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「障害受容」 苦しすぎて出来なかった。認めたくない…諦めたくない…セカンドオピニオンを求めて。

    前回の記事はこちらです😊


    【診断後の落ち込み】


    ルー君に、正式に診断が下り、
    私は、目の前が真っ暗になってしまった。
    自閉症を疑っていながら、病院で否定して貰いたいと思っていたのだ。

    旦那も、大層落ち込んでいた。

    「自閉症は一生治らない……」

    自閉症の本はそれまで買わなかった。
    読むのが怖かったからだ。

    もし、ルー君と特徴がピッタリ重なってたら?

    ルー君を自閉症という型にはめるのも嫌だった。


    ルー君に、正式に診断が下り、
    私は、目の前が真っ暗になってしまった。
    自閉症を疑っていながら、病院で否定して貰いたいと思っていたのだ。

    旦那も、大層落ち込んでいた。

    「自閉症は一生治らない……」

    自閉症の本はそれまで買わなかった。
    読むのが怖かったからだ。

    もし、ルー君と特徴がピッタリ重なってたら?

    ルー君を自閉症という型にはめるのも嫌だった。


    ルー君に、正式に診断が下り、
    私は、目の前が真っ暗になってしまった。
    自閉症を疑っていながら、病院で否定して貰いたいと思っていたのだ。

    旦那も、大層落ち込んでいた。

    「自閉症は一生治らない……」

    自閉症の本はそれまで買わなかった。
    読むのが怖かったからだ。

    もし、ルー君と特徴がピッタリ重なってたら?

    ルー君を自閉症という型にはめるのも嫌だった。

    ルー君はルー君。
    世の中の全く同じ人間など1人もいない。
    発達だって人それぞれだ!

    ………と思っていたのだが、

    正式に診断がついたのだ。
    やっぱりそんな事は言ってられない。

    私達は診断をきっかけに、
    初めてしっかりと自閉症に向き合った。
    本を買って読んでみると、
    「こんなに当てはまるのか」
    とビックリした。

    • 目が合わない
    • クルクル回るのが好き
    • 音に敏感
    • オウム返し
    • 極端な偏食
    • 物を並べる
    • 指差しができない
    • 物を斜めに見る
    • 突然の癇癪

    全部、そのまんま。
    ルー君そのものじゃないか。

    特にショックだったのは…。

       自閉症は治らない…

    頭を思い切り殴られたようだった。

    実家に電話をした。
    母に伝え、母が父に代わり、父にも伝えた。

    「ルー君は自閉症だった…
                    一生治らないって…」

    言いながら、涙が溢れてきた。

    後になって、父が謝ってくれた。
    自閉症の本を読んだらしい。
    あの頃は父も何も分かっていなかった。

    とことん落ち込んだその後は、

     どうしよう…何とかしなくては!

    という気持ちが込み上げてきた。


    【セカンドオピニオンを求めて、         こども病院へ】

    ルー君の発達のために、何か有効な訓練があるのではないか?

    旦那はいろいろ調べて、セカンドオピニオンとして、県立のこども病院の予約を取った。

    何とか専門的な訓練を受けさせたい……

    旦那は、そう思っていた。
    私も、同じ気持ちだった。

    中核病院で紹介状を書いてもらい、
    こども病院の予約を取った。
    (中核病院の発達外来を受診しなくても、前回の受診があったので、紹介状だけ書いてもらう事ができた。)

