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【倏目挱石②】『坊っちゃん』のあだ名─山嵐にも、うらなりにも、本名がありたす

    ※この蚘事はアフィリ゚むトリンクを含みたす

    『坊っちゃん』は痛快な勧善懲悪の小説ずしお読たれおきたした。

    でも、こんなこずに気づいたこずはないでしょうか。山嵐には「堀田」ずいう本名がありたす。うらなりは「叀賀」、野だいこは「吉川」。どれも本文にちゃんず曞かれおいたす。

    坊っちゃんもそれを知っおいたす。䞋宿の婆さんに「山嵐ずいうのは堀田の事ですよ」ず説明しおみせる堎面さえありたす。

    それなのに、坊っちゃんの頭の䞭では、圌らはほずんど最埌たで「山嵐」「うらなり」「野だいこ」のたたです。本名を知っおいおも、それはその人を芋るための名前にはならないのです。

    そしお䜜䞭にただ䞀人、そのあだ名に぀いお手玙で忠告しおくれた人がいたす。でも、坊っちゃんはその䞀行を、読み飛ばしおしたいたす。

    二週間でしゃべり倒した小説

    『坊っちゃん』が曞かれたのは1906幎明治39幎の3月。曞き始めからおよそ二週間で脱皿し、4月1日、雑誌『ホトトギス』の附録ずしお䞀気に党線が茉りたした。
    読んでいお感じるあの疟走感は、ワンテむクで録った音源のような勢いです。

    そしおこの文䜓、萜語だず思っお読むずしっくりきたす。嚁勢のいい江戞っ子が、聞き手に向かっお悪口を畳みかけ、盞手の口真䌌たでやっおみせる。寄垭の高座こうざで噺家はなしかが䞀人でしゃべっおいるずきのあの調子です。

    萜語は、䞀人の噺家が党員の声を自分の声でやる芞です。赀シャツも狞も山嵐も、ぜんぶ坊っちゃんが聞き、坊っちゃんが語り盎しおいたす。読者が圌らを芋るずき、そこには必ず坊っちゃんずいうフィルタヌがかかっおいるのです。

    あだ名は、萜語の圹名です

    萜語に出おくる人たちは、だいたい「ご隠居」「倧家さん」「若旊那」ず呌ばれたす。固有名ではなく、圹柄で呌ぶわけです。

    坊っちゃんのあだ名の付け方は、これずそっくりです。赀シャツはシャツの色、狞は顔぀き、うらなりは顔色、山嵐は颚䜓。出䌚った人間を、芋えた特城の䞀点たで瞮めお、その圹名で抌し通したす。

    本人もこう蚀っおいたす。

    おれのような単玔なものには癜ずか黒ずか片づけおもらわないず、どっちぞ味方をしおいいか分らない。

    冒頭の「山嵐ずいうのは堀田の事ですよ」は、じ぀はこの盎埌に出おくる台詞です。

    これが読んでいお気持ちいいんです。
    䞀床圹名が決たれば、こちらも迷わなくお枈むので。

    生埒ずのいざこざも、そう芋るず別の顔をしおきたす。蒲団にバッタを入れられ、倩麩矅蕎麊を四杯食べたこずを黒板に曞かれる。
    坊っちゃんはこれを党郚、自分ぞの悪意ず断定したす。

    けれど生埒の偎からすれば、よそから来た嚁勢のいい先生をからかう、土地の若者らしいやり方だったのかもしれたせん。坊っちゃんは「ぞなもし」ずいう蚀い回しを田舎くさいず切り捚お、生埒は江戞っ子の先生をおもしろがる。
    どちらも盞手の蚀葉を受け取っおいたせん。

    枅の手玙は、四尺ありたした

    束山にいる坊っちゃんのもずに、東京の枅から手玙が届きたす。
    赎任しお数か月たった初秋のこずです。

    長さは四尺、1メヌトルを超えおいたす。枅は字が䞋手なので䞭身はほずんど平仮名、しかも句読点がありたせん。坊っちゃんは䞀床読んで意味が぀ながらず、頭から読み盎したす。郚屋が暗くなるず瞁偎の端に出お、腰をかけおたた読む。1メヌトルの平仮名ず栌闘しおいるわけです。

    内容がたた、おかしくお泣けたす。

    颚邪で寝おいお返事が遅れたした。人に代筆させたくなかったので、䞋曞きに四日、枅曞に二日かかりたした——ず、手玙の䞭で自己申告しおくる。そのうえで、田舎の人は人が悪いそうだから気を぀けなさい。寝冷えしおはいけたせん。あなたの手玙は短すぎたす。宿屋の茶代に五円は倚すぎたせんか、倹玄しなさい。為替で十円送りたす——。

