
The Beatles - Strawberry Fields Forever
ビートルズの映画に、あの曲がなかった。
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」
1974年の冬。
中2で初めて聴いた『サージェント・ペパーズ』の衝撃が、
まだ体のどこかに残っていた。
ファンクラブの集いで、幸運にも、
ビートルズのTV映画『マジカル・ミステリー・ツアー』の上映会があった。
当時、この映画の評判はひどかった。
意味不明、判らんちん、駄作。
わずかに伝わってくる情報は、そんな言葉ばかりだった。
正直、心は少し怖気づいた。
それでも、動くビートルズが観られる。
それだけで十分に幸福だった。
極彩色のバスが走り、支離滅裂なイメージが連なっていく。
上映中は無我夢中だった。
「もっと観たい」という思いだけが、強く残った。

いまでこそ、ロングPV的な先進的映像作品と評価されている。
50年後、歩きながら、電車の中で、映像が観られる時代が来るなど、
あの頃の誰が想像できただろう。
そして始まった「迷宮」
ここで問題が起きる。

1968年に日本で発売されたアルバム『マジカル・ミステリー・ツアー』に
入っている「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が、
映画のどこにも出てこない。
中学2年の少年には、チンプンカンプン。
ビートルズの「迷宮」だった。
いまなら検索一つで答えが出る。
『サージェント』のアルバム候補として録音され、
シングルとして先に出た曲だった。
当時は出て間もない青盤青盤(ベスト盤)も手元になく、
事のしだいが分かるまで長い時間がかかった。
いまは便利だ。
だが、そのぶん探求心は失われたのかもしれない。
幻惑が、面白さを倍にした
リバプールの街を幻想的に描いた日本語訳。
まだ見ぬリバプールへの想像。そして摩訶不思議な旋律。
分からないことが、知りたいことが、
ビートルズの面白さを何倍にも膨らませた。
もっともっと、
知らない曲、アルバムを聴きたい!!
オープニングのメロトロンの音色は、
のちに夢中になる
キング・クリムゾン、レッド・ツェッペリン、
ロキシー・ミュージックへの
予行演習になっていたのだから、恐れ入る。
マイルスが選んだ一曲
この曲には、もう一つ忘れられない場面がある。
1990年、東京ドームでのジョン・レノン追悼コンサート。
私は、その場にいた。
ジャズの帝王マイルス・デイヴィスが演奏したのが、
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」だった。
こびへつらわないマイルス。観客に背を向けるように吹くトランペット。
その音が、いまも焼き付いている。

ジャズという枠すら飛び越えた巨人が、
なぜこの曲を選んだのか。
「なぜ映画にないのか」と迷った少年の日の感覚が、
よみがえった。
偶然ではなく、必然だったのだと思う。
そして私は、ビートルズとの距離感は本物だったと、
どこかで信じている。
うぬぼれた幸せがあった。
記憶をいまの視点で削り出していると、
音楽は「思い出」ではなく、
人生の途中経過だったのだと気づきます。
あなたにも、迷わせてくれた一曲があると思います。
それは、どんな曲でしたか。
Sの音楽日記2
ということで、もちろん、この曲をお聴きください。
The Beatles - Strawberry Fields Forever
このnoteでは、4つのマガジンを運営
Sの音楽日記
ロックを軸に、人生の記憶と並走するnoteです。
名盤紹介ではなく、
体験から書いていきます。
映画屋一代記
1989年、20代の終わりに映画界に入り、
21世紀まで興行と宣伝に没頭。
映画館と観客の熱気は、
私の中にいまもある。第一部は12話で完としました。
🚕東京タクシー日記
今、生きるためにしている仕事、
激動の変化がおとずれようとするタクシー。
運転席から見える東京の景色、人とのやりとり、
仕事の中で心に残った瞬間。
100%経験談です。
AI作画になります。
これまでの話を、見ていただければ幸いです。
AI狂日記
AIとの交流で生まれる疑念と賞賛、
感心と困惑、七転八倒、
支離滅裂の記録は6話で、第一部完結しました。