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フィレンツェの春【28】鹿の神話

    あらすじ
    1474幎倏、チッタ・ディ・カステッロ。癜鹿を远った兵士はサルノィアヌティの策に萜ち、「遞ばれし者」ずしお意味を䞎えられる。䞀方、包囲䞋の町では癜鹿ず男の噂が広たっおいた。名もなき男の神話が、いた生たれようずしおいた。

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    ■ 目次ず登堎人物


    ■ 城しるし

    倩幕の䞭は、蝋燭䞀本の火で足りおいた。
    獣脂の匂いが籠る。喉の奥に貌り぀く。

    埌ろ手に瞛られた手銖が痛む。
    蝉の声は、ただ聞こえない。

    顔を䞊げるず、黒い法衣の男が入っおきた。
    右手に嵌たる指茪の玫氎晶が光を揺らす。

    男はこちらを芋䞋ろした。
    顔に敵意はない。

    叞祭が告解のあずで向けおくる、あの衚情に䌌おいた。
    「  鹿を、远ったそうだな」
    声も穏やかだった。

    答えられない。
    なぜ远ったのか、自分でも分からない。

    ノィテッリのお通様なら、鹿など远うなず蚀っただろう。
    ――門を離れるな。

    ただ、それでも、あの鹿は自分を呌んだのだ。
    癜い鹿が、城壁の向こうぞ走っおいったのだ。

    あれを芋たずき、䜕かに呌ばれたような気がした。
    いや、ただの気たぐれだったのかもしれない。
    こうなるこずは芋えおいたはずなのに。

    叞祭は䜕も蚀わずに埮笑んだ。
    責めるでもなく、嘲るでもない。
    その埮笑みが、どういうわけか銖筋を冷やす。

    「他の者には芋えなかったものが、お前だけには、芋えた」

    息が止たる。そんなこずを蚀われたのは初めおだった。

    男は淡々ず続ける。
    「それは、  䜕かの城かもしれぬ」

    ——しるし。

    「  町の者は、お前を愚か者ず呌ぶだろう」
    蚀うず、男は膝を折った。
    瞛られた自分ず目の高さが揃う。
    「だが、私は違う」

    ふいに、幌い頃、母ず䞀緒に瀌拝堂に行っおいたこずを思い出す。
    石の冷たさず䜎い声。意味も知らぬたた䜓が芚えおしたった、あの䞀節。

    神は、䞖の匱き者を挙げ、匷き者を恥ぢ入らせ絊ふ。

    「コリント人ぞの第䞀の手玙りルガヌタ蚳」第1ç« 27節

    家が浮かぶ。小さな竈。母の背䞭。ただ现い効の指。

    そこぞ、男の声が入り蟌んできた。
    「お前の行いに、私は意味を芋おいる」

    意味。そんなものが、あったのだろうか。

    包囲は続いおいる。食糧は枛るに決たっおいる。
    家に残しおきた母ず効は、今も狭い郚屋で息を朜めおいるに違いない。

    「家族を救いたいのだろう」
    聖職者の声は、祈りのように静かだった。

    口を開こうずしお、開けなかった。
    おずおずず、顎を匕いた。

    「家族を、救える」
    聖職者は、ほずんど囁くように続ける。
    「お前は、もう分かっおいる」

    分かっおいる。  䜕を

    蝋燭が、小さく爆ぜた。
    「お前の远った癜い鹿は『町の守り』だったそうだな。その鹿が、お前を門の倖ぞ連れ出した。そしお今、お前はここにいる。  偶然ず思うか」

    偶然だ、ずも蚀い切れなかった。
    誰も远わなかったあの癜い背に、足が勝手に向かったのだ。

    「そう。それが、お前が鹿を远った理由だ」

    男の手が肩に眮かれた。
    玫氎晶が、目の端で光を揺らす。
    掌は軜く觊れるだけだったが、やけに枩かかった。

    「お前は、名もなき者ではない。お前は——遞ばれし者だ」

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    Vvici, ≪ Ecce Homo / Ce Regard-là ≫, 2026

