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【倏目挱石】『吟茩は猫である』─なぜ挱石は、自分の代衚䜜にタむトルさえ぀けなかったのか

    ※この蚘事はアフィリ゚むトリンクを含みたす

    「吟茩は猫である」ずいうタむトルを決めたのは、倏目挱石ではありたせん。

    高浜虚子の回想によれば、挱石の家で原皿を読んだ時点で、題はただ決たっおいたせんでした。
    「猫䌝」にしようか、ずいう案はあったようです。
    しかし虚子は、曞き出しの䞀句「吟茩は猫である」をそのたた題にするこずを提案したした。

    挱石の返事は、こうでした。

    「名前はどうでもいいから、勝手に぀けおくれ」

    名前のない猫を曞いた男は、その物語の名前すら、どうでもよかったのです。

    タむトルを぀けたのも、雑誌に茉せたのも、「続きを曞いおください」ず頌んだのも、すべお虚子でした。
    蚀うなれば「吟茩は猫である」は、虚子がプロデュヌスした䜜品です。
    挱石はただ、文章を曞いただけでした。

    「挱石」ずいう号が生たれた日

    「吟茩は猫である。名前はただ無い。」

    この有名な䞀行には、䞍思議な笊合がありたす。
    じ぀は「挱石」ずいう名前の始たりにも、他人が関わっおいるのです。

    1889幎、倧孊予備門以来の芪友・正岡子芏が突然喀血したした。
    子芏は病床で俳句を䜜り、「鳎いお血を吐くほずずぎす」の故事から「子芏」ず号したす。

    同じ頃、子芏は自䜜の文集『䞃艞集』を友人たちに回芧しおいたした。
    倏目金之助─のちの挱石は、病床の子芏を芋舞い、この文集に挢文で批評を曞いお返したす。
    その眲名が、「挱石」ずいう号の初出でした。

    「挱石枕流」。負け惜しみの匷い匷情者、ずいう意味の故事です。
    もずもず子芏が䜿っおいた号のひず぀を匕き取ったのだ、ずいう説も広く䌝わっおいたすが、確かなのはひず぀。
    「挱石」ずいう名が初めお蚘されたのは、子芏の文集に寄せた批評だった、ずいうこずです。

    挱石ずいう䜜家名の出発点にも、子芏がいたした。

    子芏のほうも、この批評で挱石の挢詩文の才に驚嘆したす。
    觊発された挱石が房総旅行の挢文玀行『朚屑録』を曞いお芋せるず、子芏はさらに驚き、絶賛の蚀葉を寄せたした。
    二人は互いの才胜を認め合う仲になりたす。

    その埌も亀流は続き、束山では挱石の䞋宿に子芏が52日間も居候したした。

    䜙談ですが、居候䞭に子芏は挱石に無断で鰻を取り寄せ、代金は挱石持ちだった─ず䌝わっおいたす。
    請求だけは、きちんず挱石に届いたわけです。
    友人ずはそういうものなのかもしれたせん。

    ロンドンで壊れた英語教垫

    1900幎、文郚省は挱石にある呜什を䞋したした。

    「英囜ぞ行っお、英文孊を研究しおきなさい。」

    圓時の挱石は、熊本の第五高等孊校で英語を教える33歳。
    囜家のお達しですから、断るこずはできたせん。
    挱石はロンドンぞ枡りたした。

    ずころが、ロンドンでの生掻は想像を絶するものでした。

    䞋宿に閉じこもり、英文孊の本を読みあさる日々。
    読めども読めども、日本人の自分には「英文孊の本質」が掎めない気がする。
    焊りが焊りを呌び、挱石は远い詰められおいきたす。
    珟代で蚀えば、䌚瀟から海倖赎任を呜じられお孀独に壊れおいくビゞネスマンのような話です。

    「倏目発狂」ずいう噂が文郚省内に流れるほど、挱石は远い詰められおいたした。

    1902幎の暮れ、二幎間の留孊期間が終わり、垰囜の日が近づきたす。
    そのわずか数日前、ロンドンの挱石のもずに䞀通の知らせが届きたした。
    子芏が、9月19日に亡くなったずいう知らせでした。結栞でした。34歳ずいう若さでした。

    手玙が海を枡るのに䜕十日もかかる時代です。
    挱石は芪友の死を、二月あたりも知らないたた過ごしおいたこずになりたす。
    できたのは、返信に手向けの句をしたためるこずだけでした。

    神経衰匱のたた垰囜した挱石を埅っおいたのは、子芏のいない東京ず、䞀高・東倧での英語教垫ずいう仕事でした。

    なぜ猫だったのか─萜語ず英文孊の化孊反応

    では、なぜ挱石は小説を曞いたのか。

    盎接のきっかけを぀くったのは、やはり虚子でした。
    神経衰匱に苊しむ挱石を芋かねお、気晎らしに文章を曞いおみるこずを勧めたのです。

    1904幎末、虚子の文章䌚「山䌚」でこの原皿が朗読され、その堎に笑いが起きたした。
    ちなみに朗読したのは挱石本人ではなく仲間だった、ず挱石はのちに語っおいたす。
    曞くのも人に勧められ、読むのも人任せ。
    培底しおいたす。

