
🍭「屋台に張り付くな」と言われた友達、なぜか店番を始めた件😇

小学校5年生くらいの頃の話です。
前回書いた、なぜか全員がものすごく「良い子」だったクラス。
(👉前回の記事はこちら:「なぜか全員『良い子』だったクラス😇」)
このクラスには、毎日「帰りの会」がありました。
何か問題が起きると、帰りの会で話し合い。
そして、だいたい誰かが泣く。
そんなクラスでした😇
今回は、その恐怖の帰りの会につながった、
秋祭りでの出来事です。
先生から秋祭りについて注意があった
秋祭りが近づいたある日。
先生から、祭りについていくつか注意がありました。
その中に、こんなものがありました。
「祭りの屋台には張り付いていないこと」
今思えば、
的屋さんと必要以上に親しくなって、ずっと同じ屋台に居座ったり、商品をタダでもらったりしないように。
そんな意味だったんじゃないかと思います。
当時の私は聞きながら、
🐱「張り付かないよ😇」
と思っていました。
屋台なんて、いろいろ見て回るものでしょう。
一つの店にずっといる意味が分かりません。
少なくとも私は、そのつもりでした。
私は。
当時のお祭りは、100円玉が強かった
当時の屋台は、今思えばかなり安かったです。
水飴は、
小50円、大100円。
たこ焼きも、
4個100円くらい。
金魚すくいも、
100円。
しかも金魚を2~4匹くらいもらえました。
ほかの屋台も、だいたい100円くらい。
子どもにとってお祭りとは、
神事をじっくり見る日というより、
100円玉を握りしめて屋台を巡る日でした😇
私も仲良しグループの子たちと一緒に、お祭りへ行きました。
あれも見たい。
これも食べたい。
次はどこへ行こう。
そんな感じで屋台を見て回っていた、その時です。
グループのリーダー格だった子が突然言いました。
「あ、水飴のお姉ちゃん!」
このセリフ。
なぜか45年くらい経った今でも、
ものすごく鮮明に覚えています😇
感動の再会……らしい
リーダーは水飴屋のお姉さんのところへ行きました。
そして、
「私のこと覚えてる?」
と聞きました。
水飴のお姉ちゃん、
「覚えてるよ~」
リーダー、
✨😊✨
たぶん以前のお祭りでも会って、話をしたことがあったのでしょう。
リーダーにとっては、
思い出の水飴のお姉ちゃんとの感動の再会
だったのだと思います。
一方、私には何の思い出もありません。
🐱「…………で?😇」
これに尽きます。
さあ、次の屋台へ行こう。
……と思ったのですが。
リーダーが動きません。
10分、30分……まだいる
水飴のお姉ちゃんと楽しそうに話すリーダー。
私たちはその近くで待っています。
しばらく待ちました。
まだ話しています。
さらに待ちました。
まだいます。
🐱「…………」
せっかくのお祭りです。
たこ焼きもある。
金魚すくいもある。
ほかにもいろいろな屋台があります。
私は、
🐱「そろそろほかの屋台見たいんだけど😇」
と思っていました。
でも、グループで来ています。
リーダーを一人置いて、みんなでどこかへ行くという
雰囲気でもありません。
結果――
全員、水飴屋の周辺で待機。
先生。
私は張り付くつもりなんて、
本当になかったんです😇
そして、事態は思わぬ方向へ
どのくらい経った頃だったでしょう。
水飴のお姉ちゃんが言いました。
「ちょっとご飯食べてくるから、店番お願い」
私は思いました。
🐱「…………店番?😇」
なぜかリーダー、
水飴屋の臨時店員になりました。
私たちは秋祭りに遊びに来たはずです。
友達と屋台を見て回る予定でした。
それが気付けば、
友達の水飴屋勤務が終わるのを待っています😇
先生は、
「屋台には張り付かないこと」
と言いました。
確かに、
「店番をしてはいけない」とまでは言っていません。
