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【倏目挱石③】『草枕』冒頭「智に働けば角が立぀」には続きがある─実はグチじゃない

    ※この蚘事はアフィリ゚むトリンクを含みたす

    「智に働けば角が立぀。情に棹さおさせば流される。意地を通せば窮屈だ。ずかくに人の䞖は䜏みにくい。」

    『草枕』の曞き出しです。読んだこずがなくおも、これだけは知っおいる、ずいう人は倚いず思いたす。珟代語蚳()にするず、こんな感じでしょうか。

    頭で理屈を通そうずするず、人ずぶ぀かる。人の気持ちに乗っかるず、流されお止たれなくなる。自分を曲げずにいるず、息が぀たる。どうやっおも、人の䞖は䜏みにくい。

    そしお、この文章には続きがありたす。

    䜏みにくさが高じるず、安い所ぞ匕き越したくなる。どこぞ越しおも䜏みにくいず悟った時、詩が生れお、画が出来る。

    ただのグチでは終わっおいないのです。人の䞖は䜏みにくい。そう分かったずころから、詩や絵が生たれる。有名な冒頭は、じ぀はこの䞀蚀のための前眮きでした。

    しかも、これは小説の最埌で本圓に「画ができる」瞬間ぞず぀ながっおいきたす。

    ずころで、二぀目の文の「棹さす」。舟の棹を川底に突いお、舟を進めるこずです。「流れに棹さす」は、流れに乗っお勢いを぀けるこず。
    ずころが文化庁の調査2012幎床では、この意味を遞んだ人は23.4%だけ。59.4%の人は、逆の「流れに逆らう」だず答えおいたす。答えた人の6割が、反察の意味で芚えおいたのです。

    だから「情に棹させば流される」も、「人の気持ちに逆らうず 」ではありたせん。人の気持ちの流れに乗っお舟を出したら、止たれなくなっお流された。そう読むず、この䞀文がすっず入っおきたす。

    『坊っちゃん』の玹介文にも芋える

    『草枕』は、前回の『坊っちゃん』ず同じ1906幎明治39幎に曞かれたした。どちらも、およそ二週間で曞き䞊げられおいたす。

    そう思っお曞き出しを読み盎すず、ちょっず笑っおしたいたす。
    「意地を通せば窮屈だ」。挱石がねらっお曞いたずいう蚘録はありたせん。
    でも私には、ここが坊っちゃんの玹介文のように読めるのです。

    坊っちゃんは怒っお、なぐっお、たんかを切り、意地を通しお孊校を蟞めたした。人の䞖の䜏みにくさに、真正面からぶ぀かっおいった人です。

    『草枕』の䞻人公は、その反察をめざしたす。名前のない絵かき画工で、幎は䞉十。人ずぶ぀かる毎日に、もう飜き飜きしおいる。だから少しのあいだ人の䞖を離れお、山の枩泉で絵を描こうずいうのです。
    舞台の枩泉にはモデルがあり、熊本の小倩おあた枩泉だずいわれおいたす。挱石自身も泊たったこずのある堎所です。

    タむトルの「草枕」も、旅を衚すこずばです。草を結んで枕にする、぀たり旅先で寝るこずです。

    題名からしお、これは旅の話なのです。旅だからこそ、人ずのしがらみから䞀歩はなれおいられる。絵かきが倧事にしおいる考え方も、そこから生たれたす。

    「䞍人情」ではなく「非人情」

    この絵かきが倧事にしおいる蚀葉が「非人情ひにんじょう」です。冷たい人、ずいう意味ではありたせん。

    宿の嚘の那矎なみさんに「するず䞍人情な惚れ方をするのが画工なんですね」ずからかわれお、絵かきはこう返したす。

    䞍人情じゃありたせん。非人情な惚れ方をするんです。

    䞍人情は、人の茪の䞭にいながら冷たくするこず。非人情は、茪の倖に䞀歩出お、人を眺めるこずです。

    絵かきは、旅で䌚う人たちを、舞台の圹者だず思っお芋るこずにしたす。舞台の䞊で泣こうが怒ろうが、客垭の自分は巻き蟌たれない。そういう距離のずり方です。

    䞻人公いわく「途䞭から読んでいい」

    絵かきは、小説の読み方たでこの調子です。

    小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうしお、埡籀を匕くように、ぱっず開けお、開いた所を、挫然ず読んでるのが面癜いんです。

    最初から順番に読たないずいう読み方をしおいたす。音楜でいえば、アルバムを䞀曲目から聎くのではなく、シャッフル再生で流しおおくような楜しみ方です。

    じ぀は『草枕』そのものが、この読み方にぎったりの小説です。話の筋はほずんどありたせん。挱石も、本が出おすぐの談話でこう話しおいたす。

    唯だ䞀皮の感じ、矎くしい感じが読者の頭に残りさぞすればよい。

    筋より、読んだあずに残る「感じ」を味わっおほしい、ずいうこずです。たずえば、ぱっず開くずこんな文章が出おきたす。

    春は眠くなる。猫は錠を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂の居所さえ忘れお正䜓なくなる。ただ菜の花を遠く望んだずきに県が醒める。雲雀の声を聞いたずきに魂のありかが刀然する。雲雀の鳎くのは口で鳎くのではない、魂党䜓が鳎くのだ。

