
2_ゲーム開発の予算の決め方|許容損失から考える予算設計
本記事は、ゲームの開発予算を立てる立場にある人に向けて書いています。主に個人開発者、小規模スタジオの代表、社内で企画の規模を決めるプロデューサーやディレクターです。
前回の記事では、企画書を誰に出し、何を判断してもらうのかという話を書きました。今回は、その企画書に書く「開発範囲と開発計画」を、どうやって決めるのかという話です。
先にお断りしておきます。予算の立て方に、学術的な裏づけのある正解はありません。ここに書くのは、海外の実務家が公開している考え方と、私が20年以上ゲームの現場で見てきたことからの解釈です。
もちろん、権限ある方、立場、シチェーション、何をやるのか? 業界背景、目的、現在の資産状況によってその決め方は大きく変わります。
あくまで私個人が経験してきたことからの概論であることをご了承ください。
この記事で「予算計画」と呼ぶもの
言葉を1つ決めておきます。この記事で予算計画と呼ぶのは、次の3つをまとめたものです。
・開発にかける費用。
・発売までに必要な販売・マーケティングの費用。
・そして、売れなかった場合の最大損失。
どれか1つではなく、3つセットで考えます。
開発費だけを見て「予算が決まった」と思うと、あとで宣伝の分が足りなくなり、失敗したときの損害も測れません。
予算計画そのものは、次の4段階で進めます。
1. 使えるリソースを出す
2. 開発範囲と開発費を出す
3. 必要売上と最大損失を出す
4. 撤退ラインを決める
ただし、数字を入れる前に「推定の材料がどこまである企画か」を見極め、数字を出した後に「誰の許容損失で通すか」と「それでも大きすぎるなら何を削るか」を判断します。この記事では、この7つの判断を順番に書いていきます。
はじめに|予算計画は、皮算用です
「ゲーム開発費はいくらか」を調べると、記事はたくさん出てきます。カジュアルゲームなら数百万円。3Dなら1,000万円以上。大規模なら1億円を超える。個人開発なら数万円からとか。(※時代によって大きく変わります)
そんな記事を読んで、予算が決まった人はいないと思います。そもそも前提条件もほぼないに等しい状態での予算感は意味がないです。
私は20年以上ゲームの企画と予算に関わってきましたが、正直に言うと、予算計画は皮算用を含む数字遊びだと思っています。
とはいえここで言う数字遊びとは、適当に数字を並べることではありません。予算計画は、売上を当てる予言ではなく、前提を置いたシミュレーションです。前提が変われば答えも変わります。その性質のものを正解のように扱うと、事故ります。
推定が立ちやすいものはあります。
実績のある続編。コアゲームループと対象プレイヤーが見込みやすいもの。ここは過去の数字が使えるので、まだ計算しやすくなります。
それ以外は、ほぼ推測です。正確に予測することはほぼ不可能で、どうしても皮算用と希望的観測になりやすい。これが本音です。
当たらない計画を作る意味はどこにあるのか?
繰り返しになりますが、予算は未来を当てるためではありません。どこまで外れたら終わりなのかというリスクを先に知るためでもあります。
やったことがないことに挑むのは、ゲーム作りでは避けられません。新しいジャンル、新しい技術、初めての規模。私は、そこへ踏み出すことを前向きに捉えるのは必須だと思っています。挑戦しないと、作れるものは増えません。
ただ、能力とリソースからあまりにもかけ離れた夢を描いた企画は、途中で止まります。そして厄介なのは、止まるタイミングです。
たいてい終盤で止まります。お金と時間をいちばん使ったあと、いちばん損が大きいところで止まる。
早い段階で気づけば、やめることも、縮めることもできました。気づけなかったのは、判断する線を持っていなかったからです。
今日は、その線をどう引くかの話です。
私が実際にやっている順番で書きます。
Ⅰ|推定が立つ企画と、立たない企画があります
最初に、自分の企画がどちらなのかを見ます。
推定の材料が多いのは、前作の続編であることや、自分の商品をある程度買ってくれるであろう集客の予測ができている状態です。
前作の売れた本数、買った人の層、単価、セール後の推移が分かっています。あるいは、コアゲームループ(プレイヤーが繰り返す基本行動の流れ)と対象プレイヤーがはっきり見えているもの。既存ジャンルの範囲で作るなら、似たタイトルの数字が参考になります。
