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【短線小説ホラヌ】サフランラむスの雚の䞋 5500字

    [HLその本を開いたのがたずかったのだろうか]

    『サフランラむスの雚の䞋』
     私がこのタむトルの本を手にずったのは本圓に偶然だった。
     い぀もなら通勀時間垯はスマホで小説を読んでいる。今朝、駅でリヌダヌを開いた時に右䞊の電池欄が赀く点滅しおいるのに気が぀いた。昚日うっかり充電を怠ったんだず気づき、小さくため息を吐く。それほど長い通勀時間ではないけれど、その時間を手持ち無沙汰に過ごすのはもったいない。だからチラず目に入ったキペスクの本コヌナヌに䞊んだ冊ほどの文庫本の䞭で、最もちょうど良さそうだず思っお手にずったのが『サフランラむスの雚の䞋』。

     サフランを思わせる暖かな黄色をベヌスにした柔らかな衚玙の本。
     今幎の冬はちょっず寒くお春が埅ち遠しく、そんな春を予感させる色あいに惹かれたのかもしれない。
     電車に乗り蟌み早速パラパラず開く。新しい玙の本特有のむンクの銙りずノリの効いた頁がめくれる感觊は、最近は電子曞籍ばかりの私にはどこか懐かしい。そう思いながら頁目を捲った。

    
     田䞭矎咲たなかみさきは新幹線の䞭で流れ行く景色をただ、眺めおいた。
     どこか霞んだ早朝の春の空が分厚い二重窓の倖で静かに揺れおいる。
     今日は出匵で、到着たでは玄時間。だから矎咲はただ暗い時間に起きお始発に飛び蟌んだ。ようやく萜ち着いお䞀眠りしようか、ずいう時に限っおポケットの䞭でスマホが振動する。めんどくさいなず思いながら開くず、ディスプレむには取匕先の担圓者の名前が衚瀺されおいた。
    

     驚いた。思わず顔を䞊げお電車の倖を芋回した。たるで誰かに芗かれおいるような気持ちになったからだ。
     けれどピヌクを過ぎた電車内は少しの混雑ずざわめきで満ち、誰もこちらを䌺っおいる様子はなかった。ふず目を䞊げれば、車窓に雪がちら぀いおいた。
     ふう、びっくりした。
     田䞭矎咲。私ず同じ名前の䞻人公。
     よくある名前ずいえばよくある名前で、私も同姓同名に回ほど䌚ったこずがある。でも自分の名前が冒頭に出おくるのはずおも驚く。心臓によくない。
     気を取り盎しお読み勧めるず、この本の田䞭矎咲はちょくちょく出匵があるらしい。そしお出匵先の盞手に密かな恋心を抱いおいる。これもよくあるパタヌンなのだろう。そしお小説の田䞭矎咲の恋人の名前は翔倪しょうただった。
     再び固たる。こんな偶然っおある

     私も同じような過皋を経お、今の圌氏ず春に結婚予定だ。私の圌氏の名前も翔倪だったから、なんだかたすたす驚いお、今床は垰っお芪近感を感じた。翔倪こそどこにでもある名前、それこそ私たちの䞖代の名前ランキング䞀䜍になる皋床には。それからこの出䌚いの初々しさがなんだかちょっず懐かしい。私ず翔倪が出䌚ったずきもこんな感じだったような気がする。
     それから田䞭矎咲の日垞生掻ず遠距離恋愛が綎られお、頁ほど読み勧めたずころで最寄り駅に到着するアナりンスが聞こえた。
     䌚瀟に到着しお充電噚を同僚に借りお急いでスマホを充電しお、それからこの本のこずはすっかり忘れお鞄の底にしたっおそのたた。

     再びその本を開いたのはヶ月ほど先の終電間際。
     あれから充電を欠かすこずはなかったのだけど、その日は生憎電話やメヌルが倚くお垰りの電車に乗る頃にはすっかり電池がなくなっおしたっおいた。
     鞄の底で少しくしゃりず朰れたその本からは、すでに新しいむンクの銙りが倱われおいた。

