雇用し、実務を通して育てる。ソニーGのアニメ制作会社がアニメーター育成の場を「スタジオ」にした理由【A-1 Pictures&CloverWorks】(前編)
近年、アニメ制作産業の労働環境については、マスコミ報道や機関調査などを通じて広く知られるようになってきた。とりわけ制作現場では労働環境の是正と人材育成が大きな課題となるなか、資本力があり業界上流に位置する大手企業グループのなかには、独自の改革を模索する動きも見られる。
今回は「ソードアート・オンライン」「ぼっち・ざ・ろっく!」など数多の人気作を手掛けてきた、ソニーミュージックグループ・アニプレックス傘下のA-1 PicturesとCloverWorksに直撃。両社は今年4月、アニメーターを志す学生の入口として作画スタジオ「FLINT BASE」を開所した。
それぞれに社内の育成体制があるなかで、あえて独立したかたちで立ち上げ、2年間の有期雇用で動画・作画の実務を通して育てる仕組みで、既に第1期社員が入社している。
なぜ新スタジオでの雇用という形を選んだのか。前編では、清水暁氏(A-1 Pictures/CloverWorks代表取締役社長)と岡本千尋氏(CloverWorks人材開発部部長)に、2社が分かれた経緯、志望者の就職意識、そしてFLINT BASEの発想の原点を聞いた。
取材・文:数土直志(アニメジャーナリスト)/企画・編集・撮影:吉岡知己(オタクリエイト代表)
■清水暁:株式会社アニプレックス 執行役員/株式会社A-1 Pictures 代表取締役執行役員社長/株式会社CloverWorks 代表取締役執行役員社長
■岡本千尋:株式会社CloverWorks 業務グループ人材開発部 部長/FLINT BASE 代表
アニプレックス傘下のスタジオ体制は?
――まずはスタジオの話と人材育成の話を伺わせてください。そもそもA-1 PicturesとCloverWorksは、ソニーミュージックグループ全体の中でどういう位置づけなのでしょうか。
清水暁氏(以下、清水):A-1 Pictures、CloverWorksはそれぞれ300人ずつぐらいいて、A-1 Picturesの中に最近「Psyde Kick Studio(サイドキックスタジオ)」というレーベルが立ち上がっています。そして今回、CloverWorksの中にFLINT BASEという育成のスタジオを新たに立ち上げました。
Psyde Kick StudioとFLINT BASEは、別ブランドのように見えますが、それぞれ会社の一部署という位置づけです。アニプレックスの作品を中心に、A-1 Pictures、CloverWorksでそれぞれ常時5タイトルぐらいを制作しています。
――なぜスタジオが2つあるのでしょうか。
清水:A-1 Picturesがアニプレックスの子会社として誕生したのが2005年です。A-1 Picturesの規模が大きくなって、意思決定を含めて小回りが利きづらくなってきました。当時、本社と高円寺スタジオで制作をしていましたが、2018年に高円寺スタジオがCloverWorksとして独立し、2つの会社に分かれました。
意思疎通のしやすさや風通しの良さなど、分社には色々な良い面がありました。スタッフの作りたい作品や仕事の取り方などにも差は出てきています。
――アニメスタジオは大きいほど効率的といった考え方もあると思います。
清水:重要なのは大きさではなく、スタジオが誰の意思で仕事を受託して進んでいくか、だと思います。方向性を示す人間がいるなら組織を分けてよいと思いますし、その人間がいないなら、大きな組織として運営することが良いかもしれません。A-1 PicturesとCloverWorksの分社にはそのような考え方がありました。
現在は両社とも当時より規模は大きくなり、制作体制も変化してきたので、結果的に、大きな組織ならではのスケールメリットも得ながら、多くのクリエイターが集まってくれています。今後もそれぞれに成長していきたいと考えています。
――Psyde Kick Studioの立ち上がりは、若手や新しいスタッフの力を生かすため、という形でしょうか。
清水:A-1 Picturesに長くいて『ソードアート・オンライン』『うたの☆プリンスさまっ♪マジLOVE』シリーズをプロデュースした加藤(淳)さんを中心に、その意思のもとで、作品選定から運営までをある程度独立した形でやっていくのがPsyde Kick Studioですね。
――制作の現場ではプロデューサーやディレクターの求心力が原動力ですか?
