
【掌編ねこ小説】 夫婦ではない
ベランダの手すりの下に、いつも二匹の猫が並んでいた。
灰色の方が先に日向を陣取ると、毛並みが陽をはじいて、きらきらと輝いた。
少し遅れて、白い方がその隣に、まるで吸い寄せられるように丸くなる。
それが毎日変わらなかったので、岡田はいつからか二匹を「旦那」「奥さん」と呼ぶようになった。
朝、皿の前で顔を合わせると、 二匹はまず鼻先をちょんと合わせてから、体をすりすりと擦り合わせ、 それから並んで皿へ向かった。
夕方には、灰色の方が白い方の首元を毛繕いしてやることもあった。
白い方はうっとりと目を細め、なすがままになっている。
「奥さん、また旦那にべったり」
同居している友人の川井にそう報告すると、 川井は「うちの実家の猫も、番《つがい》になると片方が先に食べるまで待つらしいよ」と、 見てきたように頷いた。
岡田は相槌を打ちながら、洗い物の手は止めなかった。
台風の夜、二匹は室外機の陰で、すりすりと身を寄せ合っていた。
岡田はその姿に思わず見惚れて写真を撮り、 SNSに「うちの前の老夫婦、今日も鼻ちゅーしてました」と投稿した。
知らない人から「尊い」「見てるだけでうっとりする」といったコメントがいくつもついた。
半年ほど経った頃、 地域猫の不妊・去勢活動をしているというボランティアの女性が訪ねてきて、 二匹について尋ねられた。
名簿を確認しながら、 女性は「ああ、この二匹はもう三年前にうちで去勢しましたよ。どちらも雄です」と言った。
岡田は一瞬きょとんとしてから、思わず笑って、 「奥さんの方も、ですか」と聞き返した。
女性は「奥さんはいないですね、二匹とも旦那です」と笑った。
その夜、岡田はSNSの投稿を消そうとして、結局やめた。
コメント欄には、まだ「尊い」の文字が並んでいた。
川井には、この件を話さなかった。
ご覧いただきありがとうございます。よかったら、こちらもどうぞ。