
何者でもない私を、愛したい
こんにちは、yunoです。
今日は、noteを書きながら気づいたことについて書こうと思います。
私は「つくる暮らし。」を始めて、一番はじめの記事に、こんなことを書きました。
仕事にしなくてもいい。
上手じゃなくてもいい。
何者かにならなくてもいい。
ただ好きだから、つくる。
そんなふうに、もう一度「つくること」とつきあっていこうと思います。
この言葉を書いたときは、
うん、これでいいんだ
って思ってました。
でも、noteを書き続けているうちに、ふと思ったんです。
私、きっと今でも
できればつくることを仕事にしたいし、
あわよくばもっと上手くなりたい。
もしかしたら、noteをはじめたのも
その気持ちがあったからなのかもしれない。
やっぱり私、
何かになりたいんだ。。
って。
じゃあ、
どうして私は
「何者かにならなくてもいい」なんて書いたんだろう。
そう考えていたら、ふと気づきました。
もしかしたらあの言葉は、
自分を守るために、私が自分にかけてあげたかった言葉だったのかもしれないって。
私は、漫画家になった。
でも、続けることができなくなって、辞めた。
そのことを、私はどこかでずっと
自分の失敗みたいに思っていたんだと思います。
だから、
「何者かにならなくても、つくっていい」
という言葉で、何者かになれなかった自分を守ろうとしていたのかもしれません。
でも、
もうそろそろ、
許してあげたい。
あのときの私も、あのときなりに頑張っていたんだから。
何者かになれなかった自分を、
私はもう責めたくない。
何者でもない私を、愛したい。
何者でもない私を、許したい。
これから少しずつ、
そう思えるようになっていきたい。
そして
何かになれるかどうか考える前に、
「つくりたい」と思った私の気持ちを、
ちゃんと大事にしてあげたい。
それが今の私が、
自分にしてあげたいことなのかもしれません。

このタイトルにぴったりな気がして。