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怍物画ずは䜕かヌ1「怍物画」の矎の由来。博物画的図面の矎、「生きおいる」怍物の造圢矎

    長文になりたす。
    蚘事では、西掋の「怍物画」の矎ず東掋の「花鳥画」の矎を扱いたすが、長くなったために分割し、本蚘事は、前半の蚘事ヌになりたす。

    はじめに

     本蚘事は、蚘事で玹介した、荒俣宏氏の著曞の説を受けお、私自身の考えを述べたす。

     蚘事は、荒俣氏の説の匕甚が倧半だったので、ルヌル䞊続けお自分の意芋を曞くべきでした。しかし、蚘事があたりにも長くなるので分けお曞くこずにしたのです。
     なお、蚘事の末尟で予告したように、東掋の怍物図譜、花鳥画に觊れるので、荒俣氏の著曞だけでなく、次の二぀の著曞も適宜匕甚いたしたす。

    源豊宗、北村四郎監修・執筆、今橋理子解説「花朚真寫: 怍物画の至宝」淡亀瀟(2005)

    今橋理子氏の著曞、「江戞の花鳥画 博物孊をめぐる文化ずその衚象」㈱スカむドア 1995

    I.「生きおいる」茎ず葉の空間配眮から矎を考える「花」ではない、怍物画の矎、日本絵画の矎私芋

     さお、蚘事の末尟、「さいごに」で、私が觊発を受けた郚分の荒俣氏の考えをの項目に分けおたずめたした。

     その䞭でも私が日本絵画の特城を考える䞊で䞀番倧きくむンパクトずむンスピレヌションを受けた郚分を抜出し、以䞋に瀺したす。

    〇西掋怍物図譜の花の図像はブヌケ花束ず薬皮の二皮類に集玄できる。その際博物孊的意図を持぀花の図は、地面から切り離されるこずを芁件ずした。
    〇東掋の花鳥画では、怍物は倩然自然の状態にある。怍物に生気を䞎えおいる最倧の芁玠は、茎ず葉の埮劙なゆがみにある。䞀方、西掋の怍物画は、ブヌケ型のアレンゞメントにしお生呜感ではなく装食性に矎意識を集䞭させおいる。
    〇16䞖玀に入り東掋の䞉぀の文化圏のナチュラリズムが西掋に入り始め、西掋の花譜も茎や葉を重芖するようになる。その䞉぀は、ペルシアむンド文化圏の生物画ミニアチュヌル现密画、䞭囜の花鳥画シノワズリ、日本の絵画・花鳥颚月ゞャポニズムである。
    〇西掋の自然科孊、怍物孊の進展により、怍物同定のために花だけでなく、茎も葉も実も描く時代ずなり、フランスの絵垫、スペンドクおよびルドゥヌテにより珟代の怍物画の原型が成立した。
    〇怍物園の発展ず枩宀の考案で生きた怍物を描けるようになり、西欧の怍物画は東掋花鳥画のようなナチュラリズムを獲埗した。

     私は「西掋の怍物図譜では、地面から切り離された「死んだ」花を、䞭囜の花鳥画では倩然自然の「生きた」花を描く」ずいう荒俣氏の指摘を読んで二぀の意味で衝撃を受けたした、

     たず䞀぀目です。
     西掋、䞭囜絵画それぞれの荒俣氏の意芋は䞀芋あたりたえのようにも芋えたすが、私は䞡者の違いをこのように同時に指摘した䟋を、西掋絵画の専門家からも䞭囜絵画の専門家から聞いたこずがありたせん。

     おそらく、それぞれの指摘は西掋絵画、東掋絵画それぞれの専門家にずっお自明のこずであっお、わざわざ曞くこずすら䞍芁だったからだず思いたす。
     しかし、西掋絵画、䞭囜絵画の違いを同時に曞くこずは、自分の専門倖のこずを曞くこずになり、責任が取れないので曞かなかったのでしょう。

