
哭きの禿2026――シカゴの帝王、トシイチ九・七五分の地獄待ち
――孫正義、ウォール街の金貸しに囲まれる
文・武智倫太郎(週刊バブルウォッチ編集長)
予測が外れたかと思ったら、そして半値になった
2026年10月19日、私はソフトバンクグループ(SBG)の株価が再び急落し、AIバブル崩壊を象徴する日になる可能性があるという予測を発表した。
ところが、19日のSBG株は前週末比2.00%安の4,845円で取引を終えた。決して好調な値動きではなかったものの歴史的な大暴落にはならず、株価は何とか4,800円台を維持していた。
ところが、翌20日になると、SBG株は前日比6.01%安の4,554円まで下落し、取引時間中には4,520円を付けた。
6月2日の年初来高値9,074円の半値は4,537円だから、ついに取引時間中に半値を17円下回ったことになる。それでも終値では半値を17円上回り、翌21日には4,622円まで反発した。
ここで、孫正義を信じて買い向かった投資家の中には、『やはり孫さんは持っている。あの暴落は一時的な調整にすぎなかった』と胸をなで下ろした人もいたことだろう。
ところが、驚くべきことに……!
10月22日、SBG株は前日比317円安、6.86%安の4,305円で取引を終えたのである。

年初来高値9,074円からの下落率は52.56%。今度こそ、終値でも明確に半値を割ってしまった。
しかも、19日の終値4,845円から22日の終値4,305円まで、わずか三営業日で540円、約11.1%も下落している。
私は19日の暴落を予測したのだが、実際の市場では19日に小さく下げ、20日に大きく下げ、21日に一度反発したかと思えば、22日にはさらに大きく崩れるという展開になった。
これを麻雀に例えるなら、リーチを掛けた直後には当たり牌が出ず、いったん流局かと思わせておいて、次の局でいきなり地獄待ちの牌を自摸ってくるようなものである。
しかも、孫正義が自摸ってきたのは、發でも白でも中でもなかった。
半値割れ。
そう、この局面の流れは、もはや禿にはなかった。
株価の半値割れ自体が借入契約違反を意味するわけではない。しかし、相場の流れが悪くなると、それまで投資家が気にも留めなかった数字が、突然、恐ろしい意味を持ち始める。
SBGの社債利率9.75%
そして、コアウィーブ(CoreWeave【CRWV】)の社債市場利回り約16%!
この二枚の牌が、すでに卓の中央に置かれていたのである。
そのとき、卓の下から一人の男が現れた。
『孫はん、ずいぶん派手に負けてはりますなあ。ところで、ちょっとお金の話、させてもらいまひょか』
男の名前は、マージン・コールマン。
アメリカ中西部、シカゴの金融街ラサール・ストリートで、ケチな金貸しを営むという、見るからに胡散臭い男だった。
シカゴの帝王、登場
シカゴといえば、世界有数の先物取引の中心地である。農産物から金融商品まで、ありとあらゆる将来の価格が売買され、レバレッジを掛けて一獲千金を狙う連中が集まってくる。
かつてシカゴは食肉加工業でも栄えた街だったが、現代の金融街では牛や豚ばかりではなく、投資家の含み益まで見事な手際で解体される。
そのラサール通りの地下に、会員制の麻雀クラブがあった。
表の看板には『CHICAGO FUTURES & CREDIT』と書かれている。店内には高級な麻雀卓が並び、壁には巨大な液晶ディスプレーが取り付けられ、株価指数、米国債利回り、CDSスプレッド、為替レートなどが休むことなく表示されていた。
ただし、普通の雀荘と決定的に違うところが一つある。
この店では、負けても現金を払う必要がない。
負けた金額はすべて借用書に記入され、翌月から利息が付く仕組みになっているのである。
卓の奥には、黒いスーツに身を包んだ男が座っていた。白髪交じりの髪を七三に分け、胸ポケットには金色の万年筆、手元には電卓と契約書。いかにも金融街の古参といった風貌だが、なぜか話す言葉だけはコテコテの大阪弁だった。
