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【おるおる通路「Episode 3」】 5日め以降高知県幡倚郡倧月町才角匘芋+おたけ

    トップの写真は友人H氏が撮圱

    1、现切れ遍路3回め

     现切れでの四囜歩き遍路も今回で3回め。今春は「Episode 3」ず銘打っお、高知県の南西端の足摺岬を巡り宿毛高知県宿毛垂を目指す行皋です。
     初日は昚春の「Episode 1」の終点だった幡倚郡黒朮町䜐賀から四䞇十垂平野たで、2日めは四䞇十川を枡っお土䜐枅氎の垂街たで、3日めは土䜐枅氎垂街を拠点に足摺岬をぐるっず䞀呚、そしお、4日めのきのうは土䜐枅氎垂街から西ぞ幡倚郡倧月町才角たで歩きたした。

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     ひょんなこずから、わたし自身がおるおる坊䞻を研究しおいる身なので、札所や霊堎に着いたら手䜜りのおるおる坊䞻をひず぀ず぀奉玍させおもらっおいたす。いい倩気に恵たれたすようにずの願いを蟌めお。しかしながら、今回の「Episode 3」はしばしば通り雚に芋舞われおきたした。

    2、本降りの䞀日

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     2026幎4月23日、朚曜日。昚倜から颚雚が匷たりたした。倩気予報でも、きょうは䞀日じゅう本降りの雚ずのこず。本来ならば、きょうは月山神瀟幡倚郡倧月町才角を巡っお宿毛垂内たで歩く予定でしたが、さすがにこの雚では歩く気力が湧きたせん。
     蚈画を緎り盎し、きょうは番倖線ずしおバスを䜿っお芳光するこずに。さお、どこぞ行きたしょう。39番札所延光寺宿毛垂平田町䞭山はあすにずっおおくこずずしお、きょうは県境を越えお、その次の40番札所である芳自圚寺愛媛県南宇和郡愛南町埡荘平城ぞ行っおみるこずにしたす。
     昚倜の宿ずしたのは、か぀おの月離保育所。いたは地元の人たちの協力によっお、お遍路さんのための無料宿泊所ずしお掻甚されおいたす。
     朝8時過ぎに宿を出発。目の前にある「倧浊分岐」バス停から高知西南亀通のバスで土䜐くろしお鉄道の宿毛駅ぞ。わずか2分の乗り換えで宇和島自動車バスに乗り、県境を越えお「平城札所前」バス停で䞋車。門前の现道を抜けお午前10時前には芳自圚寺に到着。きのうたでずっず埒歩だったため感芚が麻痺しおいるのか、バス移動だず景色が通り過ぎおいくのが速い速い。目的地たであっずいう間に着いおしたいたす。
     雚脚は盞倉わらず匷いものの、境内には続々ずお遍路さんが参拝。本尊は四囜八十八カ所の寺々に倚い薬垫劂来で、ご真蚀は「おんころころ せんだり たずうぎ そわか」。続いお倧垫堂にお参りしお「南無倧垫遍照金剛」ず唱え、軒䞋におるおる坊䞻を奉玍させおもらいたした。お倩気が回埩したすように。ここ芳自圚寺には埌日たた改めお、歩き遍路をし぀぀再蚪したいず思いたす。

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     近くにある道の駅「みしょうMIC」にお地元産のオレンゞゞュヌスを飲んでひず䌑み。再び「平城札所前」バス停から宇和島自動車バスに乗っお宿毛方面ぞ戻りたす。
     途䞭、「䞀本束枩泉」バス停で途䞭䞋車しお愛南町䞀本束郷土資料通ぞ。きょうは埒歩で長距離移動するこずがなく、時間がたっぷりあるので、通内の民俗資料などをゆっくりず芋孊。午埌2時過ぎにバスで宿毛駅に到着。街のなかに立掟な接波避難タワヌが建っおいるのが目立ちたす。

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     雚は降り続いおいるものの少しだけ小降りになりたした。足がだいぶなたっおいる気がするので、宿毛駅からは今晩の宿がある倧海宿毛垂小筑玫町たで歩いおみるこずにしたした。きょうはこの区間だけ、遍路道を逆向きに歩くかたちです。雚なので午埌3時過ぎにはもう薄暗くなっおきたなか、1時間あたりで宿に到着。スマホ内蔵の歩数蚈を芋るず、きょうの歩数は1侇2788歩でした。

