が変わる旨をアナウンスしていた。明るい声で「おはようございます」と「疑問があればお気軽にお声がけください」と繰り返されていて、なんて丁寧な対応なんだろう…と感心した。

    最近は、駅やバス停、その他の場所でも、お知らせや注意事項を紙で貼り出しても、みんなが自分のスマホしか見ていなくて、周囲に気を配ることが減っているので、見てもらえないのかもしれない。
    朝の通勤時間の公共交通機関のダイヤ改正は、とても大事なことだから、利用者への配慮が素晴らしいなと思った。
    昨日の話しじゃないけれど、AIなどで効率化して浮いた人件費を、こういう風に使うのであれば、社会の安心に繋がると感じる。

    でも、もっと基をたどれば、スマホなんかなければ、張り紙一枚で充分周知が行き届く事のようにも思え、やっぱり外では、スマホから顔を上げて生活した方がいいに違いない。


    ◎8/4(火):どんな手続きや問い合わせも、パソコンや手元のスマホから出来るようになって久しい。その種類も範囲も勢いよく広がっている。
    確かに、わざわざ出向いたり、電話を架けたりということをしなくても、それで済むのであれば便利だ。ただその事で、行き違いや確認漏れは確実に増えていると思う。
    対面や電話で、担当者と会話しながら手続きをすることで、大事な箇所を強調して伝えられたり、疑問点もすぐに質問して解決できる。この“確実さ”は、単に互いのミスを減らすだけではなく、人間社会の安心感に繋がっていると感じる。確かに、効率化して変えて行く事も大切だけれど、もっと大切にしなければいけない、人の心を健康に保つ仕組みは、効率化よりも優先されるべきだ。


    ◎8/3(月):まだ起こってもいないこと、始まってもいないことに対して、怖れを持ったり、心配をするのは、要らない頭の使いすぎ以外、何ものでもないと思う。危機管理や備えは、どんな仕事でも場面でも、ある程度は必要だけど、それはずっと考え続けるべきことではない。
    まして、個人的な出来事について、不安ばかり抱くのは、勿体ないことなんだと思う。

     
     
    日々生活していて思うこと、感じたこと。

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