『孫はん、お初にお目にかかります。ワシ、シカゴでケチな金貸しをやっとります、マージン・コールマンいう者ですわ』
孫正義は、相手の顔より先にテーブルに置かれた契約書を見た。
『いくら貸してくれるんだ?』
『まあ、うちらの商売は小口専門でしてな。せいぜい百億ドル、二百億ドル程度のケチな話ですわ』
『それはありがたい! ちょうど次の投資案件を考えていたところなんだ』
『ほう、またAIでっか。孫はんも好きでんなあ。ところで、うちの金利は年9.75%でっせ』
『9.75%!? ほとんど一割じゃないか!』
『何をおっしゃいますねん。大阪のミナミには、十日で一割取るトイチいう商売があるそうでんな。ワシらは一年で一割にも届かん、実に良心的な金貸しですがな。トイチやのうて、トシイチですわ』
『トシイチ?』
『そう、年に一割。正確には九分七厘五毛。昔の金貸し風にいうたら、九分七厘五毛のトシイチでんな。二厘五毛も勉強させてもろうとるんですわ』
十日で一割と一年で9.75%では、実際の金利負担は桁違いである。しかも、トイチを一年間複利で回したら、年利数千%という恐ろしい数字になる。
それに比べれば年9.75%という金利は、たしかに随分と良心的に見える。
もっとも、金利の比較対象が最初から闇金という時点で、すでに何かがおかしい。
四十五億ドルのトシイチ
ここで、念のため実際の数字を確認しておこう。
SBGは2026年9月24日、米ドル建て100億ドルとユーロ建て10億ユーロ、合計約111億ドル相当の社債発行条件を公表した。
ドル建て社債の年利は、2030年満期が8.625%、2032年満期が9.25%、2034年満期が9.75%である。
特に2034年満期の45億ドル分については、年利9.75%という条件が付いている。
45億ドルに9.75%を掛けると、年間の表面利息は4億3,875万ドルになる。1ドル150円で換算すれば約658億円である。
しかも、この社債は半年ごとに利息を支払うので、一回当たりの支払いは2億1,937万5,000ドルとなる。
これだけでも結構な金額だが、今回は2034年満期分だけの話である。他のドル建て社債やユーロ建て社債にも、それぞれ利息が付いている。
もちろん、実際の社債は市場を通じて複数の投資家が購入するものであり、シカゴの怪しげな金貸し一人から45億ドルを借りたわけではない。
それでも、社債を買う側から見れば、孫正義の将来構想がいくら壮大でも、契約に記載されている利息と償還条件が重要なのは当然だろう。
さて、麻雀卓では、コールマンが電卓を叩き始めていた。
『孫はん、45億ドルを年9.75%で借りたら、年間の利息が4億3,875万ドルでっせ』
『それくらい、AIが普及すれば簡単に回収できる!』
『そら結構な話ですな。ほな、半年ごとの利払日に2億1,937万5,000ドル用意しといておくんなはれ』
『だから、AIが完成すれば……』
『孫はん、AIが完成するんは何年何月でっか?』
『それは技術の進歩による。2028年かもしれないし、もっと早いかもしれない』
『ほう。そしたら2030年には、人間の知能を超えるかもしれまへんな』
『もちろんだ!』
『で、その超知能いうのは、利息を払うてくれますの?』
『AIは人類のすべての産業を変える!』
『そら素晴らしい。せやけど孫はん、ワシが聞いとるんは、産業革命の話やおまへん。利息の支払日に、どこの銀行口座から何ドル振り込んでくれはるんか、いう話でんねん』
コールマンは、そう言いながら契約書の利払日を指で叩いた。
『未来は変えられても、契約書の日付は勝手に変えられまへんで』
發はOpenAI、白はArm、中はDEBT
そのとき、孫正義の手牌が大写しになった。
〖發〗〖發〗〖發〗…ポンっ!
〖白〗〖白〗〖白〗…ポンっ!