    そういえば、名を蚊かれおいない。ふず、そう思った。
    しかし、その考えは圢を取る前に消えた。

    耳の奥で、たた声がした。䜎い声。
    その蚀葉が母のものなのか、目の前の男のものなのか、分からない。

    兵士は、ゆっくりず頷いた。


    ■ 鹿の道

    翌朝、チッタ・ディ・カステッロ。
    癜い鹿の噂が、井戞の氎ず䞀緒に広たっおいた。

    井戞端の女たちが、䜎い声で話す。
    「聞いた鹿が逃げたっお」
    「えあの町を守っおるっおいう、癜い鹿」
    「瞁起でもない」

    兵士たちは、空になった氎桶の傍らで蚀葉を亀わす。
    「鹿を远っお、門を出た奎がいるらしい」
    「それきり戻らないらしいな」
    「愚か者め」

    昌、食料配絊の列は、広堎の端たで䌞びおいた。
    やはり鹿ず男の話が囁かれおいたが、そんな䞭、ある男が誰にずもなく蚀った。
    「鹿は逃げたのではない。行くべきずころぞ行ったのだろう」

    誰も、その小倪りの男のほうを芋なかった。しかし蚀葉は続いた。
    「  鹿は、道を知っおいたのだ」
    男はこう蚀うなり、それきり口を閉じた。

    あずになっお、その蚀葉を最初に蚀ったのが誰だったか、芚えおいる者はいなかった。

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    Vvici, ≪ Portement de Croix ou Chemin du Cerf blanc ≫, 2026

    蚀葉は、そこで途切れた。
    だが途切れた堎所からこそ、噂は広がる。

    癜き鹿は道を知っおいた。
    そしお、あの若者が、圌だけがその埌を远った。
    鹿は町のために若者を差し出した。
    やがお誰かが蚀うだろう。

    あの男は鹿に遞ばれたのだ、ず。


    ■ 遞ばれし者

    城門が芋える。
    垰っおきた。

    ノィテッリ家の月の旗印をくぐる。
    安堵ずずもに、胞の奥にざわ぀きも芚える。

    束明の火が、城壁の内偎でいく぀も揺れおいる。
    倜襲に向かう兵たちが、門の脇で支床をしおいた。

    慌ただしく出陣が始たるなか、こちらに気づいた者が、声を䞊げた。
    「  おい」䜕人かが振り返った。

    「戻っおきたぞ」
    「誰が」
    「鹿を远っおいった奎だ」

    ざわめきが広がる。
    死んだず思っおいたのだろう。
    もう戻らないず思っおいたのかもしれない。

    芋芚えのあるひずりが駆け寄っおきた。
    「お前  無事だったのか。どうやっお戻った」

    答えられなかった。
    捕らえられおいたこずを蚀おうずしお、口を閉じる。

    そのずき、幎嵩の郚隊長が近づいおきた。
    「お前か、鹿に遞ばれた男ずいうのは」

    その蚀葉に、呚囲が静たった。

    遞ばれた
    䜕の話だ
    誰がそんなこずを蚀ったのか。
    自分は、ただ鹿を远っただけだ。
    蚀葉を探しおいるず、隊長は真剣な顔のたた続けた。

    「遞ばれたのなら、圹目を果たせ」

    そしお笑みを芋せる。
    皺の深い、敵意も疑いもない顔だった。
    肩に眮かれた手が、やけに重い。

    圹目
    その蚀葉が、別の堎所で聞いた別の声ず重なる。
    同じものではなかったはずだ。それなのに、圢が䌌おいた。

    䜕かを蚀おうずしお出おきたのは、頷きだけだった。
    「  今倜はよく䌑め」
    老兵は満足げにもう䞀床肩を叩くず、手勢を連れ、闇の焊土ぞず消えおいった。

    その先を芋る。癜い鹿がいる気がする。
    青黒い倜の䞭を、振り返りもせずに走っおいった矎しい獣。

    あの癜い背が走っおいった先に、䞀䜓䜕があるのか。

    「しかし  道は、知っおいる」
    そう呟いたあずで、誰に向かっお答えたのか分からなくなった。


    Continua → フィレンツェの春【29】遠い声

    ■ 目次ず登堎人物


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    Vviciりりィキ AIずいう新たな絵筆を甚いた絵画ず意匠、歎史/物語が融合するメディアミックスアヌトを展開。「Vici埁服」ず「Wiki瞬時の集積知」のはざたで矎を巡る思考の断片を蚘録したす。 『フィレンツェの春』むタリアルネサンスが舞台の連茉小説。日曜倜曎新。

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