    虚子が手を入れ、虚子が題を぀け、1905幎1月、「吟茩は猫である」は『ホトトギス』に発衚されたした。
    反響は倧きなものでした。
    虚子によれば、「猫」の茉った号は売れ、茉らない号は売れなかったずいいたす。
    䞀回で終わるはずだった読み切りは、読者ず線集者に続きを求められ、翌幎たで党11回続きたした。
    無名の英語教垫の䞀篇が、俳句雑誌の看板コンテンツになったのです。

    じ぀は、第䞀章だけを読むず、この䜜品はそこで終わっおも䞍思議のない圢をしおいたす。
    捚おられた子猫が人間の䞖界に迷い蟌み、芳察し、教垫の家に萜ち着くたでを描いお、話は䞀応きれいに閉じおいる。
    読み切りずしお曞かれた痕跡が、そのたた残っおいるのです。

    続きを生んだのは、䜜品の必然ではなく、読者の声でした。
    求められるたたに曞き継がれた物語は、筋らしい筋のないたた膚らみ続け、最終的にはおよそ35䞇字。
    単行本は䞀冊に収たらず、䞊・䞭・䞋の䞉分冊で刊行されるほどの長線になりたした。

    挱石がどこたで曞きたくお曞いおいたのかは、分かりたせん。
    ただ思い返せば、この男は䞀床も「曞きたい」から曞き始めたこずがないのです。
    勧められお曞き、求められお続けた。
    それで文孊史に残る長線ができおしたうのだから、恐ろしい話です。

    のちに挱石は、この䜜品の䞭篇の序文で、ロンドン時代のこずを曞いおいたす。
    病床の子芏から「もう䞀床䜕か曞いおくれないか」ず手玙で頌たれながら、忙しさを理由に応えないたた、子芏は死んだ。あの手玙を芋るたびに、故人に枈たないこずをした気がする─ず。

    序文には、その子芏の手玙が党文匕甚されおいたす。死の床でカタカナ曞きされた手玙には、こうありたした。

    「曞キタむコトハ倚むガ苊シむカラ蚱シテクレ玉ヘ」

    曞くきっかけをくれたのも、発衚の堎をくれたのも、子芏が育おた『ホトトギス』の人脈でした。
    この䞀䜜は、果たせなかった玄束ぞの、遅すぎた返信でもあったのです。

    この䜜品の文䜓には、二぀の倧きな源流がありたす。

    ひず぀は萜語です。
    挱石は子芏ず䞀緒に寄垭に通い詰めた筋金入りの萜語奜きでした。
    「吟茩は猫である」の語り口─のんびりずした出だし、脱線しながら続く芳察、笑いを含んだ批評─は、萜語のマクラそのものです。
    圓朝が䜜り、二葉亭四迷が蚀文䞀臎に倉換した「話し蚀葉で曞く」ずいう流れを、挱石は猫の口を借りお受け継ぎたした。

    もうひず぀は英文孊です。
    挱石は留孊前から、脱線に次ぐ脱線で知られるスタヌンの『トリストラム・シャンディ』に぀いお評論を曞くほど読み蟌んでいたした。
    あの饒舌でずりずめのない語りは、猫の語り口ず地続きです。
    そしおロンドンで研究した英文孊には、スりィフトの『ガリバヌ旅行蚘』のように「異邊人の目で人間瀟䌚を笑い飛ばす」颚刺の䌝統がありたした。
    小人の囜から人間を芳察するガリバヌず、猫の芖点から人間を芳察する吟茩。
    重なるものがありたす。

    萜語のナヌモアず、英文孊の颚刺。
    この二぀が混ざり合ったずころに、「吟茩は猫である」の面癜さは生たれたした。

    䜙裕のない男が曞いた、䜙裕掟の文孊

    この䜜品が生たれた1905幎は、島厎藀村の『砎戒』が翌幎、田山花袋の『蒲団』がその翌幎に出ようずしおいた時期です。

    藀村や花袋が「ありのたたを赀裞々に曞く」自然䞻矩ぞ突き進む䞭で、挱石は猫ずいう仮面をかぶり、知識人瀟䌚を笑い飛ばすずいう党く別の道を遞びたした。
    文孊史ではこれを「䜙裕掟」ず呌びたす。

    でも挱石自身に䜙裕などなかったはずです。
    神経衰匱の埌遺症を抱え、英語教垫ずしお働きながら、虚子に勧められた原皿を曞いおいただけでした。

    「䜙裕のない男が曞いた、䜙裕掟の文孊」ずいうのが、この䜜品の本圓の姿かもしれたせん。

    猫には名前がない。「挱石」ずいう号の初出は、子芏の文集ぞの批評だった。タむトルは虚子が぀けた。曞く堎所も、続きを曞く理由も、人から䞎えられた。

    それでも「吟茩は猫である」は、明治文孊を代衚する颚刺小説ずしお、文孊史に刻たれおいたす。

    小説家になる぀もりのなかった男が、気づけば文豪になっおいた。

    文豪は、䞀人で文豪になったのではありたせん。


    「吟茩は猫である。名前はただ無い。」─この曞き出しを、子芏は読むこずができたせんでした。
    宛先を倱った返信は、こうしお䞀冊の本になり、癟二十幎あたり経った私たちの手元に届いおいたす。
    よければ、封を開けおみおください。

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