……いや。
たぶん、そういうことも含まれていたと思います😇
業務引き継ぎまで完璧でした
ちなみに、水飴屋の隣には、わた飴屋がありました。
水飴のお姉ちゃんによると、
隣のわた飴屋さんはお父さん。
そして、ご飯を食べに行く前に、
「何かあったら、隣のお父さんに聞いて」
みたいなことまで言っていました。
🐱「業務引き継ぎまでされてる😇」
水飴屋・臨時スタッフ。
勤務時間:お姉ちゃんが戻るまで。
給与:0円。
責任者:隣のわた飴屋のお父さん。
採用条件:
何時間も店の前にいた小学生😇
今なら、
「小学生に店番させて大丈夫なの?」
となりそうですが、当時はかなりおおらかな時代でした。
隣にはお父さんもいる。
だからお姉ちゃんも、
「ちょっと見てて~」
くらいの感覚だったのでしょう。
それにしても、
なぜリーダーが店番をしているのか。
同行していた私には最後まで分かりませんでした😇
そして目撃者が多すぎた
さらに問題がありました。
子どもはみんな、お祭りになると屋台を見て回ります。
つまり、同じクラスの子たちもそこら中にいます。
当然、
👀「あ、○○ちゃんたちだ」
と見られます。
しばらくして、また別の子が通ります。
👀「……まだいる」
さらに時間が経っても、
👀 「まだ水飴屋にいる😇」
しかも途中から、
リーダー、店番しています。
証人が多すぎました。
そして翌日。
学校。
授業が終わりました。
やってきます。
恐怖の帰りの会😇
やっぱり暴露された
帰りの会で、クラスの子から話が出ました。
「○○さんたち、昨日ずっと水飴の屋台にいました」
🐱「やっぱり来た😇」
先生は、お祭りの前に言っています。
「屋台には張り付いていないこと」
そして私たちは実際、
長時間、水飴屋にいました。
言い逃れが難しい。
リーダーは、
「物をもらおうと思っていたわけじゃない」
というようなことを言っていたと思います。
これはたぶん、本当だったと思います。
何かをタダでもらうために居座っていたわけではなく、
単純に、
水飴のお姉ちゃんと再会できたのが嬉しかった。
それだけだったのでしょう。
でも今なら言えます。
🐱「そこは疑ってない。ちょっと長いのよ😇」
何時間もいて、
最終的に、
店番までしています。
先生が言っていた「張り付く」の想定範囲を、
かなり忠実に走っています😇
そしてリーダーは、
帰りの会で号泣しました😭
同行していた私たちも当然、無関係ではありません。
🐱「とばっちり😇」
45年経っても忘れない一言
今になって思えば、なんともおおらかな時代でした。
100円あれば屋台で遊べる。
小学生だけで祭りを見て回る。
水飴屋のお姉ちゃんは、
「ちょっと店番お願い」
と小学生に店を任せてご飯へ行く。
「困ったら隣のお父さんに聞いて」
で成立する。
今だったら、なかなか見られない光景かもしれません。
そしてリーダーにとっては、
きっと本当に大好きな水飴のお姉ちゃんだったのでしょう。
ただ、同行していた私にとっては――
「あ、水飴のお姉ちゃん!」
↓
数時間待機。
↓
友達、店番開始。
↓
翌日、帰りの会。
↓
リーダー号泣。
という一連の記憶になっています😇
学校で習ったことなんて、ほとんど覚えていないのに。
なぜか、
「あ、水飴のお姉ちゃん!」
だけは、45年くらい経った今でも忘れません。
人間の記憶って、
保存するものを間違えている気がします😇
そして、この頃はまだ同じ仲良しグループにいました。
ところが6年生になってから、ある日突然――
私以外のみんなが「あだ名」で呼び合うようになります😇
🐱「…………いつ決まったの?」
誰も教えてくれません。
というより、
私がいないところで決まったのでしょう。
これは水飴とは違って、ちょっとモヤモヤする話。
その話は、また次回😇