〖中〗〖中〗…。
手元には、まだ何枚かの数牌が残されている。
發は〖OpenAI〗。白は〖Arm〗。そして中は〖DEBT〗、つまり借入金である。
孫正義の打ち筋は、これまで一貫していた。将来価値が高まると信じた事業へ巨額投資し、その価値が上昇すれば、保有資産を活用してさらに大きな投資を行う。
アリババで一度は大勝した経験があるだけに、この打ち方は簡単には変えられない。
『發をポンっ!』
OpenAIへの出資を積み増す。
『白をポンっ!』
Armの価値に期待する。
そして〖中〗を引く。
〖DEBT〗…借入金。
孫正義は一瞬だけ手を止めたが、その牌を手元に加えた。
『これで大三元が見えてきた。AIが世界経済の20%を占めるようになれば、今の投資額など大した問題ではない』
卓を囲む金融屋たちは、誰も驚かなかった。
孫正義が目指しているのは、数千億円を稼ぐ程度の小さな上がりではない。数兆ドル規模の産業を作り、世界中の企業価値を根本から塗り替えるという、桁外れの役満である。
しかし、役満を狙っているからといって、必ず上がれるわけではない。
ましてや、相手がいつ何を切るのか分からない麻雀ならともかく、社債の利払日には予定どおり支払義務が生じる。
コールマンが、何食わぬ顔で一枚の牌を切った。
『ほな孫はん、こちらからも一枚。利払い日、でっせ』
見慣れない牌だった。
そこには、〖APR 1 / OCT 1〗と刻まれている。
孫正義は眉をひそめた。
『そんな牌、麻雀にはないだろう!』
『そらそうでっしゃろ。麻雀は運が良ければ払わんで済みますけど、こっちは契約で決まっとりますさかい』
ウォール街から来た十六%の男
そのとき、雀荘の扉が開いた。
『コールマンはん、えらい安い金利で商売してまんな』
入ってきたのは、ニューヨークのウォール街で債券を売買しているという、ボンド・マクシマムだった。
こちらは一見すると普通の金融マンで、身なりも上品である。ただし、左手には分厚い債券価格表を抱え、右手には、どこで仕入れたのか分からない債務不履行確率の計算表を持っていた。
『何や、マクシマムはん。ニューヨークからシカゴまで、わざわざ何しに来たんや?』
『孫はんに、ちょっと面白い話を持ってきたんですわ』
『面白い話?』
『最近、コアウィーブいうAIクラウド会社の2031年満期社債が、市場で一時16%近い利回りを付けましてな』
『じゅ、十六%!?』
さすがのコールマンも、電卓を叩く手を止めた。
コアウィーブ(CoreWeave)といえば、NVIDIA製のGPUを大量に調達し、MicrosoftやOpenAIなどに計算能力を提供しているAIインフラ企業である。
同社は巨額の契約残高を抱える一方、借入金も約500億ドルに達していると報じられている。
2026年10月、同社の社債価格が急落し、一部の社債の流通市場利回りが16%近くまで上昇した。
ただし、これはコアウィーブが新たに16%の金利で借入契約を締結したという話ではない。発行済みの債券が値下がりした結果、その価格で購入した投資家にとっての市場利回りが高くなったという意味である。
『コールマンはん、あんさんの9.75%も結構でっけど、今の市場には16%いう数字が出てきとるんですわ』
『そらまた、えらいことになっとりますな』
『しかも、CDSまで一時1,000ベーシスポイント前後に上がったいう話です』
『ベーシスポイント?』
『100ベーシスポイントが1%やから、1,000なら10%相当のスプレッドいうことですわ。ただし、これを倒産確率10%と勘違いしたらあきまへん。信用リスクを移転するための市場価格の話です』
孫正義は、聞き慣れた言葉が並んでいることに安心したのか、再び牌を握り直した。
『コアウィーブとSBGでは企業価値もビジネスモデルも違う。簡単には比較できない!』