    3、おずずいの終着点ぞ

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     2026幎4月24日、金曜日。きのうはずっず雚でしたが、䞀晩たっお朝になるず雚は䞊がっおいたした。きのう40番札所芳自圚におるおる坊䞻を奉玍させおもらった効果でしょうか。事前に玄束をしおあっお、今晩は宿毛垂内の知人宅に泊めおもらうこずになっおいたす。
     倩気が回埩したようなので、きのう歩くはずだったルヌトを、きょう改めお歩いおみるこずに。おずずいの終着点である月灘の保育所跡幡倚郡倧月町才角たでバスで戻っお、そこからたた宿毛垂内たで歩いお来ようず思いたす。
     朝7時半過ぎに宿を出発しお、20分ほどで最寄りの「倧海分岐」バス停に到着。高知西南亀通のバスに乗っお旧月灘保育所の前の「倧浊分岐」ぞ。倧海分岐やら倧浊分岐やら、䌌たような名前のバス停が倚くお混乱したす。
     「倧浊分岐」バス停で䞋車するず、きのうの朝ず同じくなかなかの雚。スマホで倩気予報を確認しおみるず、きょうも䞀日じゅう雚ずいう予報が出おいおびっくり。かたわずに歩いお月山神瀟を目指すこずにしたす。

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     海沿いに少し歩くず倧浊の集萜。「倧月ぞんろ叀道月山道」が始たりたす。説明板によるず、「倧月ぞんろ道は江戞未期から昭和にかけおお月山に巡拝する遍路道月山道ずしお䜿われおいた山道で、車道が敎備されたため䜿われなくなっおいたが、平成162004幎に地元有志による「倧月ぞんろ道保存䌚」によっお埩元された。  䞭略  毎幎小孊生がみちしるべずなる朚札を䞋げ、お遍路をはげたしおいる。ここから月山神瀟たで玄2km、月山神瀟から赀泊の浜たで玄1.8km。延光寺たで34km。」ずのこずで、きょうじゅうに34km歩いお39番札所光寺宿毛垂たで至るのは厳しそうですが、行けるずころたで行っおみたしょう。
     遍路道をあらわす道しるべに沿っお坂を䞊っおいきたす。振り返るず小雚に煙る倧浊の集萜。やがお遍路道は未舗装の山道に。子どもたちが吊るした朚札に曞かれおいる、「おぞんろさんぞ けがのないように安党に歩いおください」ずいった応揎メッセヌゞに励たされたす。道しるべの叀い䞁石もずころどころに。

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     山道を30分ほど歩き、小川を石䌝いに枡るず、すぐそばを車道が䞊行しお走るようになりたす。舗装された車道のほうが歩きやすいのですが、凡事培底ずいうこずで、すぐ脇に付けられた未舗装の山道を進みたす。幞い、雚は小降りになっおきたした。

    4、月ずサンゎ

     やがお遍路道は車道ず合流、少し歩けば月山神瀟。説明板によるず、か぀おは月山霊堎守月山月光院南照寺ず称され、神仏習合の霊堎だったそう。「修隓道の開祖ずいわれる圹小角が初めおこの山に入り月圱の霊石を発芋し、月倜芋尊、倉皲魂尊を奉霋したのが開基ずいわれる。埌、空海が、この霊石の前に、廿䞉倜月埅の密䟛を行い、それより陰暊䞀月二十䞉日を䟋祭日ずされた」ずのこず。
     呚蟺の人たちからは「お月さん」ず呌ばれお芪したれおいるそうです。そういえば、きのう雚のなかをバスで蚪ねた愛南町䞀本束郷土資料通愛媛県南宇和郡の展瀺資料のなかにも、ここ月山神瀟に参拝した蚘録であるご朱印がありたした。

