メインコンテンツへスキップ
見出し画像

書籍化してわかった。創作は、“書く力”より先に受け身”を知らないと続けられない|書籍化ログ(#創作論 #Web小説 #note #エッセイ#マインドセット #メンタル)

    創作って、自分を表現するものだと思っていました。

    自分の好きなものを書いて、
    自分の世界を形にして、
    誰かに届けるもの。

    だから私はずっと、
    創作で大切なのは、

    ・書く技術
    ・センス
    ・発信力
    ・マーケティング

    そういう“前に出る力”なのだと思っていたんです。

    でも、書籍化を経験して、考え方が変わりました。

    創作って、
    「発信すること」だと思われがちです。

    でも実際は、

    “発信した瞬間から、ひたすら受け身になる”

    その側面の方が、ずっと苦しかった。

    私は普段、ラノベを書いて、
    現在も出版の現場に身を置きながら創作を続けています。

    だからこそ、
    人に作品を届ける喜びも、
    人に去られる痛みも、
    両方見てきました。

    創作する人って、
    「どう書くか」については必死に学ぶんです。

    でも、

    “傷ついた時、どう受け身を取るか”

    については、
    ほとんど学ばないまま創作の世界に立ってしまう。

    私は、
    創作を長く続ける上で本当に必要なのは、

    書く力より先に、
    この“受け身”を知ることなのではないかと思っています。

    今回は、そんな私の体験談寄りの創作論のお話です。

    ●投稿した、その後が苦しかった

    こんにちは。こんばんは。
    普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。

    最近ダッシュボードが刷新されたからなのか、
    それとも、創作大賞の中間選考の発表があったからなのか、
    再びこのnoteが読まれるようになったので、
    加筆修正を加えて、再アップすることにしました。

    創作を続けてみて、
    私が本当に苦しかったのは、
    “創作している時間”ではありませんでした。

    発信した、その後です。

    作品を世に出した瞬間から、
    創作者はずっと“受け身”になります。

    読まれる。
    比較される。
    期待される。
    勝手に理想を重ねられる。

    そして、勝手に失望される。

    さらに心を削るのは、そういったことの真逆。

    強い否定よりも“沈黙”だったりします。

    どれだけ時間をかけても、
    どれだけ心を込めても、
    何も反応がない。

    誰にも届いていない気がする。

    世界に向かって必死に手を伸ばしているのに、
    ずっと空を切り続けているような感覚。

    私は何度もnoteでそんな気持ちになっています。

    心血を注いで書いた記事が、
    ほとんど見向きもされずに沈んでいくことは珍しくありません。

    それなのに創作者って、
    そういう痛みに人一倍敏感だからこそ創作をしている人が多いんですよね。

    感受性が強く、
    人の感情に敏感で、
    世界を深く見てしまう。

    だから作品が書ける。

    一方でその鋭さは、
    ときにそのまま自分自身を傷つける刃にもなります。

    書籍化して強く感じたのは、

    「評価される」ということは、
    「たくさんの人に好かれる」という意味ではない、ということでした。

    むしろ実際は、その逆に近いのかもしれません。

    作品が届く範囲が広がれば広がるほど、
    昨日まで楽しみに読んでくれていた人が、
    次の章では離れていくこともある。

    ずっと応援してくれていた人が、
    ある日を境にぱたりと反応をくれなくなることもある。

    最近もその痛みをかなり強く感じる出来事がありました。

    ●怖くて、休めなかった

    少し前、私はweb小説の更新を少しお休みすることにしました。

    ただ、その決断を下すのは自分でも驚くほど怖かったです。

    しんどいなら休めばいい。
    そんなことは自分でもわかっていました。

    でも、
    一週間休んだら読者さんがいなくなるんじゃないか。
    二週間休んだら忘れられるんじゃないか。
    一か月止まったら、もう戻ってきてもらえないんじゃないか。

    周りには面白い作品なんて山ほどある。
    だから怖かった。

    自分にできるのは「継続」くらいしかないと思っていました。

    それすら手放したら、
    本当に何も残らなくなる気がした。

    読者さんに見捨てられたくない。
    忘れられたくない。

    そんな気持ちで、ずっと止まれずにいました。

    追い詰められて、自分が壊れる寸前で、ようやく休むと決めました。

    そしたら、

    これまで小説を投稿すれば一番にコメントを書きこんでくれて、
    お休みの連絡にも熱烈に「待ってる」と書き込んでくれて、
    私がXにポストすれば一番に反応してリポストしてくれていた方が、

    私が実際にお休みに入った途端、
    手のひらを返したようにポストにも反応しなくなったのです。

    おそらくは熱が冷めてしまったのでしょうね。

    実は今、そのことに私はひどく心を痛めています。

    創作する人って、
    どうしても「去った人」の気配を強く感じてしまうんですよね。

    たぶんそれは、
    「誰かに届けたい」と願って作品を書いているからなんだと思います。

    だから、
    無反応にも傷つくし、
    離脱にも傷つく。

    ●去っていく人がいても、創作は続いていく

    でも、最近は少しだけ、
    考え方が変わりました。

    ずっと創作を続けている人って、
    “誰にも嫌われない人”ではなくて、

    たくさんの人に去られながら、
    それでも、「残ってくれた人に届けたい」
    を手放さなかった人なのではないか。
    そう思うようになったからです。

    私がこれまでの創作経験の中で、一番つらかったのが、
    書籍化に至った作品を、カクヨムで連載しはじめた頃の話です。

    カクヨムには☆評価と一緒にレビューを書ける機能があります。

    まだ読者さんが少なかった頃、
    私の作品に、熱烈なレビューを書いてくださった方がいました。

    そのレビューのおかげで読者さんが増えたと言ってもいいくらい、
    本当にありがたい存在でした。

    もちろん、ものすごくうれしかったです。
    「この人が喜んでくれるなら、これからも書き続ける意味がある」
    そう思えるくらいには。

    ところが、物語が中盤に差し掛かり、
    私は“もっと世界を広げる方向”へ舵を切りました。

    その結果、
    その方はレビューと評価をわざわざ書き換えて、

    「だんだんなんか違う」

    と言い残して去っていったんです。

    あの時は、本当にきつかった。
    わざわざレビューや評価を書き換えて去られたことが、
    もっとも信頼していた人から後ろ足で砂をかけられたみたいな感覚に陥って、
    本当に心が折れそうになりました。