『おっしゃるとおりでんな。SBGの2034年満期社債は年9.75%の表面金利、コアウィーブの16%は市場利回り。違う債券の違う数字を並べて、同じ信用リスクやと言うたら、それこそ金融屋失格ですわ』
マクシマムは、にやりと笑った。
『せやけど孫はん、うちら金貸しが気にしとるんは、AIがどれだけ賢くなるかやおまへん。次に借り換えるとき、投資家が何%の利回りを要求するようになっとるか、いうことなんですわ』
そこでコールマンが口を挟んだ。
『せやせや。ワシらにとって大事なんはAIの知能指数より、借り手の信用力でっさかいな』
『それにしても十六%とはなあ。コールマンはんのトシイチが、まるで銀行の住宅ローンみたいに見えてきますな』
『アホ言いなはれ。住宅ローンに9.75%も取ったら、客が逃げてまうわ』
二人の金貸しは、顔を見合わせて大笑いした。
孫正義だけが笑わなかった。
GPUは新しくなる。借金は古くならない
ここで、もう一つ厄介な問題がある。
AIデータセンターの主要設備であるGPUは、世代交代が激しい。新しい半導体が登場して演算性能や電力効率が改善すれば、古いGPUの市場価値が想定より早く低下する可能性がある。
もちろん、古いGPUでも仕事ができる場合はあるし、最新のGPUにすべて置き換えなければならないわけではない。しかし、設備を購入した当初の価格で、いつまでも同じ収益が得られるという保証はない。
2026年10月14日、調査会社ガートナーは、現在の投資ペースが続く場合、2030年末までに3.5兆ドル超のAIインフラ投資が減損リスクにさらされる可能性があると警告した。
これは確定損失ではなく将来の条件付き予測だが、AIインフラの投資回収について、重大な疑問を投げかける数字である。
マクシマムは、卓の端に置かれていたGPUの模型を持ち上げた。
『孫はん、このGPU、いくらで買いはりました?』
『それは最新型のAI半導体だ。今後何年も計算能力を提供できる』
『ほう。それは結構なことですな。ところで、二年後に新型が出たら、これ、なんぼで売れますの?』
『計算需要が増えれば、古いGPUにも市場がある!』
『そらあるかもしれまへんな。ほな、仮に値段が半分になったら、借金も半分にしてもろえますの?』
『そんなことはない!』
『でしょうなあ。GPUの値段が下がったいう理由で、社債の額面が勝手に減るわけやおまへんからな』
コールマンは、その話を聞きながら、再び電卓を叩いていた。
『孫はん、GPUは毎年新しくなるんでっしゃろ?』
『当然だ! 半導体の進歩は止まらない!』
『なるほど。ほな、借金はどうでっか?』
『借金?』
『借金の方も毎年新しい技術で、勝手に軽うなってくれたらええんですけどなあ』
そのとき、卓上のディスプレーに大きな文字が表示された。
COLLATERAL VALUE DOWN
担保価値下落。
続いて、別の文字が点滅する。
REFINANCING COST UP
借換金利上昇。
さらに、その下に小さく表示された。
INTEREST PAYMENT DUE
利払い期日到来。
マクシマムがつぶやいた。
『これが怖いんですわ。資産の値段は市場が決める。金利も市場が決める。ところが、契約で約束した元本と利息は、市場で資産の値段が下がったからいうて、勝手に減るもんやおまへん』
孫算、ついに金貸しの世界へ
孫正義は、話題を変えようとした。
『君たちはAIの将来性を過小評価している。これからはロボットが人間の仕事を代替し、AIエージェントが自律的に新しいAIエージェントを作り出す時代になるんだ!』
『ほう、面白そうな話でんな』
『私はアメリカのアライドという警備会社の買収も検討している。警備員の仕事をAIロボットが担うようになれば、巨大な市場が生まれる!』
この買収は実際に2026年10月16日に報じられたもので、約180億ドルという金額が伝えられている。ただし、交渉は初期段階で、買収価格も成立も確定していない。
そこでコールマンが尋ねた。
『ところで孫はん、警備員がロボットになったら、どうなりますの?』
