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大晦日の闖入者──『水辺のつつじ』ep.48

    蕎麦屋の行列の最後尾はもうすっかり見えなくなっている。
    道すがらお年玉の予想金額で盛り上がる子どもとすれ違った。
    もう鬼も笑わないな、と僕は心の中でにやついていた。

    僕は自分の背丈ほどの門松に気圧されつつ、自動ドアを通る。
    カゴだけを持って。

    入店音にも勝る「もういくつ寝るとお正月?」の問といに胸を張って「いち」と答えた。
    とはいえ、眠らなくてもお正月はやってくる。
    そんな野暮な考えを吹き飛ばすほどの「いらっしゃいませ」にびくつく僕に、緑エプロンの男性は「失礼しました!」と叫んだ。
    その声は、往年のロックスターの如くかすれている。

    背後に聴こえた三連続の「いらっしゃいませ」ののち、三人家族が僕の横を通り越して行った。
    僕がさもありなんと頷くこの瞬間にも彼の「いらっしゃいませ」カウンターはかち、かちと押され続ける。
    増えれば増えるほどに削られ続ける声と体力──
    ありとあらゆるものが終わりへと近づいている。
    ああ、これが年末か。
    大晦日か……
    果たしてそうなのか?

    彼に頭を下げ、僕は目当ての──ここでふと思い出した。
    特段「何を」買うかを決めていなかった。
    スーパーマーケットが休みに入る三が日さんがにちを生き永らえるだけの食糧。
    茫茫たる店内でこんな曖昧な買い物リストを広げたところで暗澹たる海にスワンボートで漕ぎ出すくらい無謀な旅になることは目に見えている。

    いかんせん、早速買い物かごにはとてつもなく大きな白菜がひと玉入っているのだ。
    もうこれだけで僕のカゴは難破船と化してしまっている。

    そう言えば、豆腐と納豆はどこに姿を晦くらましてしまったのだろう。
    彼らがいつもいた場所には伊達巻だてまき、昆布巻こぶまき、八幡巻やわたまき──見慣れない食材が我が物顔で鎮座している。
    陳列棚の闖入者ちんにゅうしゃ、といったところだろうか。

    そんなことを考えていると、どこからともなく愉快そうな悲鳴が僕の膝めがけて飛び込んできた。
    気付けば僕はしゃがみ込んでいる。
    目を閉じても、スーパーマーケットの強すぎる白い光は痛いほどに僕を照らし出してしまう。
    底の硬そうな靴音が近づいてきた。
    僕はまだうずくまったままだった。
    耳を塞ぐ。
    影に覆い尽くされたことに気づき、薄く目を開けてみる。
    そこには小さな男の子とその母親と思しき女性が立っていた。
    「あの、ごめんなさい! でも、助かりました……」
    僕はなんのことかわからない。
    ただ、遠ざかっていく声は「走っちゃだめ」だとか「ちゃんとついてきて」だとか言っていて、男の子は時折振り向いて小さな手を大きく振ってくる。
    わからないけど、たぶんこれでよかったんだ。
    そう思うことにした。

    結局、豆腐と納豆は闖入者たちに追いやられるようにして惣菜コーナーの近くに申し訳なさそうに並んでいた。

    僕はレジに並びながら、カゴの中を見つめている。
    やたらと大きな白菜、たぶん作りもしない栗きんとん用のさつまいも、牛乳、闖入者から救い出した豆腐と納豆。
    それからカップ蕎麦。

    果たしてこれで、三が日を乗り切れるのだろうか。
    僕以上に、僕の後ろに並ぶ家族連れが訝しげな顔で白菜を眺めていた。

    「よいお年を!」
    たぶん、彼はそう言ったのだと思う。
    僕は剥き出しの白菜を抱え、残りはリュックに詰めて店を出た。

    今度は蕎麦屋から延びる行列に沿って歩き出した。
    最後尾はもう見えている。
    彼らの横を通り過ぎた時、僕は不意に思い出したのだった。
    でも、もう戻る気力も体力もない。

    すっかり傾き出した太陽に背を温められながら、僕はのろのろと歩いていくのだった。

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    【創作大賞2026】
    恋愛小説部門エントリー中。
    大晦日のスーパーにて。
    貝原の買い忘れたものとは?


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    その前の話はこちら。

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    こっちは大正時代の年末です。
    冬眠を妨げてはいけない。

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    【エッセイ】
    ぶら下げてるかい?

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    ゆきお様・解説
    こちらは読んでおいて間違い無いです。
    のちのち「ああ!」となるはずです。

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    ラブラドールの匂いで肺を満たしたいアラウンドサーティ。 9歳児に親育てされている本末転倒人間。 文字に嫌われた人間が、しつこく文字を掻き集める滑稽な姿を東京の片隅からお送りしております。 ※連載小説も基本的には一話完結として読める構成を目指しているので、おじけづくことなかれ。

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