
『タイムリミット』ー待つ時間ー
爆破予告は一通の電子メールから始まった。丸菱銀行のカスタマーサービスに届いたそれは、当初いたずらと思われたが、万全を期して通報がなされた。直ちに爆発物処理班へ緊急出動命令が下った。班長から渡された資料には、メールの内容が記されていた。
貴行に対し以下の事項を確認の上、早急な改善を求める。
・収支報告の齟齬
・決算金額の不適合性
・役員会議事録
以上の事項を速やかに公開し記者会見にて詳細説明を実施すること。守られない場合は、貴行を完膚なきまでに破壊する。
金品の要求ではなく、内部事情を知る者の告発に近い内容だった。しかし、破壊工作を伴うことは許されない行為であり、本庁は脅迫文に記載されている内容の確認と、犯人の割り出しに必死だ。
調査によりマルウェアの使用が特定されたが、肝心の発信元までは辿れていない。
次の週、差出人不明の、少し厚みのある封書が本店郵便受けに投げ込まれていた。レポート用紙に印字された脅迫文
「過日の事項が実行されていない実情に鑑み、貴行の爆破を実行する」
の一文と共に粘土状の塊が入っていた。送られてきたその物体を分析すると、軍用でも使われる強力なプラスチック爆弾C4の成分が検出された。
数日後、丸菱銀行上槻支店の閉店時に共用トイレで不審物が発見され、即座に処理班が出動した。小型の爆発物処理ロボット(EODロボット)が投入され、まず爆発物の有無、種類、そして起爆方法の特定を行う。
それが操作主任、坂本研吾に課せられた初期任務だ。遠隔操作は非常にデリケートかつ忍耐を要する作業である。
日本国内での出動は稀で、たとえ訓練で成功したとしても現場で成功するとは限らない。操作員の坂本が、爆発物処理車内でモニターを見つめる中、ロボットが爆弾に近づくと、操作画面の端にある「EMR(電磁放射)グラフ」の波形が跳ね上がり、微弱な電磁波を検知し緑から赤に変わる。画面に作動中と表示される。ロボットの分析ではタイマー起爆と判断された。
ーーディスラプター(水流破砕装置)を使用し高圧水流での粉砕を考えたが、この条件下では、水流の衝撃で起爆回路が作動するリスクがあるーー
「どうだ坂本、なかなか手強そうだな」
「班長、だいぶ時間がかかりそうです」
犯人の意図は一体何か。閉所、個室、障害物、と困難な条件が揃っている。閉店後から3時間が経過し、既に300m以内の周辺住民は避難を終えた。警察、消防、救急隊が辺りを取り囲み膠着状態が続く。
その最中、突然、300m圏内のマンション12階で爆発が起きた。モニターにノイズが走る。窓ガラスが飛散し、黒煙が上がる。避難圏外で見守る人々の驚愕の叫びと、爆発音がビルの谷間にこだまする。
「坂本、続けろ!」
と言うと班長はドアを開け出て行った。
坂本は起爆時間が分からないまま、ロボット操作に集中していた。共用トイレのオムツ交換スペースに、ティッシュボックス2個分ほどの爆弾が隠されている。リード線が複雑に絡み合う様を観察しながら、この爆発は一体。事件との関連はあるのかと考えていた。班長が戻ると、
「坂本、マンション12階、支店長の部屋が爆破された!」
班長の言うことには、その部屋のベランダで爆破が起こり、破片にアンテナが見つかった。遠隔操作によるものと判断できる。警官2名を配置していたが怪我はない。少量の爆薬だった可能性があるものの、その狙いが分からない。
ーー犯人の要求と、この派手な爆破工作は矛盾していないか?ーーふと、疑念が湧く。
冷静沈着な知能犯と思っていたが、強引な一面も備え一筋縄ではいかない相手であることを予感させた。
アーム先端の動きが数ミリずれ、操作は思った以上にままならない。もしかすると犯人にハッキングされているかもしれない。こちら側のジャミング(妨害電波)も織り込み済みだろう。
「坂本、打つ手はあるか。それとも有線に切り替えるのか?」
「はい、やれるだけやってみます!」
そう答えるのが精一杯だった。ボムスーツ着用も考えたが、現場に辿り着く前に爆発する可能性は否めない。
犯人は複数の爆弾を仕掛け、遠隔操作で起動させることも可能な状況にある。上槻支店の爆弾もタイマーを偽装し遠隔起爆、あるいはその逆か、いや両方の可能性も。これでは、起爆時間が分かってもあまり意味がない。支店長の部屋に仕掛けられた爆弾はベランダにあった。
確実に爆破が可能だ、という犯人からの脅しに取れる。その時、本部直通のスマホにメールが届いた。すぐに確認すると、
「坂本、楽しんでるか!」
と、送り主不明のメールが。警察内部の秘匿回線であるはずの端末に、一体何者が……。