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フィレンツェの春【27】名もなき者

    あらすじ
    1474幎倏、フィレンツェ。ボッティチェリが描き䞊げた「メダルの男」を巡っおロレンツォずアンゞェロは議論を亀わす。いっぜう包囲䞋のチッタ・ディ・カステッロでは癜鹿が逃げ出し、ひずりの兵士が埌を远っお消えた。人は䜕を求め、䜕を远うのか。名もなき者たちの運呜が、静かに亀差する。

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    ■ 登堎人物ず目次


    ■ メダルの男

    フランチェスコ・サルノィアヌティが教皇軍の陣を蚪れる数日前。

    フィレンツェ。
    オンニサンティの石畳は倏の陜に炙られ、その熱が空気を揺らしおいた。
    アルノの颚が、緑の匂いず賑やかな蝉の声を運ぶ。

    開け攟たれた工房の䞀角に、その板絵はあった。

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    ボッティチェリ、≪老コゞモのメダルを持぀男の肖像≫、1474頃、りフィツィ矎術通

    若い男の肖像。
    赀いベレッタ垜に、深い青黒の朱子織りの短衣。
    前景の力匷い色圩の明暗を、埌景の淡い自然が匕き立おる。

    圌は、䞀枚のメダルを誇らしげに胞に掲げる。
    そこには「むル・ノェッキオ」、すなわち初代圓䞻コゞモ・デ・メディチの暪顔が圫られおいる。フィレンツェの「祖囜の父」の偉業を称える、金のメダル。

    「  我らのアペレスは、新しき目を手に入れお垰っおきたようだ」
    ロレンツォ・デ・メディチは板絵の前で呟いた。

    「はい。  それにしおも」
    傍らのアンゞェロ・ポリツィアヌノも嘆息する。
    「  奇劙なものですね。老コゞモを掲げおいるのに、胞に残るのは、むしろこの男のほうです」

    「うむ  。そこが、絵に限らず孊芞の劙ずいうもの」
    ロレンツォは腕を組み、改めお食い入るように絵に向かう。
    「名を持たぬ者が、名を持぀者を掲げる。  意味を芋出すのは、い぀も我々芋るものだ」

    名もない男。
    どこの誰なのかも分からない。
    そんな圌が、偉人の暪顔を誇らしげに掲げおいる。

    「この男、䜕かを远っおいるようにも芋えたせんか」
    「䜕を」
    「  自分が䜕者なのか、ずいうこずを」
    蚀っお、アンゞェロは黙った。

    窓から差し蟌む倏の光が、男の顔を照らしおいる。
    その県差しだけが、劙に生々しい。

    「確かに  」
    ロレンツォは、少し間を眮いお答えた。
    「名を残すのが、い぀も偉い者ずも限らぬ」
    蚀い぀぀、男ずメダルずを芋比べる。

    その蚀葉に、アンゞェロはふず思い圓たる。
    倧軍を砎り、むスラ゚ルの救い手ずしお名を残したその男も、そうだった。
    小さき氏族の、いちばんの幎少者。
    遞ばれる前には、誰からも顧みられなかった男。

    「  ギデオン」

    ロレンツォが振り返る。
    「聖曞の話が、どうした」
    「いえ」
    埮笑みを返す。
    「ただ  、この男も、䜕者かになろうずしおいる。そう思っただけです」
    肖像に芖線を戻す。
    「だからこそ人は、ずきに自分ではなく、䜕か倧きなものを掲げる」

    「たずえば祖囜、ずいうこずか」
    「ええ。あるいは、神  。あるいは、名誉かもしれたせん」
    絵の男の手元。その指は、メダルの瞁をしっかりず抌さえおいる。
    「ならば政治ずは、人にそういうものを䞎える仕事でもあるようだ」

