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【読切】白石家の朝食──梅雨編──

    「椋りょう、ぐずぐずしてないで早く食べなさい。」

    食卓の僕の席には薄皮クリームパンが堆うずたかく盛られている。
    仰々しい蒼の菓子鉢に。
    さながら季節外れの御月見団子の如く。

    どうにも食指が動かない。
    僕は一点を見つめたまま、微動だにできずにいる。

    「微動だ、にせず」ではない。
    「微動、だに、せず」だ。
    もっと言えば、「微動、だに、せ、ず」である。

    頭を使い、糖を枯渇させる作戦だ。

    結局、人差し指はぴくりともしなかった。
    かわりに、目尻が引き攣った。

    裏庭の紫陽花は空に負けじと青さを湛え、獅子脅しは脅す相手もないというのに大真面目に石を打っている。

    「文句があるなら自分で作んなさい?」
    「そうだぞ、椋。俺は文句があるから自分で作ったんだ」

    父は冷やし中華をすすりながらしたり顔をしている。
    それはそれでどうなんだ、と僕は思った。
    とはいえ父が誇らしげにすする冷やし中華には、ご丁寧に錦糸卵、それから細切りハム、さらにはきゅうりの千切りまで添えている。
    箸が麺を手繰たぐるたび、氷が硝子皿を打つ小気味の良い音が響く。

    これでカップ麺でも食べていてくれれば、「なんだ湯を注いだだけじゃないか、中年の反抗期め。」と真っ只中の反抗期を見せつけてやれたのに。

    「兎にも角にもだ。そうやって不貞腐れてるなら大人しくそれを食べるか、俺を見習って……」

    母はため息混じりにダージリンを舐め、父が押し黙る。
    いつも以上に焼き過ぎているイングリッシュマフィンには、いつもの通りジャムが塗ったくられている。
    そのジャムは眼を背けたくなるほどに毒々しい赤色をしている。
    恐らく、日曜日に仕込んだとかいう柘榴のジャムだろう。

    父が咽せる。
    母が嘲る。

    パジャマ姿の妹が、寝癖もそのままに席につく。
    そしてクリームパンをひとつ引っ掴んだ。
    「あ。」
    妙なもので、いざ横取りされてみるとどうにも惜しくなってくる。
    「つぐみ、いただきますは?」
    「……いただきます。」
    「え?」
    頬をもごつかせたまま、次から次へと口へ放り込んでいく。
    「つぐみ、お行儀が悪いぞ。飲み込んでから次のをとりなさい。」
    「はあい……」
    「え、ちょっと……」
    「なに? あんたはいらないんでしょ?」
    「あ、いや……まあ……」

    食指が微動、だに、し、なかったのは紛れもない事実。
    だがしかし……だがしかしだ。
    いらないとは言っていない。
    ただのひとことも言っていない。
    断じて言っていない。

    「もうお腹いっぱい……」
    「それからつぐみ、朝起きたらまず……」
    「おはよ……」
    「はい、おはよう。」
    「さっさと顔洗って、着替えちゃいなさい。」
    「はあい……」

    食卓の僕の席には歯形のついた薄皮クリームパンがひとつ、申し訳なさげに乗っている。
    仰々しい蒼の菓子鉢に。
    どうにもその姿に、己を重ねずにはいられなかった。

    僕は結局、歯形のついたクリームパンを胃に詰め家を出た。
    何も満たされぬまま、家を出た。


    【習作】
    白石シリーズ三作目でございます。
    言い訳させていただきますと、ストックがなかった上に今日は朝イチから夜の二十二時まで徒歩移動と車移動と二時間の会議と二時間の会食と熱中症もどきの夏の大三角ならぬ夏の大惨事でして、というかまだ梅雨だしなんかもううん。
    変な時間に更新通知飛ばしてしまい、かたじけない。

    ↑
    不人気回だが私は好きだぞ、この話。
    自分で言うんじゃないよ、全く!

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    ハンドリガードって赤ん坊のアレだけどね。

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    ゆきお様・解説
    もやもやを解説!
    ありがたや。
    もやもやを描いたので、そのもやもやをさっぱり解決していただきました。

     
     
    ラブラドールの匂いで肺を満たしたいアラウンドサーティ。 9歳児に親育てされている本末転倒人間。 文字に嫌われた人間が、しつこく文字を掻き集める滑稽な姿を東京の片隅からお送りしております。 ※連載小説も基本的には一話完結として読める構成を目指しているので、おじけづくことなかれ。

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