    猫は錠を忘れ、人間は借金を忘れる。春の眠たさを、これほど楜しく蚀った文章はなかなかありたせん。こういう䞀節が、どのペヌゞにも転がっおいたす。

    ちなみにカナダのピアニスト、グレン・グヌルドは英語版の『草枕』を晩幎たで愛読し、ラゞオで朗読たでしたした。亡くなったずき、枕元には聖曞ずこの本があったず䌝えられおいたす。

    『草枕』を読んでみたものの、最埌たで読めなかった人もいるかもしれたせん。でも、それでいいのかもしれたせん。䞻人公本人が、ぱっず開いたずころから読めず蚀っおいるのですから。

    那矎さんの顔に、足りないもの

    ずころが、この「非人情」がどうしおもうたくいかない盞手がいたした。那矎さんです。

    那矎さんは離婚しお実家に戻っおきた人で、村では「気がふれおいる」ずたで噂されおいたす。倜䞭に庭を歩いたり、絵かきが入っおいるお颚呂に平気で入っおきたり。そしお、こんなこずたで蚀いたす。

    私が身を投げお浮いおいるずころを――苊しんで浮いおるずころじゃないんです――やすやすず埀生しお浮いおいるずころを――奇麗な画にかいお䞋さい

    川に身を投げお浮かんでいる自分を、苊しそうにではなく、安らかに、きれいに描いおほしい。ぞっずする頌みです。

    でも絵かきにずっおは、頭の䞭をのぞかれたような頌みでした。圌はこの旅のあいだ䜕床も、ミレヌの名画『オフィヌリア』を思い浮かべおいたのです。花に囲たれお、川を流れおいく嚘の絵です。

    絵かきは那矎さんを絵にしようずしたすが、どうしおも描けたせん。考え抜いた末に、足りないものに気づきたす。

    埡那矎さんの衚情のうちにはこの憐れの念が少しもあらわれおおらぬ。そこが物足らぬのである。

    那矎さんの顔にあるのは、人をからかうような笑いだけ。そこに「憐あわれ」、぀たり胞がしめ぀けられるような、さびしさずやさしさのたじった衚情が浮かんだずき、絵はできあがるはずだ。絵かきはそう考えたす。

    駅で、絵ができあがった

    最埌の堎面は、汜車の駅です。
    那矎さんのいずこの久䞀きゅういちさんが、日露戊争の戊地・満掲ぞ向かうのを芋送りにきたのです。

    那矎さんは久䞀さんに「死んで埡出おいで」ず蚀っおのけたす。最埌たで、「憐れ」ずはほど遠い人に芋えたす。

    ずころが汜車が動きだしたずき、いちばん埌ろの車䞡の窓から、ひげだらけの男が顔を出したした。那矎さんの別れた倫です。圌もたた、満掲ぞ枡っおいく。二人は思わず顔を芋合わせたす。

    那矎さんは茫然ずしお、行く汜車を芋送る。その茫然のうちには䞍思議にも今たでか぀お芋た事のない「憐れ」が䞀面に浮いおいる。

    人をからかっおばかりいた顔に、はじめお「憐れ」が浮かんだのです。絵かきは那矎さんの肩をたたいお、小さな声で蚀いたす。
    「それだそれだそれが出れば画になりたすよ」。
    小説はここで終わりたす。

    人の情から離れるための旅でした。それなのに、絵を完成させたのは、別れた倫を戊地ぞ芋送る女の人の、いちばん人間らしい顔だったのです。

    坊っちゃんにも、駅の別れがあった

    前回の『坊っちゃん』を読んでくださった方に、ひず぀おたけです。あの小説にも、駅での別れがありたした。

    束山ぞ向かう日、枅きよはホヌムで「もうお別れになるかも知れたせん。随分ご機嫌よう」ず小さな声で蚀いたす。目には涙がいっぱいたたっおいる。坊っちゃんは「泣かなかった。しかしもう少しで泣くずころであった」。

    二冊を続けお読むず、こんな察が芋えおきたす。どちらも、汜車の別れず、そこで芋た女の人の顔を描いおいる。坊っちゃんはその顔に泣きかけ、絵かきはその顔に絵を芋぀けたした。

    人の䞖は䜏みにくい。けれど、詩が生たれ、絵ができるのも、やっぱりその䜏みにくい人の䞖の真ん䞭でした。
    『草枕』は、あの有名な曞き出しを、最埌でちゃんず回収しおいる小説なのだず思いたす。


    『草枕』倏目挱石新朮文庫

    最初から読たなくおかたいたせん。絵かきの蚀うずおり、おみくじを匕くようにぱっず開いお、そのペヌゞだけ読んでみおください。どこを開いおも、䞀枚の絵のような文章が出おきたす。

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