    
    「ねえ。結婚しよう」
     翔倪のその蚀葉に私の䞭で時は䞀瞬、働くのをやめた。
     その蚀葉はフレンチレストランでセッティングされたデザヌトずコヌヒヌ、぀たりオレンゞピヌルずモカのふうわりずした銙りず䞀緒に䟛された。たるでおあ぀らえ向き。䞖界の党䜓がふわりず癜く華やいだ。
     なんだか今、倢を芋おいるような心埅ち。
     よくある蚀葉。面癜みなんお党然ない。
     けど、その蚀葉をどれほど嬉しく思っただろう。
    

     思わずパタリず本を閉じた。
     そうだ。よくある蚀葉。けれど自分の身に起きたこずを思い出し、なんだか心が暖かくなる。でも䜕故この本は私の身に起こったこずず同じ展開になっおいるんだろう。䜕か倉だなず思っお、でもそれも含めおよくあるこずかもっお思っおなんだか嬉しくなっお、それで最埌はどうなるんだろうず思っおペヌゞを捲っおいくず䞍意に癜玙になった。
     混乱する。奇劙なこずに、䜕床めくりなおしおも埌半の分のほどが癜玙だった。
     なんだこれ。
     その曞かれた最埌のペヌゞを芋る。

    
    「ごめん、矎咲に蚀わないずいけないこずがあっお」
    「なぁに」
    「奜きな人ができた」
     ハンマヌか䜕かで頭を殎られたかのような衝撃。
     䞀瞬䞖界は真っ暗になっお、人差し指に匕っ掛けおいたカップを取り萜したガチャリずいう音がしたから、それで急に雑螏が耳に戻っおきた。
     目の前の翔倪はあわおおガタリず立ち䞊がり、私が取り萜したコヌヒヌカップをたっすぐに眮き盎し、傷口から溢れ出る血のようにテヌブルに広がっおいくコヌヒヌをおしがりでせき止めた。
    「コヌヒヌこがれおる、倧䞈倫」
    「倧䞈倫」
     この人は䞀䜓䜕をいっおいるの。
     今日は結婚匏の䞁床週間前。
     匏堎ず最終の打ち合わせに向かう盎前に喫茶店でお茶を飲んでいた。そうだ、今日は垭次に倉曎はないかずか、持ち蟌みの手䜜りボヌドなんかを匏堎に預けたり、これからそんな、最終的な確認をする予定で。
    「だから結婚匏はキャンセルしようず思う。キャンセル代は僕が党郚払う」
    「あの、䜕を蚀っお」
    「でも匏を挙げる前でよかった」
     翔倪は、でも、䜕を、䜕を蚀っおいるの
     䜕故この人はニコニコしおいるの
    

     最埌のペヌゞはそこで切れお、埌は空癜。
     䜕を蚀っおいるの
       少し、呆然ずした。
     そのペヌゞは私が読んでいたのよりだいぶん先のペヌゞで、私ず翔倪はそのたた結婚するものだず思っおいた。なのに䜕故
     そこたで思っお慌おお頭を巊右に振る。

     いやいや埅っお。
     これは本の䞭の䞖界。これは私ず翔倪の話じゃなく、本の䞭の矎咲ず翔倪の話。よくある名前でよくある展開だったから混同しおいただけで、別にこれはただのフィクション。そうだ。そう思っお心を萜ち着かせる。心臓が随分ずドキドキしおいるのに気づく。その動悞をガタンガタンず揺れる電車に乗せお眺めれば、車窓の倖で様々な家々の明かりがするりするりず進行方向ず反察偎に流れおいくずころ。それはたるで、通り過ぎた過去のように私の埌ろに流れおいく。そしおそれずは別に、私の圱が薄っすらず、消え去るこずなくその窓に写り蟌んでいる。
     そうだ。私の珟実はここにある。これから私は翔倪ず結婚しお幞せになるずころ。小説はフィクション。たたたた名前が同じなだけ。おかしなこずを考えちゃだめ。
     けれども私は埌半の癜玙が気になっお、電車を降りお垰宅しおもお颚呂にも入らず小説を読み勧めた。

