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正論を武器にする奴は正しくない。#46 正論の扱い

    人は、目的を果たす上で、一人で成し遂げることができることには限界があります。
そのため、同じ目的を持った人たちと共に組織を形成します。

    企業も組織の一つです。
    中でも組織に属する個々をつなぎ止める基本的な機能は、情報を適正そして有効に共有しているコミュニケーションであると考えています。
    コミュニケーションが適正あるいは有効に機能していないことには、組織の目的を共有することも、その達成に対して貢献意欲を持つことも難しいと考えます。

    コミュニケーションに大切なのは、共有すべき情報の質がロジカルであることが前提であるということです。

    例えば、基本的なものが、縦の論理と横の論理です。

    縦の論理とは、主張に対して、筋道の通った論拠が存在しているかを明確にさせます。
    また、横の論理とは、ミッシー(MECE:Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)と称され、主張や論拠に対して、漏れやダブリがないかを探ります。

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    縦の論理が問題解決のために既成の理論や概念を深堀りすることに適しているとしたら、横の論理は問題解決のために既成の理論や概念にとらわれず、新しいアイデアを創造するものです。

    ロジックで導き出されたものは、原理原則の正論である必要があります。
    ここに個人などの感情論などが介入し出すと、主張と論拠の関係が崩れ出してしまいます。

    ロジックとは正論であって、正しいのです。

    ロジックの構築は、組織を正しく機能させるための基礎づくりだと捉えています。
    基礎のないところに家は建ちませんし、脆弱な基礎の上に建てた家は小さな地震でも倒壊してしまいます。
    ここに感情を紛れ込ませようものなら、たちまちロジックは崩壊します。
ある意味、機械的に正論を導き出すのがロジックでなければなりません。

    しかし、正論は正論でしかありません。

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    「正論は正しい。だが、正論を武器にする奴は正しくない。」

    これは、ある小説に出てくる一節です。

    私たちは、社会や企業などの組織の一員です。
    勿論、組織において、正論を理解し合うことは大切です。

    しかしながら、自分の主張が正論であったとして、それをどうしたいのかです。
    正論だからと、場を選ばず、時を選ばす、言葉を選ばず、何を言っても、何をしても良いのかです。

    決して正論を振りかざして、他人を論破して、自己満足に浸ることが良いことではありません。
    その正論で他の主張を論破して、何か残るのかです。
    それは、単なる破壊的な批判でしかありません。

    言葉とは、時に、相手の心を傷つける刃物になります。
    言葉が決して言刃とならないようにしなければなりません。

    組織における主張は、批判を含めて重要です。
    しかし、その主張は建設的であることが絶対条件です。

    「人は論理で納得するが、感情で動く」

    これは、アメリカ合衆国の第37代大統領であるリチャード・ニクソン氏の言葉です。

    そもそも、正論とは、置かれた環境で変わります。
    その時々で、正論が必ずしも、その時の環境下で正しい判断だと限りません。
    正論とは、感情を持った人間として、正しい判断を導き出すための道具であると考えます。

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