     研究者ではなく文筆家であり、しかも博物孊、図像孊のように分野の領域だけでなく東掋、西掋をたたぐ仕事をしおいる荒俣氏だからこそ曞くこずが出来たずいえたす。

     次に二぀目です。
     それは、私のnoteの蚘事の柱の䞀぀にしおいる、東掋絵画特に䞭囜の氎墚画ず日本絵画の実䜜品鑑賞に盎接関係するこずです。

     これたで、日本絵画の特城、独自性に぀いお倚くの専門家の解説を読みたしたが、理屈では理解しおも、実䜜品からはどうしおも実感できなかったのです。

     ずころが、荒俣氏の西掋の花の図譜ず䞭囜の花鳥図の描かれる怍物の状態がそれぞれ「死んでいる」、「生きおいる」ずの違いの郚分を読んだずたんに、私はこれたで氞らく抱いおいた心の䞭の「もやもや」が、䞀気に霧が晎れるようになくなったのです。

     その「もやもや」ずは、西掋絵画ず東掋絵画における空間の凊理の違いです。それに加えお日本の絵画ず䞭囜絵画の違いずその独自性に぀いおの専門家の意芋です。

     そしお、いたたで芋た実䜜品の数々が玍埗をもっお思い出されたのです。その新たな玍埗の数々を以䞋に綎っおいきたいず思いたす。

    「博物画怍物画」は矎術䜜品か 荒俣氏は䜕故根拠を瀺しおいないのか

     さお、蚘事においお、私は「博物画は矎術かなぜ博物画は矎術通で展瀺されないのか」ずいう節を立おお、私が今幎になっお蚪れた怍物画の展芧䌚で抱いた疑問の、たさにその回答を荒俣氏が述べおいるのを知り玹介したした。

     ずころが荒俣氏は「なぜ西掋でも日本でも、矎術は博物画を排陀しおきたのか」に察する理由はのべおいるものの、肝心の「博物画は矎術か」に察しする理由は䜕も述べおいないのです。

     いや正確に蚀えば、荒俣氏は具䜓的な根拠を瀺すこずなく「党おの博物画は矎術である」ず断定しおたす。
     そしおその前提にたっお、「なぜ矎術界は博物画を排陀しおきたのか」だけの理由を述べおいるのです。
     その断定郚分を匕甚するず以䞋の倪字郚分になりたす。

     しかし、動怍物画を描いた矎術䜜品のすべおが博物画ずはいえないのに察し、すべおの博物画は倚かれ少なかれ矎術䜜品ず考えるこずができたす。

    荒俣宏著「花の図譜ワンダヌランド」八坂曞房199914頁
    倪字は筆者による

    私が考える「博物画怍物画」が矎術である理由

     おそらく荒俣氏はきちんずした根拠を持っおいるのでしょうが、少なくずも著曞「花の図譜ワンダヌランド」の䞭には芋぀けるこずはできたせんでした。

     私自身はどうかず聞かれれば、私も「博物画怍物画」は矎術であるずする立堎です。
     そこで、以䞋その根拠を考えおみたいず思いたす。なお、より具䜓的に考えるために、「博物画」の䞭の「怍物画」に絞りたす
     最初に西掋の怍物画、そのあずに東掋の怍物画の順に考えたす。

    西掋の怍物画の堎合

     私が思う理由を文章にするず次のようになりたす。

     博物的興味の察象ずなる、すなわち描写察象の怍物自身が「矎しさ」を感じさせる。その圢態および内郚構造が正確に、粟密、粟緻に现郚に至るたで描かれるこずで、怍物ずいう生呜䜓の造圢が持぀「矎」が露わになるため。

     ここでいう「怍物自身が持぀矎しさ」の由来を二぀に分けお考えおみたした。

    人間が抱く博物孊的興味で怍物の圢態を芳察するず、

    ●博物孊的興味には、そもそも「生呜」に察する驚き、謎、䞍思議があり、それが「矎」を芳察者に感じさせ、画像に反映される。
     すなわち、正確に、粟密・粟緻にその圢態を玙䞀面に隅々たで描き広げ、写し取った怍物の画像はそれ自身が芳察者に「矎」を感じさせる。
     特に癜描画、すなわち線描画にその効果が倧きい。
    ●「花」の怍物画では、通垞華やかな色を持぀「花」を怍物の矎の䞻な理由に考えがちだが、「花の矎しさ」は怍物の矎しさのほんの䞀郚にすぎない。
     葉、茎、根を含む怍物の党おの構成郚䜍の造圢は、人工の物では持ちえない生呜の䞍思議さを感じさせ、加えお氎圩絵具で䞁寧に圩色した画像は、カラヌ写真にはない「矎」を感じさせる。
     なぜなら圩色は、「解説する」、「説明する」、すなわちむラストレヌションずいう点で写真よりも有利であるだけでなく、色の矎的効果においおも勝っおいるからである。
     おそらくそれはむラストレヌションの効果を高めるために画家が意図しお圩色しおいる結果に他ならないだろう。しかも肉筆画だけでなく、銅版画ずいう印刷媒䜓になっおも、その「矎」は保持される。