     嘘。
     嘘。
     嘘。

     プロポヌズからずっず、本の䞭の矎咲ず翔倪の生掻は珟実の私ず翔倪の生掻をゆるやかになぞっおいた。いいえ。これは小説。あくたで小説。それに固有名詞がでおこないデヌトの堎所や流れも、ありふれたものばかり。かぶっおもおかしくないずころばかり。
     おかしくない。そうだよね おかしくない。
     そうだ、ただのフィクションだ。それにこのたた普通に結婚したら、この小説はなにもおもしろくもないんだから。そう、起承転結の転。でも私ず翔倪の人生に転なんおいらない。
     そしお最埌のペヌゞに差し掛かる。

    
    「だから結婚匏はキャンセルしようず思う。キャンセル代は僕が党郚払う」
    「あの、䜕を蚀っお」
    「でも匏を挙げる前でよかった」
     翔倪は、でも、䜕を、䜕を蚀っおいるの
     䜕故この人はにこにこしおいるの
     私は呆然ずしお、口をぱくぱくしお、この驚きで未だ怒りにも満たない動転をどう凊理しおいいのか解らなかった。
    「じゃぁ、匏堎に行こう。早く断らなくっちゃね」
     翔倪は私の手をずった。
    

     あれ
     さっきより、増えおいる
     呆然ず芋おいるず、そのペヌゞの癜い䜙癜に、にじむように次の文が浮かび䞊がる。

    
    「銬鹿にしないで」
     私は思わずその手を振り払い、
    

     私は思わずベッドサむドのチェストに転がっおいたボヌルペンをひっ぀かみ、続きを曞いおしたった。

    
     私は思わずその手を振り払い、たちあがった。
     翔倪は私に謝った。
     翔倪は、
    「今のは嘘。結婚しよう。」
    ず、蚀った。
    

     勢いでそこたで曞いお、正気を取り戻す。
     私、私は䜕やっおいるんだろう。萜ち着いお、そう、深呌吞。はあ。こんなこず起こるはずがないのに。
     きれいな印字に続く私の乱れた文字を芋お、少し冷静になれた、気がする。
     けれどもふずみるず、私が曞いたはずの郚分がい぀のたにか印字の文字に代わり、その続きの郚分がもぞもぞず蠢いた。

    
    「今のは嘘。結婚しよう。」
    ず、蚀った。
     䜕を蚀っおいるのかわからない。嘘 本圓 䜕が真実
     でも逆に『今のは嘘』ず蚀った翔倪は、その衚情党おが抜け萜ちおいた。

     なんだ、これ。なんだ。
     このたたバッド゚ンドに続いおしたうのか
     いや、これは小説でしょう 私ず翔倪ずは関係ない。そう、関係ない。
     でもこの䞍自然な本はなんだか呪いじみおいお、その埌に曞かれた文章がこれからの私ず翔倪の将来のような気がしお、それは䞍吉でたたらなかった。
     だから私はその埌の文章を曞き続けた。远い立おられるように倧急ぎで。

     私たちは結婚匏をした。
     たくさんの同僚や友達、䞡芪に祝犏された。
     キャンドルサヌビスで各テヌブルを呚る。友人からのビデオレタヌ。䞡芪からのお祝い。回のお色盎し。
     そしおラむスシャワヌ。
     プランナヌが蚀っおいた。叀代ロヌマが起源で、教䌚から出おきた新郎新婊にお米をシャワヌのようにかける。本の皲から粒以䞊のお米ができる豊穣のお祝い。日本なんだからふさわしいず思っお取り入れた。
     幞せな結婚匏のあず、オヌストラリアに新婚旅行。そこでできたたくさんの思い出。
     それから男の子ず女の子が䞀人ず぀生たれお、幹久みきひさず玗綟さあやずいう名前を぀ける。
     すくすくず育っお、運動䌚や保護者参芳にでお

     ええず、あずは䜕があるっけ。
     起こりうる行事を調べながら必死で曞き綎る。
     う぀らう぀らしおいる隙に小説は勝手に文字を綎る。
     そしおそれを修正しながら远いかけるように続きを曞く。
     たるで酷い远いかけっこだ。
     子どもたちが倧孊を出お就職しお、それから、ええず、その次は老埌
     私たちは退職しお、ゆっくり二人の時間を過ごしお、そしお歳で氞眠。

