メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【短編小説】絹のお気に入りのことり

    →「ことりのお気に入りの絹」の続編


     月を見る小都里ことりの、横顔を見ていた。ある土曜日の夜に小都里が突然うちにきた。わたしの母は、小都里のことがあまり好きじゃないみたいで、彼女がくるたびあからさまにいやあな顔をする。投げ落とすように出されたスリッパを一生懸命に小都里は履いて、そんなときの彼女はスゴくかわいい。

     部屋で二人きりになっても、小都里は窓から月を見たまま喋らなかった。いつもならすぐさま、もともとたれている目をもっと下げて笑って、わたしが何も言わなくたって、ひとりでペラペラ喋り出すのに。電気をつけない部屋の中は暗い。その方が月がよく見えるかと思って。
    「ねえ絹きぬちゃん、あたしが浮気したら、殺しちゃうって言ったよね」
    「言ったかな」
    「言ったよ」
     わざとしらばっくれたのに、小都里ははっきりと答えた。そのあとも、問い詰めるように強い調子で「言ったよね」と繰り返すので、小さく「ああ、言った」と答えた。小都里は「だよね」とひどく怯えた。けれどそれは一瞬で、次の瞬間にはおそらく、見慣れたしまりのない笑顔を浮かべてわたしを見ていた。おそらくというのは、部屋がとても暗いので、声の調子や気配から想像するしかないからだ。小都里は急に喋り出す。
    「今日の朝、白と黒の羽でちょこちょこと歩く小鳥を見たんだ。とってもきれいだったよ。絹ちゃんには、きれいな小鳥が似合うよ。なんてね。あたしはもう駄目だな」
     やっぱり、電気をつけておけばよかった。小都里の顔があんまり見えない。はっきり見たい。ぼんやりじゃなくて、明るいところで、真っ直ぐ見たい。
    「殺してくれないかと思って来たの。でもまだ死にたくないんだよねえ。だから帰ろうかな。やっぱり帰ろうかな」
     わたしは電気をつけた。小都里は笑っていた。どうして小都里が、笑ってそんなことを言えるのか、わたしは不思議だった。
    「絹ちゃんが好き。一番とかじゃなくて、絹ちゃんだけが好き」
     小都里の場合、最後に「女の子では」とつくんだ。わたしが気付いているのに本人は気付いていないんだ。
    「疑ってる」
     小都里が言った。どきりとした。
    「あたしが悪い」
     小都里の指先がわたしの手にふれた。これまでどんなに言葉で好きだと言っても、ふざけて抱きついたりしても、手をつないだことだけは一度もなかった。
     その小都里が、わたしの手にふれている。指が絡む。そのまま力が込められる。気付いたら握り合っていた。信じられなかった。なのに、指先がふれあった瞬間から、そうされるのが分かっていたような。ずっとそうしたかった気がするし、一生したくなかった気もする。心地のいい体温が離れるときのことばかりを考えた。ずっとそうしていたかった。わたしは自分から、小都里の手を離した。そうして、正面から小都里を抱きしめると、わたしの腕の中で小都里はだらんと力を抜いて、一度だけわたしの名前を呼んだ。たまらない、愛おしい、憎らしい、声だった。

     下の階では、機嫌を直した母がリビングでテレビでも見ているのだろう。アハハと聞こえる笑い声に、小都里の体がかたくなる。かわいいな。一生懸命に履いたスリッパを脱いで、小都里はまた、同じ玄関から出て行く。



    2011.08.15初稿
    2026.09.25改稿

    「月を見る」から始まる

    シロクマ文芸部:9/24のお題参加

    この記事が参加している募集

     
     

    たみ

     
     
    ほんとに思ったことだけ。時々小説。

    あなたへのおすすめ