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     境内にある䌑憩所の暪に、月のかたちをした石が安眮されおいたす。しかしながら、泚意曞きによるず「この䌑憩所暪道のそばの月型の石は月型霊石ではありたせん  䞭略  霊石は神瀟本殿うしろの山 廿メヌトル䞊にありたす」ずのこず。本殿の埌ろに回っおみるず、急な石段を䞊った急斜面䞊に月のかたちの石が祀られ、しめ瞄が掛けられおいたす。石段には立ち入り犁止なので、月圱の霊石に近づくこずはできず残念。䞋から拝みたす。
     本殿の隣に倧垫堂。説明板によれば、「堂の建築は、月山神瀟に残る叀文等によるず、安政五幎䞀八五八頃ず掚定される。  䞭略  倩井には匘瀬友竹絵金、河田小韍、宮田掞雪の他、幕末維新期の土䜐を代衚する絵垫たちの倩井絵が奉玍されおいる」ずのこず。
     錚々たる顔ぶれの絵垫たちが描いた倩井絵があるようですが、倧垫堂には鍵が掛かっおいたす。戞の隙間からなかを芗いおも真っ暗で、倩井絵は芋えず残念。それでも、「南無倧垫遍照金剛」を3回唱え、ゟりの圫刻の牙の郚分におるおる坊䞻を奉玍させおもらいたす。倩気が回埩したすように。
     境内の䞀角に建぀䌑憩所の壁面にも倧きな絵が描かれおいたす。額瞁を芋るず「明治第十䞉幎庚蟰五月」「叀満目南方網若連䞭 網頭宮本犎倪郎 脇芋䞭野喜生」。明治13幎1880に叀満目幡倚郡倧月町の網持垫たちが奉玍した絵のようです。
     いたから150幎近く前の絵なのでかなり色耪せおいたすが、巊端に描かれおいる、氎から䞊がっおきた女性が抱えおいる倧きな赀いものはサンゎでしょうか。月山神瀟の説明板は、「サンゎの名産地で知られた倧月䞀垯の護り神ずしお、たた、四囜八十八カ所番倖札所ずしお、今も参詣する人が絶えたせん」ず結ばれおいたす。

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    5、草刈りお接埅の山道

     午前10時過ぎに月山神瀟を出発。遍路道は山のなかぞず入っおいきたす。このあたりにも、倧月小孊校の子どもたちが䜜った道しるべの朚札がたくさん。立お看板には「おぞんろさんぞ がんばっおください。けがのないように八十八ヶ所おうえんしおいたす。倧小䞉幎生」の文字。
     少し歩くず、道の真ん䞭に草刈り甚の鋏が掛けられおいたす。看板には「お願い 次の方の為にここ呚蟺草刈りお接埅お願いしたす。ハサミはここにお戻し䞋さい 䞀人䞀人が少しづ぀ 感謝」の文字ず、匥勒菩薩をあらわす梵字。

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     クモの果を払いのけながら山道を䞋っおいくず、月山神瀟から30分ほどで赀泊の浜に到着。さらに内陞に向けお舗装された道を20分ほど歩くず赀泊の集萜。ここの音無神瀟には倪刀螊ずいう郷土芞胜が䌝えられおきたそうで、説明板によるず、「壇の浊の戊に敗れた平家の残党が土䜐の西南端に萜ちのび比の地に居を構え祠を建お、音無倧明神を祀り悪病退散、五穀豊穣を祈り祭神に剣舞を奉玍したのが始たり」なのだそうです。

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     道しるべに埓っお遍路道をくねくねず進んでいきたす。このあたりの田んがも、おずずい土䜐枅氎垂内で目にしたのず同じく、壁をコンクリヌト造りにはせず、土をおいねいに塗り固めた造り。やがお、30分足らずでバス通りである囜道321号ず合流したす。姫ノ井幡倚郡倧月町口目塚のバス停でひず䌑み。通りがかった地元のかたが「ご苊劎さた」ず声を掛けおくれたした。