清水:求心力もですが、プロデューサーの「こういう作品を作りたい」という意思も大事だと思います。CloverWorksであれば、僕やプロデューサーが相談して決めていく、という形で、真ん中に立てる人がいるかどうかです。
現場が語る今どき”アニメーター志望者”の就職マインド
――今、アニメの業界を目指す方も多いですが、スタジオ志望者の方々はソニーグループ、アニプレックスというブランドを意識しているのか、それとも「A-1 Picturesだから」「CloverWorksだから」といった部分を意識しているのか、その違いはありますか?
清水:今のトレンドの作品を作っているスタジオに人が集まるのが、一番大きいと思います。
学生もいろいろな勉強をしているので、バックボーンや給与体系、労働環境などは当然加味していると思いますが、A-1 PicturesやCloverWorksは人気作品が多数あるので、それを作っているスタジオで働いてみたいというのが最初の原動力だと思います。
加えて、A-1 PicturesとCloverWorksはソニーグループの一員で、アニプレックスの子会社なので、労働環境に対する一定の安心感があることも、入りやすい要因になっているのではないでしょうか。
岡本千尋氏(以下、岡本):なんとなくアニメ会社に、というよりは、明確にCloverWorksに入りたい、A-1 Picturesに入りたいという理由で志望される方が圧倒的に多いと思います。
制作なのかクリエイターなのかによって違うとは思いますが、クリエイターはまずスタジオに就職したいという気持ちがあって、その上で「体制が整っていそう」とか「ソニーグループだったんだ」っていうところで、志望意欲が高まりやすいと思っています。
CloverWorksとA-1 Picturesが分かれたことによって、それぞれ傾向があるというブランディングにもなっていますし、「じゃあ自分はこっちの方が合いそう」といったイメージで選び分けて志望してくれている方が多いと感じています。
清水:今はアニメの視聴者の方々も、「このスタジオはクオリティが高い作品を作っているから見てみよう」とスタジオに注目して作品を選んでいただいていると思います。特に海外ではその傾向が顕著で、スタジオそのものがブランド化していると感じます。
岡本:CloverWorksの作品だから見てみようっていう反応は多いですね。
――昔は特にアニメーター職の転職が多かったですが、今の話を聞くと、長く勤めようという意識は強くなっているんですか。
岡本:そう感じます。だからこそ新卒採用ですよね。
清水:それは強くなっていると思います。
――ここ何年か、メディアやマスコミで「アニメ制作の就業環境はブラックだ」と言われていますが、そういう外部の方の声はアニメ業界に影響を与えたのでしょうか。
清水:労働環境を整えようという話は、近年になって急に始まったわけではありません。以前から課題意識を持っていて、社員化は進んでいます。一方で、全ての会社が同じ水準ではなく、なかには労働環境がまだ整えられていない会社もあります。今後も引き続き、多くの会社が労働環境を改善する取り組みを進めていくと思います。
新しく作った「FLINT BASE」ってどんなスタジオ?
――今までもA-1 PicturesとCloverWorksではアニメーターを社内で育成されていましたが、今回人材育成を目的にした別部署に分けています。しかも、他社では研究所とか、塾とか、教育という立てつけですが、今回は「スタジオ」としています。
清水:アニメスタジオは今までもOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)です。学校を卒業して入社しても、すぐに即戦力として活躍できるわけではありません。
各社いろいろと工夫を凝らして、私塾のようなかたちをとっているところもあります。ただ、自分たちは今までもOJTで人を育ててきていて、仕事をしながら覚えるという考え方なので、学費などをいただいて教えるという仕組みには、少し違和感がありました。
――制作現場と同じ場所で、教育を続けるイメージですね。
清水:学費などをいただいて教育する仕組みだと、「再来週オンエアの作品だからやってください」と本番の仕事を経験してもらうのは難しいです。でも、アニメの仕事は現場で覚えることが大きいので、雇用して、実際の作品制作に関わりながら学ぶことが、育成において重要だと考えました。FLINT BASEは、A-1 PicturesやCloverWorksとは少し違う給与形態で、2年間の有期雇用という形です。
岡本:学費を取らない育成体制にしたのは、FLINT BASEから巣立つときの姿が「プロのアニメーター」であることを育成の目標としていたからというのもあります。そうならばその環境は現場であるべきだと考えたんです。学ぶだけ、研修だけだとプロとは言えないと思っていますし、多くの方が専門学校などに2年間、3年間、4年間通ってきた上で、FLINT BASEに入ると思ったので、さらに塾に通うよりも仕事をさせてあげたいと思ったんです。