     ふう、そこたで、最埌のペヌゞたで曞ききっおチチチずいう音に気が぀いた。手元の小説の最埌には、Finずいう文字が぀づられ、そしお  しばらくにらみ぀けおいおも文字が増えるこずがなかった。たるでそれがはじめから印字されおいた、ように。
     終わっ  た
     党身の力が抜けた。
     パタリず本を閉じおがんやりず郚屋の窓を芋るずすでに明るく、それに驚いお時間を確認するず午前時分。やばい、出瀟しなくちゃ。培倜しおしたった。急いで颚呂に入っお郚屋に戻るず、机の䞊に眮いおいたはずの小説は圱も圢もなくなっおいた。
     あれ
       倢かな。寝がけおいたんだろうか。
     でも凄く眠くお䜓が重い。たるで培倜したかのように。
     よくわからないたた慌ただしく家を出お、垰っおきお本を探しおも芋぀からず、い぀のたにかその存圚を忘れおしたっおいた。そう、月ほどは。

    「ごめん、矎咲に蚀わないずいけないこずがあっお」
    「なぁに」
    「奜きな人ができた」
     殎られたかような衝撃。ブラむダルプランナヌを蚪れお結婚匏の最終確認をするために、カフェで埅ち合わせたずきだった。
     急に、小説のこずを思い出した。䜕、たさか。䞀䜓。あれは小説の話。小説。翔倪は䜕を蚀っおいるの
     私は動転しおコヌヒヌカップを取り萜ずす。
    「コヌヒヌこがれおる、倧䞈倫」
    「倧䞈倫」
     この人は䞀䜓䜕を蚀っおいるの。
     本圓に䜕を蚀っおいるの。でも確か、この蚀葉で、そう、この蚀葉が曞かれおいた。
     でも、でも倧䞈倫だ。私たちは別れない。そういう内容に曞き換えたはず。

    「だから結婚匏はキャンセルしようず思う。キャンセル代は僕が党郚払う」
    「あの、䜕を蚀っお」
    「でも匏を挙げる前でよかった。じゃぁ、匏堎に行こう。早く断らなくっちゃね」
     翔倪は私の手をずり、私は銬鹿にしないでず叫んでその手を払う。
     その時䞖界がパキリず割れる音がした。
     シャリシャリずなにかを曞きなぐる音がした。
     そうだ、私は曞き換えた。だから、だから倧䞈倫だ。
     曞き換えた 䞀䜓䜕から
     そうだ、曞き換えた通り、翔倪は私に謝った。
    「今のは嘘。結婚しよう」
     そしおその翔倪の衚情は完党に抜け萜ちお、たるで意思をもたない人圢のように、芋えた。

     それから私ず翔倪は結婚匏を䞊げ、海倖旅行に行き、それからラむスシャワヌによっお振りかけられた米の䞀粒䞀粒から子どもが生えた。
     そのうち粒が人の圢をなしお小孊校に通うようになった。残りの粒は人だか米だかわからないような姿でベランダに䜜った小さな家庭菜園を暡したプランタヌの䞭でうごめいおいる。そのうす黄色いサフラン色の姿はあたかも蛆のようにしか思えなかったけれど、翔倪には人に芋えるらしく、甲斐甲斐しく無衚情のたた雚を降らせるようにゞョりロで氎をやっお育おおいた。

     䜕が悪かったのだろう。
     無理やり小説を曞き換えおしたったから
     それずも私に文章力や衚珟力ずいうものがなかったから
     私の䜓は私の曞いたずおりに無味也燥に蠢き、私の粟神ではもはや思う通りに䜓を動かせなくなった。私はその䜓の䞭で悲鳎を䞊げ続けおいたけれど、䜓を動かせない私にずっお、もはや自分の口からそれを倖に出すこずはできなくなっおいた。
     そしおこれは私たちが歳になるたで続くのだろう。

     ふひ
     ふひひひ

    了

    ★䌌た系列の話

    芪友にあげたものを返される話

    ★短線小説のマガゞン

    #小説 #短線小説 #ショヌトショヌト #私の䜜品玹介


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