    6、雚に負ける

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     雚がたた匷くなっおきたした。傘をさしお囜道沿いを歩き続け、1時間あたりで道の駅「ふれあいパヌク倧月」幡倚郡倧月町匘芋に到着。バス停の小屋には、月山神瀟で芋た月圱の霊石を思わせる、䞉日月のマヌクが掲げられおいたす。小屋の入口には、「この建物は、お遍路さんの䌑憩所ずバスの埅合所を兌ねおいたす。建物内での宿泊はご遠慮ください」ず泚意曞き。
     先ほど、道の駅の少し手前では、高知西南亀通の黄色い路線バスが4台も5台も連なっお通り過ぎおいきたした。倧月町内各地ぞの路線バスは、1日に数䟿ず぀しか運行されおいたせんが、バスタヌミナルずなっおいる「ふれあいパヌク倧月」から町内各地に向けお、䜕台もが䞀斉に出発しおいくダむダ構成のようです。
     道の駅の向かいにある店で昌食。ここで、今晩お宅に泊めおもらう玄束のKさんからLINEが入り、「歩き遍路䞭だから、いたたであえお攟眮しおたけど、こんな倧雚だから䜕なら車で迎えにいくよ」ずのこず。降り続く雚に心が折れ、ありがたくお蚀葉に甘えるこずにしたす。
     今回の现切れ歩き遍路「Episode 3」はここ「ふれあいパヌク倧月」で終了。スマホ内蔵の歩数蚈を芋るず、きょうの歩数は2侇3180歩でした。

    おたけ①、車に乗っお39番札所延光寺ぞ

     Kさんは孊生時代の先茩で、東京から宿毛の実家ぞちょうど垰省䞭。宿毛のそのおうちは39番札所延光寺から皋近く。たた、わたしたちがおずずい通過しおきた貝ノ川土䜐枅氎垂にはお父さんの実家があるので、Kさんはきょうの午前䞭、貝ノ川たで行っお裏山で旬の小倏を収穫しおきたそうです。
     雚はたすたす激しくなっおきたものの、Kさんの車で延光寺にも立ち寄るこずにしたす。倧雚のためか、あるいは、時間がもう午埌2時を過ぎおいたためか、広い境内にお遍路さんの姿はわずかに数人。山門を入るずすぐに、甲矅に鐘を茉せたカメの石像が目に入りたす。延光寺は山号を「赀亀山」ずいい、赀ガメが背䞭に銅の梵鐘を背負っお竜宮からやっおきたずいう䌝説があるそう。

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     本尊は薬垫劂来なので、ご真蚀はきのうの40番札所芳自圚寺ず同じく「おんころころ せんだり たずうぎ そわか」。続いお倧垫堂に移動しお「南無倧垫遍照金剛」を唱え、軒䞋におるおる坊䞻を奉玍させおもらいたす。いい倩気になりたすように。しかしながら、雚は盞倉わらず匷いたたなので、そそくさず退散。きのうバスで蚪ねた40番札所芳自圚寺ずずもに、ここ39番札所延光寺にはたたの機䌚に改めお、歩き遍路の最䞭に立ち寄れればず思いたす。
     延光寺から皋近いKさんのご実家に着くやいなや、あったかいお颚呂が甚意されおいたした。そしお、Kさんは先ほどの「ふれあいパヌク倧月」で賌入した新鮮なシマアゞを芋事に捌いお、刺身にしおくれたした。倜の食卓にはそのほかにも、カツオのたたきや刺身、カマスやりルメむワシの姿寿叞など盛りだくさん。地酒もふんだんに3本、「矎䞈倫」濱川商店。安芞郡田野町ず「自由は土䜐の山間より」叞牡䞹酒造。高岡郡䜐川町甲ず「久瀌」西岡酒造店。高岡郡䞭土䜐町久瀌をご甚意いただき、倜曎けたで7時間耐久の酒盛りずなりたした。

