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或る小説家の激白

    「僕が転生モノ嫌いなの知ってますよね?!」

    これだって、俺自身が百年前から転生してきた文豪のなり損ないで、正体バレちゃ困るからってのが真相なのとかって言い訳したい!

    違う、違う、違う!
    そういうことじゃあない。
    俺は確かに小説家ではあるらしいが転生なんかはしていない。
    まごうことなき平成生まれ、二十八歳、独身。
    健全な青年である。

    「先生? 先生?」
    受話器の向こう、必死こいて声帯をこすり合わせ、声の温度を無理矢理上げる河井さんの氷の微笑が目に見える。

    俺は今、盛大に焦っている。

    三十分後に迫る締切を前に、パソコンのカウンターが示すのは「十八文字」。
    九九八二文字も足りないじゃないか!

    そして、苛立ってもいる。
    まただ。
    またあの女だ……!
    四十絡みの男が運転するステッカーまみれのクラシックカーでひとしきり愛を囁き合ったあと、クラクション五回にうっとりしてから部屋に向かう……
    そう、お前だよ!

    この部屋は壁だけでは飽き足らず、窓ガラスも薄い。
    変な歌を歌いながら俺の部屋の前を通り過ぎるな!
    通るにしたって限度ってもんがあんだろ?
    お前は俺の部屋の前でのみ減速しないと気が済まない迷惑千万せんばんな点Pなのか?
    ならばさっさと点Qと再合流してよろしくやっておけ!

    全てのことに腹が立つ。

    「先生。あえて進捗は聞きません。聞きませんけど、見通しだけ、教えてもらえませんか?」
    「見通し……ですか?」
    「え……ええ。見通し。」

    こんなことなら正月に蓮根を食べておくべきだった。
    後悔先に立たず。
    カレンダーを見遣る。
    十二月二十二日……年の瀬である。
    あと十とおも眠ればお正月だ。
    否、眠らなたってお正月だ。
    なんならゼロ睡眠だって誰の元にもお正月は平等にやってくるのだ。
    ──東ひがしくめさん……
    あんた、間違ってるよ……

    「ちょっと……先生? 泣いてます?」
    「……泣いなんかいません!」
    ああ、千にはたりぬ……十の風……?

    「とにかく見通し、見通しください!」
    「うう……」
    そうこうしているうちに、一般的なカップ麺三つをご丁寧にひとつ完成するごとにまたひとつ仕上げていくスタイルで調理した時ほどのとかが流れてしまった。
    「じゃあせめて、だめだった場合のケツでいいんで! 最短目標!」
    「最短目標……最短目標……」

    「ああ!」
    俺は叫んだ。
    受話器越しの怒りなど知ったことではない!

    ──標的はすぐそこだ。
    平たい顔のマヌケな王子の眠る城。
    ペンから生まれてきたクセに、そんなことも忘れてファンタジックな生き様で。
    残念でしたね、王子様。
    あんたのマスター、夢見がちな勘違いオールドプリンセス。
    感覚過敏の俺のマスターはあんたのマスターにぶっ殺されたがな、いいんだ。
    俺はあいつの神経も血も全部受け継いだ。
    斬ってみるか?
    その軟弱な剣で。
    笑わせるな……
    そんな重みゼロのおもちゃの剣で、焦点調整不能の眼で俺の弱点見破れんのか?
    せいぜい隣の国の姫様とよろしくやってろよ。
    くっだらねえ恋愛ごっことやらを。
    その、動きもしない感情で……!

    さながら呼吸の一筆書きで言い切った。
    息も絶え絶えである。
    「え? 呪詛……?」
    「いいえ、遅れてきた閃きです。」

    「今そっち、向かってるんですけど……」
    「ええ?」
    「素っ頓狂な声を上げる理由あります?」

    部屋を見渡す。
    本からこぼれた文字が足の踏み場もないほどに散らばっている。
    コンロの上から靴の中、ベッドの下はもちろんのこと、バスタオルにまで付着している。

    そして……

    「先生……お手洗いの時くらい、電話置いてってもらって構わないんですよ?」

    便器にまでも。

    俺はもう、だめかもしれない。
    日々、そんなことを思いながらぼやぼやとキーボードを叩いている。

    「たすけて」の四文字を叫べたなら。

    先程の呪詛……否、遅れてきた閃きを打ちだしていく。
    ……っておい!
    作者を亡き者にする主人公がどこにいる?
    親不孝者めが!

    ふと、指先のチクリとした痛みに目を向ける。
    ささくれだった。

    そのまま俺は、キーボードを叩き続けた。

    程なくして、扉は叩かれたのである。

    薄ぼんやりとした思考は途切れることなく続けども。


    習作です。
    後編へ続く。

    【そのほかの習作】

    【本編】

    【エッセイ】

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    ゆきお様・解説
    我が叫びにも解説を下さるその心意気に乾杯です。

     
     
    ラブラドールの匂いで肺を満たしたいアラウンドサーティ。 9歳児に親育てされている本末転倒人間。 文字に嫌われた人間が、しつこく文字を掻き集める滑稽な姿を東京の片隅からお送りしております。 ※連載小説も基本的には一話完結として読める構成を目指しているので、おじけづくことなかれ。

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