
古本屋 【シロクマ文芸部】
#シロクマ文芸部参加作品です。
小牧幸助様、いつも素敵なテーマをありがとうございます。ご覧くださる皆様にも、心からお礼申し上げます。
古本屋で、一冊の『アエネイス』を求めた。
革表紙は至るところ剥がれがある。数葉が失われ、虫食いもある。番頭は、読むには差し支えないが、と前置きして、値を告げた。
値ではない。余白の書き込みに惹かれたのだ。
細く整った字で、本文の異読や、別の著者への参照がいろいろと記されている。手慣れた人文主義者の筆致に見えた。
書斎には、ウェルギリウスもダンテも一通り揃っている。新しい蔵書を棚に収める前に欠けた箇所を確かめようと、手元の別の『アエネイス』を開く。すると、買った本の余白に、見覚えのない書き込みがあることに気づいた。
Hic deest aliquid.
ココニハ何カガ欠ケテイル。
その時は、失われた本文についての注釈だろう、くらいに思った。
翌朝。本を開くと、枯れた白百合が一輪、頁のあいだに挟まっている。
花弁は薄く、触れれば崩れそうだった。しかし色は不思議なほど鮮やかで、こんなものが挟んであったとは知らなかった。綺麗だったので栞にした。

その晩。百合は別の頁に移っていた。
ウェルギリウスの本文から、余白の参照に従って『神曲』の地獄篇を開いた。そこにも、また同じ細い文字があった。
Non omnia pereunt.
スベテガ失ワレル訳デハナイ。
古い持ち主の癖だろうか。そう思うことにした。
次の日、百合は天国篇の間に隠れていた。さらに翌日には、書見台の聖書の上に置かれていた。
誰も部屋に入っていない。窓も閉じてある。にもかかわらず、百合はいつも、私が最後に読んだ本の次に読むべき箇所へ移っていた。
ダンテから福音書へ。
福音書からオウィディウスへ。
私は何度も花をつまみ上げた。白い花弁は一枚も落ちず、乾いた茎も、鮮やかな緑のまま折れなかった。
ある晩、ルクレティウスの余白に書かれた一語を見つけた。
Memini ――我覚えたり。
そういえば、見覚えのある筆跡だった。
文字の末尾の上がる角度。m と n の最後の線が短いところ。
最後に会ったあの日、彼女は窓辺に座っていた。
庭に百合が咲く、と嬉しそうに話していた。一緒に見ようと約束したが、結局それはできなかった。
翌朝。乾いた百合は、雅歌の一節とともに横たわっていた。
我は野の花、谷の百合。
声に出して読み、手に取った白百合を長いあいだ見つめた。
頁を閉じる。すると百合は音もなく崩れた。
指のあいだに残ったのは、細かな白い灰だけだった。
そのとき、ほのかに蜜と花粉の香りがした気がして、急いで窓を開ける。
ひとりの娘が通り過ぎる。
その横顔を呼び止めかけて、口を閉じた。
机に落ちていた花の灰が、白く舞った。
秋の空【シロクマ文芸部】←Precedentemente
Continua → 涼しい夜【シロクマ文芸部】
ご覧いただきありがとうございました。同じイタリアルネサンスの世界観で小説も連載しています。ぜひ覗いてやってください。