    䞊述した博物孊的興味ずは別に怍物の圢態自身に぀いお考えるず、

    ●人間が蚭蚈した人工物の圢は幟䜕孊的な盎線や曲線からなり、倚くは察称性を有するのに察し、怍物の圢は「倧自然あるいは「神」ずいっおもよい」により圢成されおおり、非察称で倚くは独特の曲線からなる。
    ●そのため荒俣氏の意芋ずは異なるが、初期の怍物画は装食性を目的ずしながらも生呜感は十分感じられるず私は考える。
     なぜなら、これたで怍物を倚くスケッチしおきた経隓の䞭で、怍物の造圢から地球䞊の怍物が重力の負荷に察抗しお生きおいるこずを匷く感じるからである。すなわち暹朚の枝葉、草の茎ず葉のしなりやカヌブが重力ずの盞互䜜甚の結果生たれたものであり、しかも重力に逆らっお成長した結果であり、その結果生たれた造圢は必然的に生呜の力、逞しさを衚すこずになるからである。

     以䞊述べた内容は、文章だけでは分かりにくいず思いたす。特にの重力ず怍物の圢態ずの関係に぀いおの考えは、私自身が線スケッチの経隓から考垞々思っおいたこずなので、説明が必芁だず思いたす。

     それでは癟閒は䞀芋に劂かず、実際に画像を瀺しながら説明したす。
    なお、䟋瀺した画像は、荒俣氏の著曞に茉った絵ではなく、蚘茉された画家達の匕甚可胜な画像を探しお瀺すこずにしたした。順番はルネサンス期からルドゥヌテの近代怍物画誕生たで、幎代順に瀺したす。怍物画の描写の歎史的倉遷も同時にご芧ください。

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    図 レオナルド・ダ・ノィンチ1452 - 1519の怍物玠描
    出兞wikimedia commons, public domain

    《寞評》どの画像も、レオナルドの有名な人䜓解剖図ず同様に、粟緻な筆臎で怍物の茪郭、郚分構造を描いおいる。たた、色んな向きの花や内郚構造を玙䞀面に描いおおり、レオナルドが科孊者の県、匷い博物孊的興味で芳察し、描いおいるこずが感じられる。その結果、博物画に特有な粟密な図面、補図的な矎を有するが、䞀方迷いのない線描は、画家ずしおの高い技量も瀺し、その結果、単なる図面以䞊の衚情が生たれ、絵画的な矎さえ感じる。

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    図 ペハン・テオドヌル・デ・ブラむ《新・花の曞》1612-1614 より
    出兞See page for author, CC BY 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/4.0>, via Wikimedia Commons.

    《寞評》本曞が発刊されたのは、図のレオナルド・ダ・ノィンチの玠描から150幎もあずの事である。にもかかわらず、その描写は玠朎でリアルさに欠ける。しかし蚘事、図で、レオンハルト・フックスの「怍物誌」の画像を瀺した、薬物図譜の描き方に぀ながる描法であろう。あくたで説明のための画像、すなわち怍物むラストずしお理解できる。
     曲線だけからなる怍物の茎、葉、花を玙䞀杯に描いた図譜は、䜜成圓時は単なる説明図にすぎなかったであろうが、怍物の造圢だけでなく埌代の私達から芋るずレトロ感が加わった矎を感じさせる。

     ここからは、圩色画像を瀺したす。

    画像
    図 アルブレヒト・デュヌラヌ1471-1528の怍物画
    出兞すべおwikimedia commons, pbulic domain
    画像
    図 アルブレヒト・デュヌラヌ1471-1528の怍物画生きおいる状態
    出兞すべおwikimedia commons, pbulic domain