    こども病院の予約は中核病院の
    発達外来ほど、待たされなかった。
    受診は、ゴールデンウィークがあけた
    頃だったか…。

    当日ルー君と向かう。  旦那は用事があり、この時はルー君と私と2人で行った。

    子ども病院までは、車で2時間半近く。

    旦那は、田舎の出身だけれど、18歳から東京で生活していたので、車の免許がない。
    運転は、全部私の役目だった。

    山道を走り峠を超え、トンネルを
    抜けて、やっと、こども病院に着いた。
    ルー君は車の中でアンパンマンマーチや虫キングの歌を聴いて、おとなしかった。

    そんなに待たされなかった。
    診察に呼ばれる。

    診察室で、ルー君は回転椅子に上半身をのせて、医師の前でクルクル回っていた。

    「テレビはどれ?」と聞かれると、
    冷蔵庫を指した。

    「窓はどれ?」と聞かれると、
    ドアを指した。

    そして、年配の男の先生から、
    ため息混じりに、こう言われた。

    「こんなにはっきりと自閉症の特徴が
    出ているのに、初めての受診がこんな
    に遅れたのは、非常に残念です。
    来年は小学校入学だから、急がないと!
    早く手帳をとって、支援学校に入りなさい。あなたも、いろいろ(病院を)浮気しないで、元の所へ戻りなさい」

    こちらの対応の遅さ、呑気さに呆れ果てた様子がよく感じ取れた。

    先生の口からは、訓練の「く」の字も、出なかった……。

    とくに出来ることは何も無いってこと?

    画像
    こども病院の診察室にて


    仕方ない事かも知れないが、やっぱり傷ついた。

    結局、無駄足だった。

    傷つくために、2時間もかけて行ったようなものだ。

    旦那に免許がないから仕方ないと、分かってはいた。

    けれど、「その病院へ行け」と言いながら、一緒に来なかった旦那を恨めしく思った。

    受診が終わってから、涙が出てきた。
    次から次へと、どんどん出てきて、
    止まらなくなり困った。

    ルー君はそんな私の様子をみて、
    ニコニコ笑っていた。

     ……ここは、笑う所ではない。
    普通の子なら心配そうに母親の顔を
    眺めるだろう。  
    やはりルー君の障害はとても重い…。
    そう思った。

    私は、次の中核病院の発達外来の受診のとき、こども病院の男性医師に言われたことを話した。
    すると、女性の医師は、こう言ってくれた。

    「ルー君、緊張してたんじゃないの?
    支援学校に行かなくても、普通小学校の支援級で充分だと思うわよ! 」

    ほっとした。
    慰められた。

    支援学校の知識が全然無かったし、
    支援学校に行けば、そのまま障害者として、生きてく事になる…。
    私は、ルー君に診断が下りていても、  まだ障害を完全に受容できずにいた。

    自閉症に天才と呼ばれる人がいる。
    ルー君も、もしかしたら何か才能を
    開花できるのではないか、と、淡い期待を抱いてもいた。(実際そういう方もいるので。)

    それにしても、支援学校か、
    普通の小学校か…。
    病院によって、言うことが違う。

    その頃の私達は、この先どう進めばいいのか分からず、言われるがままに、
    右を見たり、左を見たり…。
    本当に、どうしたらいいのかわからなかった……。

    【療育手帳申請について、児童相談所に電話する】

    こども病院で言われたとおり、
    療育手帳の取得だけはしとかないと!と思い地域の児童相談所に電話をした。現在の様子を少しだけ聞かれて、こう言われた。

    「加配なしで普通の幼稚園で過ごせてるんですよね。対象外です」

    「………。」

    それに対して、何か言おうとしたが、
    取り合う様子ではない。
    ――それ以上、話が出来そうな感じでは無かった。電話を切って欲しそうな感じが伝わってきたので、早々に切り上げた。

    困った。
    一体どうしたらいい?

    何とかしなければ…

    回顧録④終わり

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

    最後までお読みくださり、どうもありがとうございました😊
    この頃は、先が見えず、希望もなく、
    将来が真っ暗闇に感じた頃です。
    お子様の診断がついたあと、同じように、暗闇の中にいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
    ご家庭の状況や障害の程度もそれぞれ違いますが、皆様が明るい希望の光に向かえるよう願っております。

    次回は、そんな暗闇の中で、ママ友の一言に救われた話を書きます。
    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




















     
     
    5歳で自閉症(軽度知的障害)と診断。18歳で発達年齢11歳。24歳の今はフルタイム就労中の息子・ルー君と妹さあちゃんの母です。楽しい事もありましたが、失敗や失意も沢山あった24年間。我が家が乗り越えてきたリアルな過程を綴っていきます。良かったら🩷フォローして繋がってください😊

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