    というか、正直、あの時は一度折れました。

    つらくて、
    悲しくて、
    ちょっと泣いてしまったのも事実です。

    結果的に言えば、
    その時の方向転換は正解でした。

    物語の世界を広げたことで、
    より多くの読者さんに届く作品になったからです。

    でも、もしあの時、
    その舵の切り方に失敗していたら――

    私はたぶん、
    二度とペンを持てなくなっていたと思います。

    ●投稿した瞬間、決定権は自分から離れる


    創作って、投稿した瞬間から、
    今度はひたすら“受け身”になる。

    私はこの時、それを痛感しました。

    書く時は自由です。
    でも、投稿した先は、自分では決められません。

    読んでもらえるか。
    好きになってもらえるか。
    評価してもらえるか。
    続きを待ってもらえるか。
    いつまで好きでいてもらえるか。

    何ひとつ、作者には決められない。

    それなのに、そこに一番心を揺さぶられる。

    だから、“書くこと”だけが得意だと、
    どこかで壊れてしまうのだと思います。

    受け身の取り方を知らないと、
    メンタルは簡単に叩きのめされます。

    創作で評価されたいと思えば思うほど、
    この「受け身」の重要性は増していく。

    私はそう感じています。

    もしこれを読んでいる方で、

    「自分はこうやって創作の痛みと付き合っている」
    「こういう受け身の取り方をしている」

    というものがあれば、
    ぜひnoteで発信してほしいです。

    創作している人の“生き延び方”って、
    同じように苦しんでいる誰かにとって、
    本当に大きな助けになると思うので。

    ●私が覚えてきた「受け身」


    参考になるかわかりませんが、
    私の“受け身の取り方”はざっくり言えばこんな感じです。

    ・結果が出ない時期を“通常運転”だと思っておく
    ・他人の反応で、自分の価値まで決めない
    ・去っていく人より、残ってくれている人を見る
    ・無責任な言葉を“人生の答え”にしない
    ・一般論が自分にも当てはまるとは限らない
    ・傷ついた時は、創作より先に自分を守る

    本当はもっと細かく、いろいろあります。
    その時々で、自分に言い聞かせることも違います。

    ただ、
    突き詰めると私の“受け身”は、徹底して、

    傷ついた自分まで敵に回さないことです。

    時々、noteを読んでいて、
    ひとつの“できない”を、“自分は全部できていない”に自動変換して、
    傷付いている自分をさらに自分で傷付けようとしている人を見かけます。

    私も散々自分を責めながら生きてきたので、
    その気持ちは痛いほどわかるんです。

    でも、
    傷ついた自分をいくら叩いても、
    次の作品を書けるようにはならない
    んですよね。

    傷つくことそのものをなくすのは、たぶん無理です。

    だから必要なのは、傷つかない鋼の心ではなく、
    傷ついた自分を、そのたびに見捨てないこと。

    それが一番大切だと思っています。

    創作って、
    「強い人」だけが続けられるというわけではないんです。

    ●一人で受け身を覚えなくてもいい


    そして、これを書きながら思うんです。

    noteには、本当にたくさん創作をしている人がいます。

    小説、イラスト、マンガ、写真、文章。

    何かを創作して、人前に出して、反応を待ったことがある人。

    たぶん、ここにいる多くの人は一度は

    「もうやめちゃおうかな…」
    と思ったことがあるのではないでしょうか。

    だから、創作がつらくなった時、
    全部ひとりで解決しなくてもいいのだと思います。

    私は今回、休むのが怖いと書いた時、
    コメント欄だけでなく、メッセージでも
    励ましと応援の声をいただきました。

    それにどれほど救われたか。

    noteの中には、
    今のあなたと同じところで悩んでいる人もいます。

    あなたが今いる場所を、少し前に通った人もいます。
    もっとずっと先まで歩いて、それでも創作を続けている人もいます。

    だから、苦しくなったら、
    誰かの経験を読んでみる。
    自分の苦しさを書いてみる。
    コメント欄で話してみる。

    ここのコメント欄に書いたっていいです。
    私が全力で励まします!!(笑)

    創作は、自分ひとりで書くものです。
    でも、続けるところまで全部ひとりで頑張らなくてもいい。

    傷つきながら創作を続けている人たちが、
    ここにはたくさんいます。
    私もその一人です。

    だから、また傷ついたら、
    そのたびに何とか受け身を取りながら、
    一緒に創作を続けていけたらいいなと思っています。

    ●創作がつらくなったら、うら表紙のnoteへ

    ●サクッと読める毎日note(日替わり猫ちゃん付き♡)


    ●中の人はこんな感じです

    ――――――――――――
    最後までありがとうございました!
    この記事を気に入っていただけたら、
    スキやフォローをいただけると嬉しいです。
    また明日の投稿でお会いしましょう。
    ――――――――――――


     
     
    書籍化作家で、マーケター歴20年。 なのに中身はだいぶ繊細気質。 創作の裏側や、読まれる仕組み、時々ちょっと人生の話。 うまく言えない感情を、言葉にしていく場所です。

    あなたへのおすすめ