『一人の人間が1,000体のAIエージェントを使えるようになる!』
『ほう、千人力でんな』
『しかも、そのAIエージェントが自分で子エージェントを作り、さらにその子が孫エージェントを作れば……』
孫正義の説明を聞いているうちに、コールマンの電卓に異常な数字が表示され始めた。
770,000。
770,000,000。
770,000,000,000。
7,700,000,000,000。
『な、なんやこの数字!』
『これがAIの指数関数的成長だ!』
『孫はん、ちょっと待っておくんなはれ。最初は警備員の人数やったはずでっしゃろ。それが、いつの間にか兆単位のAIエージェントになっとりますがな』
『それが孫算だ!』
『なるほど。ほな、その孫エージェントにも利息を払うてもらえますの?』
『利息?』
『せっかく七兆七千億もおるんやったら、一体ずつから一ドル集めるだけで、七兆七千億ドルになるやおまへんか』
孫正義は黙り込んだ。
コールマンは続けた。
『ワシら金貸しも、これからはAIを使わなあきまへんな。一人の金貸しが千人のAI金貸しを作って、その子がまた千人作ったら……』
『おい、それは何のためのAIなんだ?』
『決まっとりますがな。借り手に返済の催促をするためですわ。しかも、七兆七千億人分のAIが一斉に電話を掛けたら、さすがの孫はんでも、電話に出る暇がなくなりまっせ』
『そんなことをしたら、人類がAIに支配されてしまう!』
『孫はん、あんさんがさっき言うてはったんと、どこが違いますのや?』
地獄待ちの一筒
いよいよ対局は終盤に入った。
孫正義の手には、發の刻子、白の刻子、中の対子が揃っている。大三元を狙える形である。
だが、最後に足りない中が来ない。
対面のコールマンは、ニコニコしながら牌を並べていた。
その手元には、いかにも怪しい一筒が一枚だけ残されている。
よく見ると、牌の丸い模様の中に〖9.75%〗と刻まれていた。
孫正義は、その牌を見た瞬間に何かを悟ったようだった。
『それは……』
『そうですわ。トシイチ九・七五分。うちらの切り札でんねん』
『そんな牌が麻雀にあるわけない!』
『そら普通の麻雀にはおまへん。けど、この卓は金融麻雀でっさかい』
孫正義は、ついに中を自摸った。
大三元。
役満である。
『ツモ!』
ところが、コールマンはまったく動じなかった。
『お見事ですなあ、孫はん。さすが世界の大投資家や。AIの未来に役満を張って、見事に自摸りはりましたな』
『そうだ! これが私の勝負勘だ!』
『ほな、役満の点数はお支払いしますわ。ところで、孫はん……』
コールマンは胸ポケットから金色の万年筆を取り出すと、テーブルの上に一枚の紙を置いた。
INTEREST PAYMENT NOTICE
利息支払通知書。
『麻雀の勝ち分と、社債の利息は別勘定でっせ』
孫正義は、手元の發、白、中を見つめた。
〖發OpenAI〗〖白Arm〗〖中DEBT〗
確かに大三元は完成していた。
しかし、卓の向こうでは、金貸しがすでに次の計算を始めている。
『孫はん、次はいつ借りはりますの?』
『……何?』
『まだ投資したい会社が、ぎょうさんあるんでっしゃろ?』
『もちろんだ。AIはまだ始まったばかりだ!』
『そら頼もしい。ほな、次の融資の条件も相談しまひょか』
その瞬間、マクシマムが一枚の牌を卓上に叩き付けた。
16%
『コールマンはん、次の勝負はワシにも参加させておくんなはれ』
『マクシマムはん、またえらい高い牌を持ってきはりましたな』
『何をおっしゃいますねん。今の市場が付けとる値段でっせ』
ここでコールマンが、初めて真顔になった。
『せやけど孫はん、心配せんといておくんなはれ。うちらは金貸しですけど、別にAIが失敗することを願うとるわけやおまへん』
『そうなのか?』
『そらそうですわ。孫はんのAIが大成功して、会社がどんどん大きなったら、ワシらも安心して金を貸せますさかいな』