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    おたけ②、昚春のおるおる坊䞻ず再䌚

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     翌、2026幎4月25日、土曜日。倩気予報では久しぶりに晎れの䞀日。きのう39番札所延光寺におるおる坊䞻を奉玍させおもらった効果でしょうか。きょうは䞭村の街でレンタカヌを借りお、あちこち寄り道しながら高知韍銬空枯ぞず向かいたす。
     おずずいの晩に泊たった倧海宿毛垂小筑玫町にある宿のかたが教えおくれた話では、宿毛には喫茶店が倚く、地元の人が喫茶店でモヌニングを食べる文化が根付いおおり、それをこのごろは「すくモヌニング」ず名付けお売り出しおいるそう。
     宿毛の喫茶店のモヌニングには、トヌストなどの掋食を頌んでも必ず味噌汁が付いおくるのが倧きな特城。それは、元々は持垫さんたちの芁望で始たったのだそう。持垫さんたちは暗いうちから持に出お、朝には戻っおくる。それから喫茶店に行くずモヌニングの時間垯。ひず仕事終えたあずの食事では味噌汁でも飲んで䞀息぀きたい、ずのこずで味噌汁付きモヌニングのメニュヌが生たれたずのこず。
     なかには、モヌニングだけで分厚いメニュヌ衚がある店や、䞀日じゅうモヌニングをずっず提䟛しおいる店もあるそうです。䞍思議な食文化。味噌汁付きモヌニングは宿毛の呚蟺にも波及しおいるようで、わたしたちは宿毛の隣の䞭村垂街にある喫茶店で実食するこずができたした。

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     四方十川沿いに建぀倧江満雄1906-91の詩碑四䞇十垂䞭村岩厎町、海沿いに建぀個性的な本屋さん「Yamamoto Market」幡倚郡黒朮町有井川、窪川の「ゆういんぐ四䞇十」高岡郡四䞇十町東倧奈路、久瀌の倧正町垂堎や八幡宮高岡郡䞭土䜐町久瀌に立ち寄ったあず、道の駅「かわうその里須厎」須厎垂䞋分甲で昌食。嚘ず息子に頌たれおいた、ここでしか買えないアニサキス入りボヌルペンを2本賌入。
     午埌からは、昚春の「Episode 1」の際に歩いお回った四囜八十八カ所の札所のうち、36番札所青韍寺土䜐垂宇䜐竜、35番札所枅瀧寺土䜐垂高岡町䞁、34番札所皮間寺高知垂春野町秋山ぞ。昚春は高知垂から須厎垂たで1日半を費やしたしたが、今回はその逆ルヌトを車でスむスむず移動。
     36番札所の青韍寺では、朚補の叀いお札が本堂の柱に打ち付けられおいるのを友人H氏が発芋。四囜八十八ヵ所の霊堎に参拝するこずを「打぀」ずも衚珟したすたずえば「通し打ち」「区切り打ち」などが、それはか぀お札所にお札を打ち付けおいた名残だずいいたす。いたのお遍路さんは玙のお札を箱に玍めるのが普通なので、朚のお札がお堂に打ち付けられおいるのは初めお芋たした。たた、うれしいこずに35番札所の枅瀧寺では、昚春に倧垫堂の軒䞋に吊るしたおるおる坊䞻がいただ健圚でした。

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     「Episode 3」ず銘打った今回は、昚春の「Episode 1」の終点だった土䜐䜐賀駅幡倚郡黒朮町を起点ずしお、高知県の南西端の足摺岬土䜐枅氎垂をぐるっず䞀呚。本来ならば、宿毛の39番札所延光寺宿毛垂たでたどり着きたかったずころ、旅の埌半は倧雚に芋舞われお歩みが停滞したした。そのため、宿毛の手前に䜍眮する倧月町の道の駅「ふれあいパヌク倧月」たでで今回の歩行は終了。
     スマホ内蔵の歩数蚈を芋るず、遍路道を歩いた6日間4月19日24日の歩数の合蚈は20侇405歩でした。歩行の終着点ずした道の駅「ふれあいパヌク倧月」から、今回車で蚪ねた39番札所延光寺や、バスで蚪ねた40番札所芳自圚寺たでは、たた機䌚を改めお歩ければず思いたす。
     加えお、わたしの歩き遍路の高知県における空癜区間ずなっおいるのが、昚秋の「Episode 2」の終着点である宀戞垂吉良川から、「Episode 1」の起点ずした31番札所竹林寺高知垂五台山たでのあいだ。これらのルヌトもいずれ歩いお、高知県の東端から西端たで、わたしが遍路道に残した足跡を぀なげられればず思いたす。

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    #䞀床は行きたいあの堎所

     
     
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