
【静岡】下田のハリスとプチャーチンと猫 | 2005年アーカイブ
<唐人お吉編はコチラ>
「お吉」といえば「ハリス」、ということでハリス記念館のある玉泉寺へ。
初代アメリカ領事館にもなっていた寺であるが、下田市街から少し距離があるため、宝福寺と比較すると観光客の数は少なめ。
宝福寺と比較してお吉に対する記述が非常に冷めたものとなっている。意見としては自分も近いものを感じるが、どうもやっかみとも思えてしまう、ひねくれ33歳。

境内に残る「日本最初の屠殺場跡」。
現在は枯死して残っていないが、この場所に植えられていた仏手柑樹という木に、牛を繋いで屠殺したらしい。もちろん欧米人の食料の為。
ただし、日本でも古くから狩猟や獣肉食はあり、牛馬の屠殺も行われていた。ここでいうところの「日本最初」とは、「欧米人の食用として」の最初という意味であり、「文明開化の音がする」と言われた近代的な食肉文化の始まりを示しているのだろう。

昭和6年、東京の牛肉商により建立された牛王如来。
牛王って某漫画のイメージが強いので、違和感…。

牛肉商による建立ということが分かる刻字。

本堂に残るストーブの煙突を出した穴跡。
説明板には「石」とあるが…?

説明板の下に展示されていたハリスの日記。
若干ストーブの事について記載されてあるが、わざわざここで展示するほどのものかとも思う。

昭和54年(1979)、当時のアメリカ大統領ジミー・カーターが下田を訪れた際、この玉泉寺にも立ち寄っている。
その際に使用された歓迎アーチ。

本堂前の「牛乳の碑」。
疲労と持病で倒れたハリスに対し、お吉が禁を犯して牛乳を集めて飲ませたという。その後、ハリスからの依頼もあり、正式に牛乳の売買が始められた。
伊豆を創業の地とする森永乳業が昭和37年(1962)に建立したもの。

ペリー艦隊5名の墓。
この寺の墓地の中でも見晴らしの良い一等地に建てられている。パッと見、普通の日本人の墓のようにも見えるが…

やはりアメリカンな記述。
なぜ、これほど色々なフォントを併用しているのかは不明。

アメリカ海軍から贈呈された錨。

アメリカ初代領事館の碑。
建立者は渋沢栄一。
日本に(つまり初代アメリカ領事館であったこの寺に)、初めて星条旗が掲げられた日のことについて、ハリスが日記に記した文章も刻まれている。

通訳ヒュースケンはこの後、江戸で薩摩藩士に暗殺されている。

安政の大地震で下敷きになって死んだ水兵や病死したロシア人の墓。
寺の山手に建てられているので少し分かりにくい。

慰霊碑。
これは私見であるが、下田を訪れたアメリカ人ペリー、ハリスは、日本に及ぼした影響、観光客に対する知名度共に大きく、現在でも彼らが前面に出ているのだが、ペリーが去った後条約締結に訪れたロシア人プチャーチンの方が、どうも好意を持って下田の人達から見られているような気がする。
ペリー来航の印象がどうしても「黒船による威圧」と感じられるのに対し、プチャーチンと幕府側の交渉が比較的穏やかに進められたことによるものであると思う。ただ、ロシア側も国境画定や通商を求めて粘っており、単純に「友好的」というものではないが。
また、安政元年(1854)、プチャーチンの乗艦ディアナ号が安政の大地震による津波で大破し、修理のため戸田へ向かう途中に沈没した。
その後、帰国のため、戸田の船大工とロシア人技術者が共同で建造したのが「ヘダ号」。この建造を通じて西洋式造船技術が伝わり、その後の洋式船建造にもつながっているとのこと。
さらに明治20年(1887)には、プチャーチンの娘オリガが、父が戸田で受けた厚情への礼として現地を訪問。死後には遺言により100ルーブルが戸田村へ寄贈している。
こうした経緯もあり、下田を含めた伊豆ではプチャーチンに対して比較的親しみの感情があると思っている。

ロシア人水兵の墓。
年号以外何も読めない。

山門下に建てられている「米国領事館」の碑。
ハリス資料館は撮影禁止であったため、レポートができないが、展示品数も多く、興味深く見学することができた。下田を訪れた際にはぜひとも見て欲しい史跡の一つ。

ハリス資料館を見学している最中、自動ドアが開いたので振り返ると誰もいない…。一瞬ゾッとしたが足元を見ると一匹の猫。寺で飼われている猫のようだ。
しかし猫で反応する自動扉というのは初めて見た。この猫の為にセンサー感度を上げているのだろうか。

すこぶる人懐こく、撫でてやると肩の上に乗ってくる。完全に33歳ハート鷲掴み状態であったが、時間が無かったので泣く泣く降ろして見学再開。
資料館を出るとついてきた。もうメロメロ。

と思ったら、資料館を出ると勝手にあちこち散策しだす。こちらのハートを熱くしておいて釣れない奴だと憤慨しつつも、後を追いかける33歳独身男。

山門の柱で爪とぎ。
寺の猫とはいえ、いいのか?

まだ若い猫らしく、いろんなものにじゃれつく。
多分虫にじゃれついている。

こちらでも何かにじゃれつく。

立ち上がってじゃれつく。
時間がないのに、こんな撮影を続けていていいのだろうかと自問自答。
答えは「よろしい」とのことだった。

名残おしかったが退却。寺猫はお見送りをしてくれた。
タマ・ミケ・トラ、どれを呼んでも返事するので名前はよく分からないままだった。
「チャトラン」を試すのを忘れていたが、きっとこれにも返事をしたと思われるので意味無し。

<おわり>