
ちぐはくは話。
。いださくでん読で態状神精なともま⚠️
昨晩から降った雪は気づけば峠を越え、老婆が住む皇居外苑からほど近くにあるボクシングジムの門を多肉植物が叩いたことにより、混乱をトキメキに変えるには十分な距離であった。
門に残された赤青黄色のカラフルなトゲからは、さらに鮮明なビリジアン、カーネリアン、マリンブルーの体液が溢れだして、周りを異様な熱気と興奮で包んでいく。
それに対する剣闘士は、先ほど港についた遣隋使で、断る隙もなくそのリングにあげられた挙句OK牧場。オッズは5倍。観客は口々にサルサソースが足りないことや、自分の身内の不幸を嘆き、悲しみと冷静と情熱の間にその勝負は決したように思えた。
結果は誰もがわかりきっていると思っていたのとは逆の逆で、誰もが剣闘士の勝利を疑わないはずもない。そんな中、馬毛琴を引く男が、しならせるようにして、弓で剣闘士の尻を叩いた。呆然と立ち尽くす剣闘士の後ろ姿に浴びせられる罵詈雑言はいとをかし。遂には感極まって北守の峠に残した両親への思いや、ペットの提燈鮟鱇への思いを吐露したところ、期待に反して遣隋使が勝どきをあげたのも束の間、床の間、仏の座。坐位のまま失神した遣隋使は剣闘士に敗れ遣唐使になっていったのは言うまでもあるまい。
観客が去った有明コロシアムでは、さっそうとアリアナグランデが立ちあがり、盛大なレクイエムを奏でるのだ――。それは、まるでセレナーデ。いや、ボヘミアンラプソディーとでもいうべきか――。とはいえ目が覚めた遣隋使改め遣唐使。枕草子、古今和歌集を経て出家し。無事、有象無象との邂逅と後悔、すなわちナウマンゾウのお頭を持って掃除し、遡上。天下一武道会や両国国技館で修行を積んだ後、因縁の相手への壮大なリンベジを誓うのであった。
しかし時すでに遅し。剣闘士は八百長の疑いをかけられ八百万の神々が見守る中、九十九神との決闘を余儀なくされ、すでに虫の息となっていた。最後の力を振り絞った剣闘士の斬撃とも銃撃ともとれる寸劇は、九十九神の右斜め上をかすめとり、カスタードプディングのような滑らかな舌触りを持つトシヨロイヅカに変わり果てた。今にも力尽きそうな剣闘士を嘲笑うかのような九百九神のソフトタッチに悶絶する遣隋使であったが、そこに割って入るように遣唐使の怒りの叫び声がこだまでしょうか。いいえ、誰でも。そう言ったかとおもうと、九十九神は愛刀ボスニアヘルツェゴビナを再び持ち直し、復讐に燃える遣唐使の馬毛琴と鍔を合わせるのであった。
「セイタカアワダチソウの二の舞にしてやろう」
そう叫ぶ九十九神の鼻筋に二度三度、丁寧に会釈をしたかと思うと、遣唐使は矢継ぎ早に倭の国の使者と謁見し、御座候。私は抹茶より煎茶派だと言わんばかりの奥深い味わいが鼻筋を伝って流れたのがわかった。
「ソバージュとは生意気な!くせ毛め!」
通せんぼの勝くんと、似ても似つかぬそのモンゴリアンチョップは空を切るばかりで、もはやサイゼリアの看板メニューですらなかった。地に胸板をつけ倒れる朴訥な水墨画を見下ろす、その姿は、通天閣。まさに南大門でありカンジャンジケャンのようでもあった。
さて、3番手ですが、どうしてもこれがやりたかった。
分かる人はもうお分かりですね。
せーのっ!
なんのはなしですか?
コハクシスさんの企画(?)のパクリです。
是非読んでみてください。これ、すごくないですか?
人間の認知の曖昧さを利用した、絶妙に意味がありそうで意味のない、話が繋がっているようで全く繋がっていない、頭で場面を想像する度に、溶けていく。
まるで脳が溶けるような文学性・・・
そうか、脳溶文学だ・・・
どうしても、やりたくなってしまったので、やっちゃいました☆
元々奇々怪々な文章ですが、結構な数の誤植を入れてます。
ナンセンスものではあるんでしょうが、匙加減が非常に難しい!
私の場合は少し、話の断絶が弱かったかもしれない。
意味わからないなりに復讐ものとして見れなくもない。
いやー、でも。
言葉遊びみたいで楽しかった。
私と同じように脳溶文学に憑りつかれた被害者がもう一人…
きっとそのうとまたひとりと・・・
注意書きを無視した無謀な挑戦者が現れることだうろ・・・⚠️