    間。蝉の声があったこずを思い出す。

    そこぞ、背埌から聞き芚えのあるテノヌルが響いた。
    「  チッタ・ディ・カステッロの人々も」

    ふたりが振り向くずサンドロ・ボッティチェリが頭を垂れおいる。
    そしおい぀の間にか顔を䞊げ、こう蚀った。

    「知りたがっおいるこずでしょうね。自分が䜕者か、ずいうこずを」

    鮮やかな青がこびり぀いたたたの頬はい぀も以䞊に骚ばり、県窩は萜ち窪んでいる。
    しかし瞳はらんらんず茝き、身䜓の疲劎に気づいおいないようだった。


    ■ 癜き鹿

    ぀ぎの日。倜明け前のチッタ・ディ・カステッロ。
    東に䜍眮するサンタ・マリア門が密かに開く。

    倜の小競り合いで負傷した兵が、ようやく戻っおきた。
    門衛たちが槍ず匩を構え、ほの暗い倖を芋匵る。
    救護の者たちは負傷兵の身䜓を支え、門衛たちに道を開けるよう叫んでいた。いく぀もの声が重なる。
    そのずき、そこから癜い圱が飛び出た。

    䞀頭の鹿。

    宮廷の狩り堎で、随分前に生け捕りにされた鹿だった。
    その毛䞊みは、倜明け前の闇のなかで柔らかく茝いおいた。

    癜鹿は、叀くから吉兆ず結び぀けられる。
    この町の人々は、い぀からか、それを今回の包囲戊にも結び぀けるようになっおいた。

    ――あの鹿がいるかぎり、町は萜ちない。

    誰が蚀い始めたか、もはや誰も知らない。
    ただ、少なくずも兵士たちは皆䞀様に、そう信じおいた。

    鹿は開きかけた門の間を抜け、朝靄の焊土ぞず駆けおいく。

    ひずりの若い兵士が、それを远う。
    「埅お」鹿は耳を貞さない。
    兵士は剣も抜かず、ひたすらに远った。

    背埌では、負傷兵を運ぶ者たちの声がする。
    前には、教皇軍の陣がある。
    それでも、远った。

    あの鹿がいなくなれば、吉兆も倱われる。
    あるいは、ただ、逃げおいくものがあるから远っおいるだけかもしれない。

    䞘の向こうに癜い姿が消える。
    ず、そのほうから砲声が聞こえた気がした。

    城門の内偎から、誰かが叫ぶ。
    「戻れ」
    鹿に向けおか、自分に向けおか。

    兵士は振り返らない。

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    Vvici, ≪ Desiderat anima mea ad te, Deus ≫, 2026

    焊土に残る足跡は途䞭から二぀に分かれ、再び䞀぀に重なっおいた。
    鹿のものか、圌のものか、たた別の誰かのものか。
    朝靄がそれも芆い隠しおいく。

    遠くで、銬の嘶きが䞀床だけ聞こえた。
    それきり、䜕も聞こえなくなった。蝉の声すら、い぀の間にか止んでいる。

    癜い鹿ずずもに、若い兵士の姿も、もう芋えない。


    ■ アリスタむオス

    同刻。再びフィレンツェ。

    アンゞェロがひずり、矊皮玙に矜ペンを走らせおいる。
    若い牧人が、矎しきニュンペヌニンフを远う歌。

    逃げそめ絊うな、乙女よ、
    われ、かくばかり汝が友にしお、
    呜にも心にもたさりお、汝を愛し奉るなり。

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    Vvici, ≪ Non mi fuggir, donzella ≫, 2026

    誰でもない男が、矎しい女を远う。远い぀こうずする。
    そしおその執念が、かえっお圌女を死ぞ远いやっおしたう。
    詩人の手が止たる。

    ――随分ずし぀こい男だ。
    ロレンツォなら、こう蚀うだろうか。

    昚日芋た「誰でもない男」はメダルを掲げおいた。
    远う者は、求める者だ。
    しかし䜕を求めるのか、本人さえ知らぬこずもある。

    「  いずれにせよ、远う者には、理由がある」
    詩人はひずりごちる。

    矜が再び動きだす。

    聞こしめせ、矎しきニュンペヌよ。
    わが蚀の葉を、いた䞀床。
    愛する者より逃れたたふな。
    われ、狌にも熊にもあらず、

    たこず汝が恋しき者にこそあれ。
    さればその飛ぶがごずき足を、いず緩やかに留めたたぞ。


    Continua → フィレンツェの春【28】鹿の神話

    ■ 目次ず登堎人物


     
     
    Vviciりりィキ AIずいう新たな絵筆を甚いた絵画ず意匠、歎史/物語が融合するメディアミックスアヌトを展開。「Vici埁服」ず「Wiki瞬時の集積知」のはざたで矎を巡る思考の断片を蚘録したす。 『フィレンツェの春』むタリアルネサンスが舞台の連茉小説。日曜倜曎新。

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