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AI時代の創作メモ|書ける人ほど、書かないことが難しくなる。文章は、減らせるようになると居場所まで増えていく(#創作論 #Web小説 #文章術 #note #エッセイ #書籍化 #生成AI #画像生成AI)

    こんにちは。こんばんは。
    普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。

    文章って、書くことよりも書かないことの方が難しい。
    最近特にそう感じます。

    「ここを説明しないと誤解されるかもしれない」「この前提も書いておいた方が親切かも」「例外についても触れておかないと不正確かな」
    そんなふうに考えているうちに、最初は500文字だった文章が、気づけば1500文字になっている。

    私はこれ、文章が下手だから起こることではないと思うんです。
    むしろ逆で、
    文章がかなり書けてしまうから、相手にきちんと伝えようとしすぎてしまう人なんだと思うんです。

    仕事でも似たようなことが起こります。

    細かいところまでよく気が付き、丁寧で、責任感の強い人が報告をする時、
    「まず前提として、昨日こういうことがありまして、その前に先方からこういう連絡が来ていて……」
    と、事情を一つずつ説明してくれることがあります。

    事象を頭の中できちんと整理できているから、こういう説明ができるんですよね。
    事象を頭の中で整理できない人にはそもそもこのような報告はできません。

    ただ、できるがゆえに、こちらが判断を間違えないように必要な情報を全部渡そうとしてしまう。
    実際、その情報は間違っていませんし、あとから必要になることもあります。

    でも、聞いている側としては、
    「それで、何が起きたの?」
    「私は何をすればいいの?」
    となる。

    私はそんなに理解力が高くないので、前提や補足をたくさん渡されても、せいぜい二~三個くらいしか検討の皿に並べられません。
    すると、相手がどれだけ丁寧に説明してくれていても、肝心なところがつかめない。

    このように、情報が正確であることと、相手が必要なことをすぐに理解できることは、必ずしも同じではないんですよね。

    文章も、一見ちゃんと説明できているほど、正確に伝わるものだと思ってしまいがちですが、
    実際は、説明すればするほど伝わらなくなっていく場合が多い。

    だからといって、なんでもかんでも説明を減らせばいいという話でもありません。
    契約や制度の話なら条件や例外まで書かなければ困ることもあります。

    結局、文章は誰に、何を届けたいのかで必要な情報密度が変わるということなんですよね。

    これを無視して書いちゃうと読まれにくくなってしまう。

    これって、見方を変えると他者理解でもあると思うんです。

    「今、私の文章を読んでいる人はどういう状態なんだろう」
    「ここのサイトにいる人は何歳くらいなんだろう」
    「私の小説を読む人はどれくらいの読解力があるのだろう」

    こんな風に、自分の書きたいものを、読んでくれる誰かを思いながら情報量や密度、言葉をチューニングしていく。

    ここnoteでは、恐ろしく読解力や理解力の高い人ばかりがいるので、あまり自分の文章にどの程度の負荷があるか、ということは考えなくていいのかもしれませんが、

    web小説となると、通勤や通学の合間、就寝前のちょっとしたひと時に片手間で読む人が多いので、そり立つ壁のような文字圧で迫れば逃げられてしまいます。

    それに、web小説では、読者さんの「読書動機」が娯楽や快楽という場合が圧倒的です。
    そこへ「学び」や「気付き」を主体とした文章を置くと、読者さんの欲求とズレが生じてしまいます。

    こんな感じで、自分が書きたいものがある時、

    それを読みたがる人はどんなところにいるのだろう、
    その人はどれくらいの認知負荷が心地よいのだろう、
    と、読む人をちょっとだけ想像してみる。

    それだけで、自分の作品を投稿するサイトや選ぶ言葉、文字の密度、説明の度合いに輪郭が浮かび上がり、手探りで書いていた頃よりもずっと表現の幅が調節できるようになると思うのです。

    相手のために丁寧に書くことと、相手に伝わるように書くことは違う。

    その違いを知っているだけで、自分の文章の居場所も柔軟に選べるようになるのではないでしょうか。


    あとがき:
    飼っている愛犬や愛猫の愛おしさが限界突破しすぎて、原型をとどめないほどわけのわからん名前で呼んでしまう現象。ペットを飼っている方なら心当たりがあると思います。私のペットへの名付けには、確固たるルールが二つあります。一つは三文字以内で呼びやすいこと。もう一つは人名としても使えること。前者はペットの言語理解力を考えて。後者は、人間の名前を付けると寿命が延びるという迷信を信じて。ところが今、うちでは「宇宙一にゃんちゃんにゃーちゃん」と呼んでいます。全部意味なし(笑)かわいい、愛おしい、大好き。ほとばしる愛情を全て盛り込んだ結果、誰にも意味がわからないところまで言葉が崩壊しました。もはや、猫はおろか人間にすら伝わりません。


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    また明日の投稿でお会いしましょう。
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    カランコロン

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    創作純喫茶ミケの看板娘“みっちゃん”

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    書籍化作家で、マーケター歴20年。 なのに中身はだいぶ繊細気質。 創作の裏側や、読まれる仕組み、時々ちょっと人生の話。 うまく言えない感情を、言葉にしていく場所です。

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