ただし、続編だからといって、売上の予測精度が上がると決まっているわけではありません。前作の実績は材料になりますが、「次も同じだけ売れる」という保証ではない。
間が空きすぎれば、前作を遊んだ人の熱量は下がります。業界の競争環境が変われば、同じジャンルでもプレイヤーの期待値は変わります。対応プラットフォームが変われば、そもそも買える人の母数が変わります。続編の数字を見るときは、前作との共通点だけでなく、発売時期、価格、競合作、プラットフォームまで見ないといけません。
たとえば『FINAL FANTASY VII REMAKE』は2020年にPS4向けに発売され、『FINAL FANTASY VII REBIRTH』は2024年にPS5専用として発売されました。英国の発売初週におけるパッケージ販売では、RebirthはRemakeより34%低かったと報じられています。ただし、この差をPS5専用化だけで説明することはできません。PS5の普及台数はPS4より小さく、Remakeは新型コロナウイルス感染症の最初のロックダウン期に発売され、Rebirthは三部作の2作目です。ここで見るべきなのは、続編であっても発売条件が変われば、前作の数字をそのまま当てはめられないということです。[参考資料Ⅴ]
つまり、続編は「推定が立つ企画」ではなく、正確には「推定の材料が多い企画」です。材料が多いぶん、何が変わったかを比較できます。しかし、その比較をせずに前作の販売本数だけを置けば、続編でも借り物の数字になります。
推定の材料が少ないのは、新規IP、新ジャンル、初めての開発体制、初めての規模です。新規IPとは、新しく立ち上げる世界観やシリーズのことで、前作の販売実績を参照できません。つまり、比べる過去がありません。
では、ゲーム開発をしたことがない人はどうするのか。
最初から自分の過去実績を持っている人はいません。既存タイトルの販売本数や他社の工数を参考にするしかない。それ自体は悪いことではありません。
大事なのは、借りた数字を自分の実績のように扱わないことです。自分の手持ちの資金と時間、実際に作れる最小の開発範囲、外注や協業の当て、そして何が分からないかを並べます。そのうえで、似たタイトルの数字は答えではなく、自分の物差しを作るための目盛りとして使います。
これはゲームに限りません。エンタメに限らず、新しいプロダクトを作って売ることは、予測しにくい領域で事業を始めることです。過去の数字は未来を保証してくれません。それでも、自分の前提で最悪の場合を測り、続けられる範囲に収める。そのために計画を立てます。
ここで一番危ないのは、立たないのに立ったフリをすることです。
新規IPなのに「同ジャンルの平均本数」を持ってきて、それを見込みにする。作ったことのない規模なのに、他社の事例から工数を引っ張ってくる。数字が並ぶので、計画に見えます。でも中身は借り物です。
推定が立たないなら、立たないまま進める方法を考えたほうがいい。「分からない」を計画に書き込むという話は、前回の記事でも書きました。予算でも同じです。分からないところを分からないと認めたうえで、外れたときにどうなるかを見る。それが今日の話の全部です。
IⅠ|まず、使えるリソースを棚卸しします
計算の前に、手持ちを数えます。数えるのは3つです。
そのプロジェクトにかけられる人的工数。資金。時間。
人的工数とは、人が作業に使える量のことです。ゲーム開発では「人月」、つまり1人が1か月働く量を単位にして数えることが多いです。
順番が大事です。作りたいものから始めると、必ず足りません。手持ちから始めると、何が足りないかが分かります。
足りない分を、どう埋めるかまで含めて数える
棚卸しは、持っているものを並べて終わりではありません。
やりたいことを実現するために、足りない部分をどこで補うのかまで考えます。外注に出すのか。知り合いに声をかけるのか。既存のアセットや仕組みを流用するのか。ツールを買って済ませるのか。
アセットというのは、キャラクター、背景、UI、効果音、BGM、アニメーションなど、ゲームの中で使う制作素材のことです。
そして、ここが判断の分かれ目になります。
その目処が、頭の中でなんとなく想像できるかどうか。
言い方を変えると、具体的な調達先、担当者、見積もりを置けるかということです。
「アートは外注する」と書くのは簡単です。でも、どの会社に、いくらで、いつ頼むのかが置けていないなら、それは埋まっていません。「知り合いに声をかける」も、誰の顔も浮かんでいないなら数に入れられません。