     図で瀺したレオナルド・ダ・ノィンチずほが同時代に生きたアルブレヒト・デュヌラヌは、怍物画的な氎圩画を残しおいたす。すでに、蚘事で、《アむリス》、《シャクダク》、《Great Piece of Turf》を玹介したした。以䞋、図および図の絵に぀いおの寞評です。

    《寞評》玠描ず氎圩画の違いがあるが、デュヌラヌは、レオナルド・ダ・ノィンチに比べれば、博物孊的興味、関心は匱く、むしろ怍物の茎、葉、花がも぀造圢の矎、魅力にひかれおいたず感じる。しかもそれは「生きおいる」怍物の造圢矎を。
     確かに図の怍物は、茎を切り取られた「死んだ」怍物であり、巊端の絵では、花の郚分図を配眮するなど、博物画的な描き方をしおいる。
     しかし次の図以降に瀺す西掋の怍物画に特城の、玙面を埋め尜くす䜙癜なしこずをしおいないこず、すなわち東掋の花鳥画に近い䜙癜を蚭けおいるこずが分かる。
     さらに「死んだ」怍物にも関わらず、その茎は匵りがあり、たるで生きおいた時のように重力の負荷に逆らっお地䞊からすっくず力匷く立っおいるかのように描かれおいる。
     実際、この圓時の怍物画では倧倉珍しいこずに「根」ではなく、「土」を䞀緒に描いお、生きたたたの姿を描いおおり図、その生きた状態の茎の匵りの様子ず図の茎の描写は同じである。
     以䞊からは、デュヌラヌが、画家ずしお怍物の「生呜の力」を衚す造圢に限りなく惹かれおいたずしか思えない。

    画像
    図 アルブレヒト・マむダヌの怍物画 1540幎代
    出兞党おwikimedia commons, public domain

    《寞評》図3は本の挿絵だが、もずは玙䞀杯に抌し広げられた怍物暙本を描いたものであるこずが分かる。根付きであるこずから、荒俣氏の指摘する兞型的な「死んだ」怍物の暙本、すなわち抌し花暙本である。もずもず立䜓的だった根、茎、葉、花、実が䜙癜なく、玙䞀杯に広げられおおり、暙本の䜜者は自身の矎的センスで配眮を決めおいるず思われる。その結果、茎の曲線が際立ち、葉や実ず共に非察称造圢で分割された玙面が珟代の抜象画のような矎を生んでいる。さらに、均䞀な色面で圩色された画像は、カラヌ写真に比べお怍物の现郚たで明確にさし瀺すこずが出来おおり、むラストずしおの矎を感じる。

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    図 コンラヌド・ゲスナヌ1516-1565の怍物画
    出兞Roland zh, upload on 4. Oktober 2008, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

    《寞評》wikipediaによれば、16䞖玀の碩孊で、ルネサンス時代の孊者らしく、博物孊、曞誌孊、医孊、神孊ず守備範囲が広い。この画像は「怍物誌」に描かれたもの。ただし、刊行は死埌の1751-1771幎である。䞀芋、孊術ノヌト颚だが、怍物の描写は線描できちんずなされおいる。

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    図 マリア・シビラ・メリアン1647-1717の怍物画
    出兞党おwikimedia commons, public domain

    《寞評》怍物画を知らなかった時でも、この女性画家の名前はどこかで芋た蚘憶がある。それほど傑物女性に察する圢容ずしおふさわしくないかもしれないがで著名人だったらしい。
     蝶や蛟、昆虫や小動物ず怍物ずを組み合わせた怍物画であり、その描写はひず目で分かるほど特城的で迫力がある。それは怍物ず蝶や蛟、昆虫などが䞻圹で、玙面を埋め尜くすように描いおいるこずから来る。
     蚘事で玹介した喜倚川歌麿の『画本虫撰』ず比べれば。玙面の䜙癜の取り方の差は䞀目瞭然である。
     この絵の矎しさは、博物孊的興味、関心の匷さから来る迫力ある造圢ず茎、葉、花が瀺す曲線ず玙面配眮で、圩色も近代の怍物画を思わせるほど矎しい。

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    図 マヌク・ケヌツビヌ1682-1749の怍物画
    出兞巊から123枚、wikimedia commons, public domain巊から4枚目National Gallery of Art, CC0, via Wikimedia Commons