    幎のいった䞋女が、月絊をもらっおいる倧人の男に、十円送っおくるのです。

    そしおこの手玙には、こんな䞀節がありたす。

    ほかの人に無暗に枟名なんか、぀けるのは人に恚たれるもずになるから、やたらに䜿っちゃいけない、もし぀けたら、枅だけに手玙で知らせろ。

    あだ名を぀けるな、ではありたせん。
    人前でむやみに䜿うな。぀けたなら枅にだけ教えなさい。

    枅らしい忠告です。この坊っちゃんがあだ名を぀けずにいられるはずがないこずたで芋越しお、ちゃんず逃げ道を甚意しおいる。

    では坊っちゃんはどう受け取ったか。

    読み終えお、「なるほど女ず云うものは现かいものだ」ず感心したす。

      それだけです。1メヌトルの手玙を二床読んでおいお、肝心なずころだけ読めおいない。

    ただ、通じおいないわけでもないのです。坊っちゃんはそのあず、どう考えおも枅ずいっしょでなくっちゃ駄目だ、ず思いたす。
    蚀葉の䞭身は受け取れないのに、その人が必芁だずいうこずだけは、たっすぐ分かっおいる。

    マドンナだけは、他人が぀けたあだ名でした

    ここでマドンナを芋るず、おもしろいこずに気づきたす。

    マドンナは、坊っちゃんが付けたあだ名ではありたせん。䞋宿の婆さんによれば、孊校の先生方はみんな「マドンナマドンナ」ず呌んでいお、付けたのはどうやら画孊の吉川先生、぀たり野だいこです。坊っちゃんは、すでに孊校で通っおいた呌び名を、そのたた受け取っおいるのです。

    しかも、ただ顔も芋おいないうちから、こう蚀っおのけたす。

    枟名の付いおる女にゃ昔から碌なものは居たせんからね。

    ラベルを受け取った瞬間に、その人を芋る枠たで出来䞊がっおしたうわけです。

    しかも圌女には、台詞が䞀぀もありたせん。遠山家の什嬢ずしお停車堎や土手に姿を芋せたすが、自分で口をきく堎面がない。坊っちゃんは本人ず䞀床も蚀葉を亀わさないたた、「赀シャツに靡なびいた女」ずいう圹を圌女に割り圓おたす。

    本人ずは䞀床も話しおいないのに、他人が貌ったラベルだけは受け取っおしたう。

    痛快な啖呵の果おは、枛収の転職でした

    小説の結末で、赀シャツは殎られはしたすが、眰を受けるわけではなく、教頭のたた残りたす。
    蟞めお去るのは、坊っちゃんず山嵐のほうです。悪は少しも懲らされおいたせん。

    東京に戻った坊っちゃんは、街鉄がいお぀東京垂街鉄道の技手ぎしゅになりたす。䞭孊での月絊四十円が、二十五円に䞋がりたした。痛快な啖呵たんかの果おにあるのは、枛収の転職でした。

    「坊っちゃん」も、本名ではありたせん

    枅は、坊っちゃんを「真っ盎でよいご気性」だず信じお疑わない人です。家族が持お䜙した乱暎な子どもを、無条件に匕き受けおしたう。

    ここで思い出しおほしいのです。この小説のタむトルは『坊っちゃん』。枅が圌を呌ぶずきの呌び名です。あの四尺の手玙の䞭でも、枅は「坊っちゃんは竹を割ったような気性だが」ず曞いおいたす。

    「坊っちゃん」も、本名ではありたせん。䞻人公の本名は、䜜䞭のどこにも曞かれおいないのです。

    でも、赀シャツや狞ずはたったく違いたす。

    赀シャツは、坊っちゃんが盞手に䞀方的に貌った名前です。「坊っちゃん」は、枅がずっず圌を呌び続けた呌び名です。

    同じ蚀葉でも、野だいこに「勇み肌の坊っちゃん」ず蚀われたずきは、「野だの畜生」ず腹を立おおいたす。倖から貌られれば、「坊っちゃん」もただのラベルなのです。

    挱石自身も、幌くしお里子、逊子を経隓し、逊父母の離婚埌に生家ぞ戻っおいたす。家に戻っおからも、戞籍䞊の敎理には長い時間がかかりたした。

    小説の最埌で、枅は肺炎で亡くなりたす。死ぬ前日、枅は圌を呌んでこう頌みたす。

    坊っちゃん埌生だから枅が死んだら、坊っちゃんのお寺ぞ埋めお䞋さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楜しみに埅っおおりたす

    最埌の蚀葉に、あの呌び名が䞉床入っおいたす。枅は小日向こびなたの逊源寺ようげんじに葬られ、小説はそこで終わりたす。

    二週間で曞き䞊げられ、ずっずしゃべり倒しおきた文章が、最埌の数行だけ速床を萜ずすのです。勝利でも啖呵でもなく、墓の話で終わる。

    他人を特城の䞀぀に瞮めお呌び続けた男が、自分自身に぀いおは、最埌たで枅にもらった呌び名しか持っおいない。

    そういえば、前幎の『吟茩は猫である』も名前がない猫の話でした。

    そう考えるず、この小説が『坊っちゃん』ずいう題であるこずたで、少し違っお芋えおきたす。


    『「坊っちゃん」の時代』関川倏倮・谷口ゞロヌ双葉瀟谷口ゞロヌコレクション6

    挱石が『坊っちゃん』を曞いた明治の東京そのものを描いた挫画です。神経を病みながら生きた挱石本人の姿を、痛快な䞻人公ずはたったく違う角床から芋せおくれたす。

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