想像できないものは、リソースに数えない。これが私の線引きです。
想像できない項目が多いほど、企画は膨らむ
棚卸しをすると、たいてい何割かは「どうやって埋めるか分からない」欄になります。それが1つや2つなら、それが挑戦です。狙って踏み出す価値があります。
ただ、埋め方が想像できない欄が並んでいるなら、その企画は今の自分の手には大きすぎます。それは能力の問題ではなく、順番の問題です。先に1つ埋めてから、次に行けばいい。
棚卸しは地味な作業ですが、やらずに予算を組むと、あとで出てくる「聞いていない出費」がここから出ます。
例えばテーマパークを作ろうと企画することを想定してみてください。
例えば会場は広ければいいだろうと広大な敷地を契約しても、広ければ広いほどに作るものが必然的に増えます。
作るものが増えると人件費がかかりますし、面白いアトラクションを作る専門家が数多く必要です。そして完成時には、そこのパークをサポートするキャストの数も膨れ上がります。装飾も増える。つまりコストがどんどん増ええていくというわけです。
蓋を開けてみたら、なんか広大な敷地に数個だけポツンとアトラクションがあって、それもなんか中途半端な状態になっている。これが予算をミスったゲーム開発の一つの典型的な事例です。
IIⅠ|開発範囲と期限から、開発費を出します
棚卸しが終わったら、次はこうです。
この期限までに、この規模のゲームを出したい。それだったら、開発費はこれぐらいかかりそうだ。
順番について1つ補足します。Ⅱ節では「手持ちから始める」と書き、ここでは「やりたいことと期限から出す」と書いています。矛盾しているように見えるかもしれませんが、実務では次の順に回します。
まず、使える現金、人月、期間を出す。次に、作りたいゲームを最小の開発範囲に分解する。最後に、両者の差分を外注、採用、協業、資金調達のどれで埋めるかを決める。
手持ちが出発点で、やりたいことが目標です。その差分をどう埋めるかが計画です。
期限を先に置くのにも意図があります。期限が決まっていないと、作る量に上限がつきません。上限がないものは見積もれません。
そして「この規模」を金額に変えるときに、効いてくる考え方があります。
開発費を調整する、いちばん操作しやすいレバー
Raph Koster というゲームデザイナーがいます。『ウルティマオンライン』『スター・ウォーズ・ギャラクシーズ』の設計に関わり、『「おもしろい」のゲームデザイン』という本を書いた人です。
その人が2018年に、250タイトルを超えるデータを集めて開発費を分析しています。1980年代までさかのぼった調査です。
Koster は、ゲームのインストールサイズを「作る量」の代わりに使って、開発費をそのデータ量で割った「メガバイト単価」という見方を持ち込みました。1メガバイト分のゲームを作るのに、いくらかかっているかという指標です。
そして、500万ドルのインディーモバイルタイトルと、1億ドルのAAAタイトルで、メガバイト単価はほぼ同じだったと報告しています。AAAというのは、大規模な開発費と人数、販売規模を前提にする商業ゲームの区分です。厳密な共通基準はありません。規模も、ハードも、ジャンルも違うのに、単価は揃っていた、という報告です。
ここで注意が1つ。
これはインストールサイズを代理指標にした、公開情報ベースの個人分析です。 すべてのゲームに当てはまる相場ではありません。Koster 自身も、モバイルとインディーはデータ点が少ないこと、報告のバイアスがあること、全体の平均を一般化しすぎないことを断っています。
それでも、このデータは1つの材料にはなります。作る量が増えれば、アセット制作、実装、テスト、ローカライズの負担が増える。この方向性は、現場の感覚と一致します。
そこから言えるのは、こういうことです。
開発範囲を縮めることは、開発費を調整するときに、いちばん操作しやすいレバーだということ。
ただし、コストがそのまま比例して下がるわけではありません。企画、立ち上げ、技術検証、ビルド環境、QA、プロジェクト管理には、量を削ってもすぐには半減しない固定的な費用が残ります。ステージを20個から10個にしても、開発費が半分になるわけではありません。
それでも、ステージ数、対応プラットフォーム数、ローカライズの言語数、アセットの量を減らせば、必要な工数と外注費は下げやすくなります。ツールの入れ替えや単価の交渉より、こちらのほうが読めます。
