
やめたい、と今日も思った。それでも朝、船は出す
潜って、獲って、船に上がる。
市場へ向かう船は昔よりずっと軽くなりました。
僕は潜水漁師をしています。
獲るのは貝類です。大アサリ、平貝、ミル貝。
その貝が、かなり減って
います。
量は4分の1、値段は倍
漁獲量は、昔の1/3〜1/4くらいまで減りました。
魚や貝の値段は上がったとはいえ、上がってもせいぜい倍くらいです。
量が4分の1で、値段が倍。
かけ算をすると、売上は半分ほどになります。
これは、うちの港だけの話ではありません。
日本の漁業全体の生産量は、1984年の1,282万トンがピークでした。今は、その3分の1ほどです。海面漁業の漁獲量だと、ピークの4分の1くらいまで減っています(水産庁の統計)。
安かったから、獲るしかなかった
なぜ、こんなに減ってしまったのか。
昔は、魚も貝も安かったです。
安いから、たくさん獲らないと生活できませんでした。獲る量で稼ぐしかなかったんです。
その結果、獲れる量は減ってきました。
「昔から制限していれば」と思うことはあります。
でも当時、あれだけ安く買われていた中で制限していたら、それこそ食べていけなかった。
漁師が好きで獲りすぎた、という単純な話ではありません。
制限しても、減っていく
漁獲制限もしています。
それでも、どんどん減っていくのが現状です。
相手は自然です。獲れなくなってきた現状を、漁師ひとりの力では変えられません。
経費だけは、上がっていく
量が減って売上が下がるところに、経費の上昇が重なります。
船の油の価格が上がりました。エンジンなどの価格も上がっています。
出漁すれば、獲れるかどうかに関係なく経費はかかります。
水産庁の資料でも、油にかかる費用は沿岸の個人漁業で支出の16%ほどを占めるとされています。その価格が上がっても、上がった分を魚や貝の値段にそのまま上乗せはできません。
店で値段を見ると、毎回驚く
自分が浜で売った貝が、店でいくらで売られているか。
見ると、毎回驚きます。
正直に言うと、「ぼったくりかよ」「こんな値段、誰が食うんだよ」と思っています。
もちろん、運ぶにも店に並べるにも費用はかかります。
でも、消費者は「魚や貝は高くなった」と感じていて、漁師にはその分が届いていない。払う側は高く感じて、獲る側には残らない。この状態は、誰が得をしているのか分かりません。
やめたい、と思いながら
正直に書くと、できれば漁はやめたいです。
本当なら、家族のためとか、子どもたちにかっこいい姿を見せたいからとか、そういう理由を書くんだと思います。
でも、実際はそんなきれいな理由じゃありません。
15年続けてきたものを、スパッとやめることはできないんです。
ある程度の生活水準を保たないと、家族との暮らしが成り立ちません。今から全部やめて、新しく何かを始めるのも簡単なことではありません。
だから、漁を続けながら、別の収入を少しずつ増やしています。
このnoteを書いているのも、その一つです。
増やしたいのは、お金だけじゃありません。家族との時間です。
2025年の夏、僕は海で死にかけました。そのとき走馬灯で見たのは、妻と子どもたちの顔でした。あの日から、もっと家族のそばにいる時間を作りたいと思うようになりました。
漁をやめることはできなくても、漁だけに頼らない形なら作れるかもしれない。そのために、続けながら、少しずつ変えている最中です。
劇的に何かが変わる話ではありません。
でも、昨日あなたが買ったその魚も、どこかの港の、こんな一日から届いています。
次は、船を1日出すのに、いくらかかるのか。その話も、いつか書こうと思います。
その話を書きました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。