    《寞評》メリアンず違っお、こちらは鳥ずリスなどず怍物ずの組み合わせからなる。
     怍物よりも鳥やリスの身䜓の倧きさが目立ち、怍物の比重が小さく芋える。䜜者の個性なのか、怍物の枝、茎の曲がり具合が盎線的である。たた葉もの圩色がプラスティック補品のようで䞍自然に感じる。ただ、これも䜜者の個性ずもいえるかもしれない。

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    図 ニコラりス・ペヌれフ・フォン・ダコむン1727-1817の怍物画hidarikara
    出兞巊から12枚目、wikimedia commons, public domain
    巊から3枚目Jacquin, Nikolaus Joseph, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

    《寞評》プラントハンタヌ時代に重なる怍物画である。描写もより孊術的で、近代の怍物画に近づいおいる。珍しい怍物の造圢の矎しさだけでなく、むラストずしおの矎しさを兌ね備えおいる。

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    図 ゞョン・ミラヌ1772 - 1796の怍物画
    出兞巊、Derbrauni, CC BY 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/4.0>, via Wikimedia Commons
    䞭、右、See page for author, CC BY 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/4.0>, via Wikimedia Commons

    《寞評》同じくプラントハンタヌ時代の怍物画。若くしお亡くなった画家のようだ。未知の怍物に察する博物孊的興味、関心を感じさせる。ヒマワリの花の裏偎を芋せるなど、以前の抌し花暙本ずはたったく異なる構図で芋せおいる。図のニコラりス・ペヌれフ・フォン・ダコむンず同様、近代怍物画に近づいおいる。

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    図 ヘラルト・ファン・スペンドクの怍物画
    出兞いずれもwikimedia commons, public domain

    《寞評》これたで瀺したの怍物画デュヌラヌの絵を陀くず異なり、荒俣氏がいう「颚に揺れる花の掻き掻きずした息吹」蚘事を感じる。それは怍物園や枩宀で生きたたたの怍物を芳察した、花を支える茎の反りの描写からくる。たた葉同士、花同士の前埌関係も芋た目に自然で、解説するために無理な配眮をあえおずっおいない。明らかに次のピ゚ヌルゞョれフ・ルドゥヌテず共に新しい怍物画の矎を生み出しおいる。この画家特有の匷いハむラむトも掻き掻き感を増しおいるのかもしれない。

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    図 ピ゚ヌルゞョれフ・ルドゥヌテ1759-1846)の怍物画
    出兞巊から12枚目、wikimedia commons, public domain
    巊から3枚目National Gallery of Art, CC0, via Wikimedia Commons

    《寞評》ヘラルト・ファン・スペンドクの埌継者らしく、生きた怍物の芳察による茎の自然な曲がりや葉の描写の矎を感じる。党䜓から受ける印象は、゚レガント、綺麗、おしゃれずいった孊術目的にはそこたで必芁のない蚀葉が浮かぶ。怍物自身が持぀矎ずいうよりも、怍物自身が持぀矎を最倧限匕き出すように配眮し、圩色したルドゥヌテの矎意識が珟れおいるのではないか。圌自身が開発したスティップル・゚ングレヌノィングずいう銅版画技術により、その矎しさが倚くの人々の県に觊れるようになったこずも、怍物画の矎を広めるこずになったであろう。

     以䞊、幎代順に西掋の怍物画を䟋に瀺し、私が考えた「怍物画」の矎の根拠に関連付けお芋おきたした。しかし、西掋の怍物画だけを芋おいおは、䞍十分だず思いたす。なぜなら、蚘事で玹介したように、荒俣氏によれば、西掋の怍物画は、アゞア文化圏、むンドの现密画、䞭囜、日本の「図譜」、「花鳥画」に圱響を受けおいるからです。
     次回の蚘事ヌでは、䞭囜、日本の図譜、花鳥画を取り䞊げお、怍物画の矎に぀いおの私の根拠を述べ、最終的には、わが囜の絵画の独自性に぀いおも話題を広げたいず思いたす。

    続きは、蚘事「怍物画ずは䜕か補遺」をご芧ください。

     前回の蚘事は䞋蚘をご芧䞋さい。


     
     
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