なお同じ分析で、Koster は、インフレ調整後のコンソール・PC向けAAAタイトルの開発費の傾向を、10年ごとに約10倍と読んでいます。一方でプレイヤーが実際に支払う金額は、過去40年で実質半額以下になっているとも書いています。
作る費用だけが上がって、値段は上がっていない。だから買い切りだけで成立させるのが難しくなった、という話です。
マーケティング予算を、最初から取り分ける
Koster はもう1つ言及しています。上の分析には宣伝の費用が入っていません。そして目安として、AAAタイトルのマーケティング予算は開発費の75〜100%に相当するとも書いています。
あくまで同氏の経験則で、普遍的な相場ではありません。しかしながら、本当に大型のタイトルは宣伝広告費をかなりの割合で突っ込むことをしています。
ここで言うマーケティング予算は、広告だけではありません。PR、ストアページの整備、イベント出展、クリエイター施策など、プレイヤーに届けるための費用をまとめたものです。「宣伝費」と言うより広い範囲を指します。
この目安に従うなら、プレイヤーの手元に届けるまでの総額は、開発費の約2倍で見ておくことになります。
個人開発でAAAと同じ比率になるわけではありません。ただ、マーケティング予算をゼロで組んだ計画は、必ず後で足りなくなります。作り終えてから「宣伝の予算がない」と気づくのが、いちばん苦しい順番です。
だから、開発費を出した時点でマーケティングの分を取り分けます。取り分けたあとの金額が、実際に作れる量の上限になります。
ただし、作るものの種類で比率は変わる
Koster の数字は、パッケージのゲーム、しかもAAAの話です。基本無料のスマートフォンゲームは、構造が違います。
私の実感では、法人が運営するクラスのタイトルなら、総予算の7%から20%くらいを初動の広告に使います。 ここで言う初動は、発売直後の販売・広告期間のことです。規模やタイトルによりけりなので幅は大きいのですが、だいたいこの範囲に収まります。総予算が1億円なら、初動で700万円から2,000万円という感覚です。
ここで気をつけてほしいことがあります。Koster の数字と、私の数字は分母が違います。
Koster が言っているのは「開発費に対する比率」です。私が言っているのは「総予算に対する比率」です。さらに私の7%から20%は初動の分なので、運営型のゲームは発売後も広告を打ち続ける前提です。生涯で使う広告費は、これより大きくなります。
数字が並ぶと比べたくなりますが、比べられません。マーケティング費の相場を調べたときに話が噛み合わないのは、たいていこの分母のズレが原因です。 「開発費の何割」と言っている人と、「総予算の何割」と言っている人が、同じ言葉で違うことを話しています。
そして、もっと極端な例があります。
ハイパーカジュアルゲームでは、広告費のほうが開発費より高くなることもあります。 ハイパーカジュアルとは、短期間・少人数で作り、広告によるユーザー獲得と広告収益を中心に回収するモバイルゲームの一形態です。お金の重心が最初から宣伝側にあるので、開発費の何割どころか、何倍にもなります。
つまり、マーケティング費の比率に相場はありません。 作るものとビジネスモデルによって、比率どころか大小まで逆転します。私が挙げた7%から20%も、あくまで一例です。
だから、他人の比率を借りてこないほうがいいです。当てても合いません。
決め方は1つだけだと思っています。自分の作るものが、どこでお金を回収するのかを先に決めて、そこから取り分ける。 買い切りなら発売前後に集中させる。運営型なら初動と運営中に分ける。広告収益で回収するなら、マーケティング費は削る対象ではなく、そもそも本体です。
自分がどれなのかを決める。それだけで、あとで足りなくなる事故はかなり減ります。
Ⅳ|必要売上と、最大損失を出す
予算が出たら、次はシミュレーションです。
売上はこれぐらい作らないと、赤字幅がこれぐらいまでになりそうだ。
ここを出すのに使える計算式があります。
Mike Roseの割り算
Mike Rose というイギリスのインディーパブリッシャー、No More Robots の代表です。パブリッシャーとは、開発資金や販売、宣伝を担う会社のことです。『Descenders』『Hypnospace Outlaw』などを出していて、元はゲーム業界の記者なので、数字を公開することに積極的な人です。
その人が示している式が、これです。
総製作費 ÷ 1本あたりの手残り = 初月に売らなければならない本数