『やはり君たちもAIの未来を信じているんだな!』
『もちろんですわ。AIの未来も、孫はんの才能も、よう信じとります』
コールマンは満面の笑みを浮かべ、契約書を差し出した。
『ただし、信用しとるんと、無担保でタダ同然の金利で貸すんは、まったく別の話でっせ。』
哭きの禿、最後の自摸
今回登場したマージン・コールマンやボンド・マクシマムは、架空の金貸しである。実在する金融機関の関係者が、このような会話を孫正義と交わしたという事実はない。
しかし、SBGが45億ドルの2034年満期社債を年利9.75%で発行したことも、コアウィーブの2031年満期社債が一時16%近い市場利回りを付けたことも、実際の金融市場で起きたことである。
さらに、10月19日に4,845円だったSBG株が、22日には4,305円となり、6月の高値から52%を超える下落となったことも事実である。
二つの社債の金利は性質も意味も異なり、SBGの株価下落だけで同社の返済能力を判断することはできない。しかし、AI産業に必要な巨額の資金を調達するために、どの程度の利回りを投資家へ提示しなければならないのかを考える材料にはなる。
AIが人類史上最大の技術革命になる可能性は、私も否定していない。
孫正義が本当にスーパーインテリジェンスを実現し、その技術によって世界の生産性が飛躍的に上昇するのであれば、それは素晴らしいことだろう。
ただし、技術が成功することと、その技術を開発するために投じられた資金が、すべて投資家へ利益として戻ってくることは同じではない。
まして、AI関連の巨額資金調達で9.75%という表面金利や16%近い市場利回りが登場する世界では、将来の大成功を期待するだけでは投資計画が成立しない。
ここで、シカゴの帝王がもう一度登場する。
『孫はん、最後に一つだけ聞かせておくんなはれ』
『何だ?』
『人類を超える超知能いうのは、いつ完成しまんねん?』
『それは分からない。しかし、そう遠い未来ではない!』
『ほう、そら楽しみですなあ。ところで、その超知能が完成したら、世界中の人間より賢いんでっしゃろ?』
『もちろんだ!』
『そしたら、ワシら金貸しの商売も、全部AIに任せられまんな』
『当然だ。金利の計算も、信用審査も、資産評価も、すべてAIが処理するようになる!』
コールマンは、うれしそうにうなずいた。
『いやあ、孫はん。そらホンマに素晴らしい時代が来ますなあ。ワシなんぞ、もう働かんで済みますわ』
そして最後に、こう言った。
『せやけど孫はん、スーパーインテリジェンスが完成する前に、ひとつだけ教えといたりまっさ』
『何だ?』
『どんなに賢いAIでも、支払期日に現金がなければ、金貸しには勝てまへんで。』
孫正義は黙って、自分の手牌を見つめていた。
發、白、中。
役満を自摸ったはずなのに、なぜか勝った気がしない。
そして、卓の向こうではマージン・コールマンが、次の融資契約書を用意していた。
『孫はん、次もトシイチでよろしゅうおまっか?』
今度はマクシマムが横から口を挟んだ。
『コールマンはん、そないな安い金利で商売しとったら、ウォール街では生き残れまへんで』
コールマンは、ちらりと孫正義の顔を見た。
『まあ、ええやおまへんか。孫はんは上客でっさかい。何しろ、ワシら金貸しよりも、ずっと大きな夢を見てはるお人や』
最後の一枚が、静かに卓へ置かれた。
そこに刻まれていたのは、發でも白でも中でもなかった。
DUE DATE――支払期日。
コールマンは、その牌を指先で軽く叩いた。
『孫はん。あんさんがどんな役満を自摸るかは、神さんにしか分かりまへん』
そして、一呼吸置いてから、こう続けた。
『せやけど、利息を取り立てる日は、神さんに聞かんでも契約書に書いてありますねん』
※本作は、2026年10月22日までの公開情報を題材にした金融風刺フィクションです。登場する金貸し、会話、麻雀の場面はすべて創作です。社債の表面利率と流通市場利回りは異なる概念です。