
現場に近い経営が及ぼした反応的組織 #234
経営課題として「現場に近い経営」を掲げていた時期があります。
その背景には、当時の組織が抱えていた大きな課題がありました。
私が既存事業の経営に携わった時、組織は目の前の業績維持に精一杯で、将来構想と呼べるものがほとんど存在していませんでした。
新規事業や戦略について意見を求めても、実質的に価値ある提案はなかなか出てこない。
組織として「考える力」が弱まり、起きたことに対応するだけの状態になっていました。
つまり、組織全体が反応的になっていたのです。
目の前の問題には対応する。
しかし、自ら未来を描き、より良くするための行動を選ぶことができない。
このままでは、急激ではなくても、確実に衰退していくと危機感を抱きました。
その時に感じたのは、必要なのは新しい戦略を掲げることではなく、「組織そのものを再起動すること」だと考えました。
■ なぜ「風通しの良い組織」を目指したのか
当時の最も大きな問題は、意見が出ないことでした。
指示を待つ。
決められたことを実行する。
問題が起きても、自分たちで解決策を考えるより、上からの判断を待つ。
そこには、主体的に考え行動する力が不足していました。
どれほど優れた戦略があっても、それを実行する組織に自ら考える力がなければ、成果にはつながりません。
そこで、まず取り組んだのが「風通しの良い組織」づくりでした。
コミュニケーションスローガンとして、
「声を出す。声を聴く(訊く)。声をカタチにする。」
でした。」
を掲げました。
目指したのは、役職や社歴に関係なく、必要な情報や意見が自然に流れる組織です。
心理的安全性があり、役割を越えて対話ができ、意思決定の背景が共有される。
そうした環境こそが、社員一人ひとりの主体性を引き出す土台になると考えていました。
■ 現実に起きたことは、トップダウンだった
しかし、現実は理想通りには進みませんでした。
スローガンを掲げただけで、人の意識や行動が変わるわけではありません。
組織が変化する前に、事業の立て直しは待ってくれませんでした。
そこで私は、意思決定を増やし、自ら現場に入り、方向性を明確に示しました。
結果として、「現場に近い経営」は、現場が経営に近づく形ではなく、経営が現場へ近づくというトップダウンの形で実現することになりました。
意思決定の速度は上がり、組織は動き始めました。
業績も回復基調へ転じました。
さらにコロナ禍という大きな環境変化においても、この意思決定構造は機能し、組織は危機を乗り越えることができました。
当時を振り返ると、チームビルディングのタックマンモデルでいう混乱期から機能期へ、一気に進んだような状態だったと思います。
ただし、そこには大きな副作用もありました。
■反応できる組織と、主体的に動く組織の違い
トップダウンによる組織運営は、短期的には非常に強い力を発揮します。
明確な判断があり、迷いなく動ける。
危機対応においては、それが必要な場面もあります。
しかし、それが続くと別の問題が生まれます。
「上が決めてくれる」
「指示されたことを実行すればいい」
社員や管理職が、自ら考える機会を失っていくのです。
組織は動いているように見えて、実際には経営者の判断に反応しているだけになる。
これは主体的な組織とは異なります。
本来、役職とは権力の差ではなく、責任範囲の違いです。
経営者だけが考えるのではなく、それぞれの役割に応じて考え、判断し、行動する。
その状態をつくらなければ、組織は持続的に成長できません。
当時、私は現場との距離を縮めることを重視しました。
工場内を頻繁に巡回し、直接対話を行う。
全社員を対象に理念勉強会を実施する。
年間100人以上との1on1を行う。
飲み会にも可能な限り参加する。
現場の声を直接拾い、経営に反映することが正しいと考えていました。
しかし今振り返ると、そこには私自身の課題もありました。
それは「任せる勇気」の不足です。
現場と経営が直接つながりすぎたことで、中間層である管理職の役割を曖昧にしてしまった。
良かれと思った関与が、結果として管理職が主体的に動く機会を奪っていた部分がありました。
■ 現在の経営課題は「組織力の強化」
この経験を経て、現在の経営課題は「風通しの良さ」から「組織力の強化」へ変わりました。
そもそも当社は、老若男女、国籍、学歴など多様な価値観を持った人たちが集まったダイバーシティ組織であると言えます。
現在、目指しているのは、この多様性のある人たちが、それぞれを尊重し、互いの能力を発揮し合ってシナジーを高めることができる組織です。
その意味でも、手始めに、マネジメントの再設計に取り組んでいます。
管理職には資格制度を導入し、一定の基準を満たした人材を任命する仕組みにしました。
経験や年齢だけではなく、マネジメント能力を組織として担保するためです。
また、経営が現場へ直接的な関与をすることは、意識的に減らし、「関わる」よりも「任せる」ことを重視しています。
目指しているのは、経営者が動かす組織ではありません。
社員一人ひとりが、自ら考え、選択し、行動できる組織です。
振り返ると、組織づくりとは「正しい状態をつくること」ではなく、その時々の状態を見極めながら進化させ続けることだと感じます。
危機においては、経営が前に出ることも必要です。
しかし、いつまでも経営の判断に反応する組織では、未来を切り拓く力は育ちません。
大切なのは、社員が自由に動けることではなく、責任を持って動ける構造をつくること。
組織の本質は、管理することでも、放任することでもありません。
一人ひとりが主体的に行動できる環境を、どう設計するかにあるのだと思います。