ここで「手残り」の意味を確かめておきます。定価がそのまま入ってくるわけではありません。プラットフォームの手数料、税金、返金、セール時の値引き、為替による目減りを差し引いたあと、開発費の回収に回せる1本あたりの金額です。開発費を引く前の数字なので、粗利に近いものと考えてください。
Rose は、20ドルで売るゲームなら手残りは1本あたり約8ドルとして計算しています。定価の4割です。
日本円で考えるなら、たとえば2,000円で売るSteamタイトルは、Steamの手数料30%を引くと1,400円です。ここから税金、返金、セール時の値引き、為替の目減りが乗ってきます。説明のための仮置きとして、手残りを1,000円前後で置くことはできます。ただし、これは相場ではありません。販売地域、価格設定、手数料、返金率、セール比率を自分の条件に入れ直してください。
セールの影響は特に大きいです。発売から半年、1年たてば、売れる本数の多くはセール価格での購入になります。定価で計算した見込みは、まず外れます。
3人で2年やると、25,000本
Rose が挙げている例で計算してみます。
3人のチームが2年間フルタイムで作る。開発者の給与を1人あたり年間30,000ドルとする。ローカライズなどの追加費用に5,000ドル。予期しない出費のための予備費に10,000ドル。
計算します。
30,000ドル × 3人 × 2年 = 180,000ドル
180,000ドル + 5,000ドル + 10,000ドル = 195,000ドル
195,000ドル ÷ 8ドル = 24,375本
約25,000本です。
ここは表現に気をつけたいところです。「25,000本売らなければ失敗」という意味ではありません。制作費を初月の売上だけで回収しようとするなら、約25,000本が必要になる、ということです。Rose はこの本数を、「初月に売れると見込む本数より低くなければ成立しない」という比較の基準として使っています。
そして Rose はこう続けます。ほとんどのゲームは、初月に25,000本売れません。
この割り算の価値は、精度ではありません。この本数を売れると説明できるかを、開発前に問えることです。 前作は何本でしたか。似た規模のタイトルはどうでしたか。答えられないなら、まだ予算は決まっていません。
予備費は、推定の精度に合わせて決める
上の計算では、予備費を10,000ドル置きました。総額195,000ドルに対して約5%です。これは Rose の例の数字なので、そのまま自分の計画に使う理由はありません。
比率に正解はないと思っています。決め方があるとすれば、I節に戻ることです。
推定が立たないと判断した企画ほど、予備費を厚く持ちます。 実績のある続編なら薄くていい。新規IPで、初めての規模で、初めての開発体制なら、厚くする。予備費は臆病さの表れではなく、自分の推定がどれくらい当たらないかを認めた数字です。
逆に言えば、予備費が薄い計画は「自分の推定は当たる」と宣言していることになります。 当たる根拠があるなら問題ありません。ないなら、そこは薄すぎます。
なお予備費は、あとで出てくる撤退ラインの材料にもなります。「予算の80%を使った時点で進捗が50%未満なら中止」という見方は、予備費を含めた総額で計算します。
予備費に手をつけ始めた時点を、最初の警告として扱うのも1つの手です。
個人でやるか、法人でやるかで、桁が変わる
もう1つ気をつけたいことがあります。Rose の例の前提が、どの立場の数字なのかということです。
Rose は開発者1人あたり年間30,000ドルで計算しています。1ドル150円とすると約450万円、月あたり約37万円です。
この金額は、法人がプロジェクトに載せるコストとしては安すぎます。ただ、個人開発者が自分の生活費として見る額としては、かなり妥当な水準だと思います。月37万円で暮らしながら作る。実際にそのくらいでやっている人はいます。
正直に言えば、37万円でも、ひょっとしたらいい方かもしれません。 もっと少ない額で作り続けている人は、たくさんいます。
一方、法人として積む金額は違います。採用情報に出ている水準を参照するなら、目安はエンジニアで月120万円、それ以外の職種で月80万円あたりです。給与そのものではなく、社会保険や間接費まで含めた、法人レベルで求められる相場感としての数字です。だいたい都内では、それくらいかかると思います。
同じ「3人で2年」を、両方で計算してみます。
