
🏫 なぜか全員「良い子」だったクラス😇
小学校4年生、5年生の頃。
私のクラスは、今思えばかなり「良い子」が揃ったクラスでした。
授業中に騒ぐ子もほとんどいない。
先生が細かく指示を出さなくても、みんなちゃんと動く。
よその学校の先生たちが、授業を見学しに来たこともありました。
当時は、
「うちのクラスって、そんなにすごいんだ」
くらいに思っていました。
でも大人になった今、振り返ってみると……
🐱
「本当に良い子だったのかな😇」
と思うことがあります。
大声を出さない先生
担任は、定年が近い女性の先生でした。
怖い顔をして怒鳴り散らすような先生ではありません。
むしろ、大きな声でしゃべる先生ではなかったと思います。
でも、とにかくクラスがまとまっていました。
例えば授業中。
先生が、
「これ、分かる人?」
と質問します。
分かった子たちは、
「はい!」
と手を挙げます。
ここまでは普通です。
ところが先生は、
「○○さん、答えてください」
とは言いません。
手を挙げた子たちを見て、
「はい」
それだけ。
そして先生と目が合った子が、
🐱
「あ、私ね😇」
と察して立ち上がり、答えます。
名前を呼ばなくても通じる。
先生と生徒の阿吽の呼吸が完成していました。
今考えると、
よく訓練されていたなあ……😇
と思います。
お昼になると、先生の机に何かある
当時、この地域には給食がありませんでした。
お昼はお弁当持参。
家が学校から近い子は、一度家に帰って食べることもありました。
先生も教室でお昼を食べます。
そして、お昼になると――
なぜか先生の机の上に、よく何かが置いてありました。
🍊みかん。
🍪お菓子。
そのほか、ちょっとした食べ物。
先生が教室へ来る前に、誰かがそっと置いておくんです。
毎日ではなかったかもしれませんが、かなり頻繁に見た記憶があります。
先生も、
「こういうものは持ってこなくていいですよ」
とは特に言いません。
普通に、
「ありがとう」
と受け取っていました。
もちろん、保護者がどんなつもりで持たせていたのか、子どもの私には分かりません。
でも私は、
🐱「今後ともうちの子をごひいきに……みたいなものなのかな😇」
と、なんとなく思っていました。
先生が来る前に、そっと机に置いてあるのも相まって、
今思い出すと、
お供え物感がすごい😇
そして、恐怖の「帰りの会」
そんなクラスには、毎日「帰りの会」がありました。
その日の当番2人が教室の前へ出て、先生の机の横で進行します。
今日あったことなどを話して、一日を締めくくる時間です。
……と書くと、とても平和そうです。
実際には、
🐱「今日は誰が泣くんだろう😇」
みたいな時間だった記憶があります。
何か問題があると、誰かが、
「○○さんが今日、こんなことをしていました」
と報告します。
そこから話が始まり、だいたい一人が中心になります。
そして最終的に、
泣く😭
ちなみに、その日の当番だからといって安全ではありません。
前で帰りの会を進行していても、
「今日、当番の○○さんが……」
と話が飛んでくることがあります。
進行役から一転、
当事者へ😇
先生の机の横という、一番逃げられない場所で流れ弾を食らいます。
帰りの会に、
安全地帯はありませんでした。
今でも覚えている「のりたま事件」
帰りの会で扱われた事件の中で、今でも覚えているものがあります。
ある子が、お弁当に「のりたま」の小袋を持ってきていました。
普通なら食べ終わったら、袋をゴミ箱へ捨てます。
ところが、その子は――
床に捨てていました。
しかも一度ではありません。
何度か繰り返していたようです。
掃除をする子からすれば、
🧹
「また、のりたまの袋が落ちてる……」
そしてまた別の日。
🧹
「…………また、のりたま😡」
ついに掃除をしていた子がキレました。
当然、舞台は――
恐怖の帰りの会。
「○○さんが、いつものりたまの袋を床に捨てています」
暴露されました。
先生が本人に理由を聞きます。
どうしてゴミ箱ではなく、わざわざ床へ捨てるのか。
その子の答えは――
「ちゃんと掃除しているか確認するためです」
🐱「…………清掃監査だった😇」
掃除当番がちゃんと掃除をしているのか。
わざとゴミを床に置いて、それがなくなっているか確認していたらしいのです。
しかも何度も。
定期監査です😇
掃除する子からすれば、
「監査する前に自分でゴミ箱へ捨てろ😡」
だったと思います。
その日の帰りの会。
監査員は、監査される側になりました。
そして、
泣きました😭
子どもって、たまにとんでもないことを考えます。
私たちは本当に「良い子」だったのか
そんなクラスでしたが、外から見ると本当に立派だったんだと思います。
よその学校の先生が授業を見に来る。
担任が大声を出さなくても、みんな静かに授業を受ける。
名前を呼ばなくても、目線だけで誰が答えるのか分かる。
先生からすれば、かなり統率されたクラスだったのでしょう。
でも今になって考えることがあります。
私たちは本当に、
自分から「良い子」になっていたのでしょうか。
それとも、
帰りの会で吊るし上げられたくないから、空気を読むのが上手になっていただけなのでしょうか😇
その答えは分かりません。
ただ、この担任が変わった6年生。
それまで良い子だったクラスは――
見事に元に戻りました😇
いや。
反動だったのか、
前よりひどくなった気もします。
6年生の担任は途中で胃潰瘍になって入院。
その後は別の先生が担任になり、最初の先生は卒業まで戻ってきませんでした。
今振り返ると、
🐱「4・5年生のあの統率力、いったい何だったんだろう😇」
と思います。
そして何十年も経ったあと。
大人になった私は、ある高額FX塾に入りました。
そのとき、ずっと引っかかっていたことがあります。
🐱「この空気……どこかで経験したことあるな😇」
しばらく考えて、思い出しました。
小学校4・5年生の、あのクラスでした。
👉 高額FX塾で体験した話はこちら
人間、授業で何を習ったかなんてほとんど忘れているのに、
教室の「空気」だけは何十年経っても覚えているものなんですね😇
そして、このクラスにはもう一つ。
今でも忘れられない秋祭りの事件があります。
先生は祭りの前に、こう注意しました。
「祭りの屋台には張り付いていないこと」
私は、
🐱「張り付かないよ😇」
と思っていました。
ところが当日。
仲良しグループのリーダーが突然、
「あ、水飴のお姉ちゃん!」
と言いました。
この一言を、私は45年くらい経った今でも覚えています。
そして最終的に彼女は――
水飴屋の店番をしていました😇
どうしてそうなった。
次回、水飴のお姉ちゃん事件🍭
