
【2025】中国華南の国立大学でビジネス日本語を教えるということ
この大学にご縁を感じた理由の1つは、ビジネス日本語を担当できることでした。
私は日本語教師として、パートタイムも含めれば約10年の経験があります。
ただ、私のキャリアの中心は、ずっと日本語教育だけにあったわけではありません。
長く携わってきた本業は、中国での日系向けビジネスコンサルティングでした。
だからこそ今、中国の大学で日本語を教える立場になって、自分のいちばんの強みはやはりビジネス日本語にあると感じています。
日本語を教えられる人はいても、ビジネス、特に中国ビジネスまで含めて伝えられる人は、それほど多くないはずです。
学生たちに、言葉だけではない、ビジネスで使える日本語を届けられたらと思っています。
中国の日本語教科書
前任者が使っていた日本語教科書を、まず手に入れました。
本来なら、時間をかけて教科書を1冊ずつ吟味したかったところです。
ただ、着任したばかりの初年度は、そこまで余裕がありませんでした。
そこで次善の策として、最初の1年は前任者の教科書をそのまま引き継ぐことにしました。
少なくとも、学習者のレベルに合わない教科書を新たに指定してしまう失敗は避けられる。
そう考えての判断でした。
中国の大学には、日本人教師が一定数います。
ただ、担当の分けられ方には、ある程度の傾向があります。
一般に中国人教師は、初級、初中級、文法を担当します。
一方、日本人教師は、中級以上、会話、作文を担当することが多いです。
この大学でも、基本的にはその流れに沿っていました。
具体的には、日本人教師は主に2年生以上の授業を担当します。
3年生になると、少なくともN2レベルに達している学生が多数派になります。
そのため、3年生の授業は日本人教師が日本語で進めても、ほとんど問題はないと聞きました。
国立大学の大教室
ビジネス日本語は、4年生向けの選択科目です。
この大教室に立っていると、ふと昔のことを思い出します。
30年ほど前、私はこうした教室で授業を聞く側にいました。
そして20数年前には、今度は話す側として教壇に立ったこともあります。
もっとも、そのころの授業は黒板とチョークが当たり前でした。
今はパワーポイント(以下パワポ)とマイクがあります。
板書の手間は減りましたが、スライド作りや機材の扱いには慣れが必要で、授業準備には思った以上に時間がかかります。
しかも大教室では、文字サイズを大きくしても、後ろの席の学生にはまだ小さいようです。
今の学生は、スライドをスマートフォンで撮影し、写真を拡大しながら読んでいます。
なるほど、と感心する反面、それで授業のテンポが少し落ちることもあります。
時代は変わっても、学生に前の方の席へ自然に座ってもらう工夫は必要なのだと感じました。
イソップ寓話の「北風と太陽」でいえば、私が選びたいのは太陽の方法です。
強く促すのではなく、学生が自分から前の席に座りたくなる。
そんな工夫がないものかと、今も考えています。
パワポとマイクになっても必要な板書
大教室では、どうしても後ろの方に座る学生が少なくありません。
そのため、見やすさを考えると、パワポのフォントだけでなく、板書の文字もできるだけ大きくする必要があります。
私自身、黒板にはかなり大きめの字を書くようにしています。
授業内容は、まだまだ試行錯誤の途中です。
少し稚拙に見えるところもあるかもしれませんが、現場の様子として共有してみたいと思います。(写真1参照)

教科書の内容に関連して、この日は自分の得意分野でもある中国就労ビザの話もしました。
「ビジネス日本語」で使っている教科書は、中国語で『国際商務実用日本語』といいます。
第1課の最後には、専門用語がさらっと紹介されていました。
こうした用語を見て、みなさんはどんな印象を持たれるでしょうか。(表1参照)

国際貿易に関わったことがある方や、商社で働いた経験のある方にとっては、難しい内容ではないでしょう。
ただ、日本語専攻の学生で、経営学や経済学の基礎知識がないことを前提にすると、これはかなり難しい内容だと感じました。
授業時間には限りがあります。
そのうえ、実務ではそれほど頻繁に使わない用語も含まれていました。
そこで今回は、スライド4枚を使って、できるだけかみ砕いて説明しました。
D/PやL/C(支払い条件)まで十分に説明するところまでは届きませんでしたが、せめてPO(注文書)くらいは学生たちの頭に残したい。
そんな思いで授業をしていました。
「ビジネス日本語」で教科書に出てくる専門用語を、できるだけかみ砕いて分かりやすく教えられるようになること。
それは、もちろん大切です。
ただ一方で、中国で長く社会人経験を積んできた今でも、私は中国ビジネスを十分に理解しているとは言い切れません。
だからこそ思うのです。
ビジネス日本語を教えるというのは、単に言葉や用語を説明することではなく、仕事にどう向き合うかまで含めて伝えることなのではないかと。
まだまだ自分でも実践できているとは言えません。
それでも、セカンドキャリアとして日本語教師をしたいと思ったのは、これまでの経験を通して自分なりに見えてきたことを、何らかの形で次の世代に伝えたかったからです。
一生勉強とは
ネットで調べものをしていたとき、福沢諭吉に結びつけて語られる「一生勉強」という言葉が目に留まりました。
言い換えれば、これは今でいう生涯学習に近い発想なのかもしれません。
教育の世界に戻ってみると、学ぶことは若い人だけのものではないと感じます。
少子高齢化が進む時代だからこそ、なおさらそう思うのかもしれません。
年を重ねても、好きなことを学びながら生きていけるなら、それはとても幸せなことです。
ちなみに中国にも、これに通じる表現があります。
たとえば「学無止境」や「学海無涯」です。
福沢諭吉や渋沢栄一が、こうした中国語の表現から直接影響を受けたとまでは言い切れません。
ただ、学びに終わりはないという感覚は、時代や国を超えて共有されてきたのだと思います。
繰り返しになりますが、これは私がセカンドキャリアとして日本語教師を志した原点ともいえる思いです。
忘れないためにも、ここに書き留めておきたいと思います。
一生勉強。
それは学生たちのためだけの言葉ではなく、私自身を励ます言葉でもあります。
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