まず、個人3人が月37万円の水準でやる場合。
37万円 × 3人 × 24か月 = 2,664万円
諸経費と予備費を足して2,900万円としましょう。1本あたりの手残りを1,000円で見ると、
2,900万円 ÷ 1,000円 = 29,000本
次に、法人がエンジニア1人とそれ以外2人で組む場合。
120万円 × 24か月 = 2,880万円
80万円 × 2人 × 24か月 = 3,840万円
2,880万円 + 3,840万円 = 6,720万円
諸経費と予備費を足して7,000万円。同じく手残り1,000円で割ると、
7,000万円 ÷ 1,000円 = 70,000本
29,000本と、70,000本。
作るものも、期間も、人数も同じです。違うのは、誰がコストを持つかだけです。それだけで2.4倍の差がつきます。
ここから2つのことが言えます。
1つは、個人開発が成立する理由です。法人では採算に乗らない規模のゲームが、個人ならぎりぎり乗ることがあります。それは技術や才能の差ではなく、載せるコストの差です。個人でやることには、はっきりした金銭的な合理性があります。
もう1つは、その逆です。個人の水準で法人の計画を立てると、必ず破綻します。 「あの人が1人で作れたんだから、うちなら3人で半分の期間だろう」を法人の予算に持ち込むと、桁が合いません。
だから最初に決めるのは、自分がどちらの前提で走るのかです。
そして、海外の記事を読むときの注意も同じところにあります。式は借りられます。でも、式に入れる数字は借りられません。 25,000本ならまだ現実的に見えた企画が、法人の人件費で計算すると70,000本になり、話がまったく変わります。
なお、この120万円と80万円も一例です。都内と地方でも違いますし、会社の規模、職種の構成、社員か業務委託か外注かでも動きます。大事なのは数字そのものより、自分の前提で計算し直すことです。
黒字ラインではなく、最大損失で見ます
ここが今日いちばん書きたいところです。
世の中の予算論は、だいたい「黒字になるか」で語られます。損益分岐点を出して、そこを超えるかどうかを見る。
実務での見方は、少し違います。赤字幅がどこまで膨らむのかを見ます。
理由は単純で、当たらない見込みで黒字ラインを引いても意味がないからです。皮算用の上に引いた線は、皮算用のまま動きます。それより、外れたときにどこまで血が出るのかを見たほうが、判断に使えます。
ここで言葉を1つ定義します。
許容損失とは、売上が想定を下回っても、会社や個人が次の開発を続けられる範囲で引き受けられる、最大の損失額です。
大前提はこうです。会社なら、倒産しない程度。個人なら、売れなくても生活できるレベル。 ここを超える計画は、そもそも立てるべきではありません。
そのうえで、もう一段の判断があります。
このプロジェクトで大失敗したとき、会社として大打撃を受ける程度で済むのか。それとも致命傷になりかねないのか。
言い換えると、想定される損失が許容損失の範囲内にあるのか、範囲外なのか、ということです。
この2つは、まったく違います。
大打撃は、痛いけれど次があります。人が減るかもしれない、次の企画が縮むかもしれない。それでも会社は続きます。
致命傷は、次がありません。そこで終わります。
同じ「赤字」でも、この線のどちら側にあるかで、やるかやらないかの判断が変わります。そして多くの企画は、この線を引かずに走り出しています。黒字になるかどうかは何度も計算するのに、外れたときにどちら側に落ちるのかは計算していない。
個人の場合も同じです。売れなかったときに、生活が続いて次の作品に取りかかれるのか。それとも、そこで作ることをやめざるを得ないのか。そのシミュレーションができているかが、覚悟の中身です。
最大損失を、式で置きます
赤字幅を、もう少し具体的な形にしておきます。
最大損失 = 総予算 − 保守的に見積もった回収額
ここで言う「保守的に見積もった回収額」は、理想の販売本数から出した数字ではありません。前作の実績、類似タイトルの初月本数、ウィッシュリストの積み上がり、体験版の反応など、説明できる下限寄りの数字を置きます。
この式も正解ではありません。前提を置いたシミュレーションです。ただ、出てきた最大損失が許容損失の中に収まっているかを見れば、やるかやらないかの判断はできます。
収まっていれば進めます。収まっていなければ、予算を削るか、回収額の根拠を積み増すか、やめるかです。