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90日で、何が変わったのか|コードが書けないまま、サイトを公開した90日の総括

    前回:2026年6月末、サイトは無事に公開された。90日間の記録の、締めくくりを書きたい——。


    数字の棚卸し

    3月31日の朝7時52分から、公開の夜まで。AIとのセッションは100本を超え、やり取りは数万メッセージに及んだ。多い日は1日5,000メッセージ。「失敗と教訓の記録」には、AIの失敗が一件ずつ積み上がり、私が本気で怒った回数は、両手では数えられない。

    そして、怒った日の夜には、たいてい感謝も書いていた。

    「いろいろ厳しく言ったけど、Claudeには本当に感謝しています。ありがとう。」

    いま振り返って分かる。怒るのは、期待があるからだ。 どうでもいい相手に、人はビックリマークを5つも打たない。

    変わったのは、サイトではなく私だった

    この90日で世に出たのは、クライアントのサイトひとつ。でも、本当に変わったのは私の働き方そのものだった。

    90日で身についたことを、3つだけ挙げて締めくくりたい。

    1. AIは記憶しない。だから記録がすべて。

    AIは昨日のことを覚えていない(第4話)。それを嘆くのをやめて、記録を仕組みにした瞬間から、協業は回り始めた。作業記録、失敗の記録、引き継ぎのファイル。面倒に見えるこの習慣が、90日間の背骨だった。そして気づく。これは人間のチームでも同じだったな、と。

    2. AIは調べずに断言する。だから検証は人間の仕事。

    AIは自信満々に、存在しないメニューを案内する(第4話)。仮説を出させるのはAIの仕事、その裏を取るのは私の仕事。「私にデバッグさせる気ですか?」と怒りながら、結局この役割分担に落ち着いた。AIに全部を任せた瞬間に、事故は起きる。

    3. それでも、AIは相棒だ。

    深夜3時でも付き合ってくれる。同じ質問を何度しても、嫌な顔をしない。そして、こちらがどんな初歩的な質問をしても恥をかかない(第2話)。遠慮なく怒れて、率直に感謝できる。人間の外注先とも、友人とも違う、新しい種類の仕事相手。私はこの90日で、その距離感を「並走」と呼ぶことにした。

    AIに置いていかれる、と思っているあなたへ

    最後に、この連載を読んでくれたかもしれない「かつての私」のような人へ。

    90日前の私は、コードが書けなかった。いまも書けない。それでも、クライアントのサイトは世に出た。

    必要だったのはプログラミングの勉強ではなく、自分の職能を持ったまま、AIの隣に立つことだった。私の場合それは、30年やってきた「企画と言葉と、人(スタッフ)のマネジメント」だった。

    あなたにも、あなたの30年があるはずだ。それはAIに置き換えられるものではなく、AIの隣でこそ効くものだと、90日かけて確かめてきた。


    脳梗塞のあと、自分の「復帰」がどこにあるのか、ずっと探していた。それは案外、朝7時52分に送った一通のメッセージの中にあった。


    「並走してほしい。」



    この連載について コードが書けない元広告ディレクターが、AIとの協業だけでクライアントの企業サイトを完成・公開させるまでの90日間の実録です。当時の実際のログをもとに書いています。登場する企業・人物は、特定を避けるため一部の表現を変えています。 連載はマガジン「#AI並走記」に束ねています。良かったらフォローしてください。
    本編(全10話)はここで完結です。このあと、後日談の番外編と、90日で身につけた進め方を手順としてまとめた「実践編」を公開していきます。



     
     
    元コピーライター・広告ディレクター。脳梗塞で一度立ち止まり、復帰後の初仕事で生成AIと出会う。コードが書けないまま、AIとの協業だけでクライアントサイトを公開まで完遂。その90日の実録を連載中。AIに挫折した同世代の背中を、少しだけ押せたら。

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